coral
- ナノ -

その恋に落ちる、白旗のご用意を

数日後になると思いますけど、その言葉通り予想以上に早く翌日には連絡を入れてもう日にちは決まっていた。それも二日後という結構急な日程だったから驚いたけれど、それ以上に楽しみだった。
トレーナーだった(過去形にするべきなのか正直微妙だけど)身としてはバトルフロンティアに挑戦するだけでも高揚感を駆り立てる。それに加えて今日まで傍でバトルを見続けて来たファクトリーヘッドであるネジキとダブルバトルが出来るなんて。シンオウリーグに出場した時以来に緊張しているし期待している自分が居る。

でもひとつやっぱり気になるのは、今日もやけにバトルフロンティアに来ているトレーナーが何時もより多い気がしてならない。それに中央広場に設置されていた巨大モニター、非常に、嫌な予感がする。


「まさかとは思うけど、公表したりした?」
「まぁ、ラジオ局長が二つ返事で放送しましたけど」
「あの人はまた……!」


公表の仕方が予想外に大規模で頭が痛くなった。私が出ると言うことなら喜んで宣伝しようという彼の私に対する親切心からきているのだろう。結果としてはいい方向に転がったけれどバトルフロンティアに異動になった時と同じで結構空回りしてるって局長は気付いてない。


「バトルルーレットのステージだけじゃ人がそんなに入らないからモニターも設置したみたいだなー、局長といいここの所長といい行動早いですよね」
「予想以上にとんでもないことになってる……!でも、組み合わせについては話したけど実際に一回も戦わないで大丈夫?」
「え、僕としてはけっこー気にしてなかったんだけど。アズサも僕のバトルスタイルは熟知してバトルに関しては全部記憶に残ってるだろーし、僕も実際アズサのエレキブルとか使ったことあるし」
「……うん、そうだよね。心配する必要なんて無かったね」
「まぁ、一つだけ心配なことあるけど……」
「え?」


ダリアのバトルルーレットはその名の通り、ルーレットによって始まる前から戦況が大きく傾く。状態異常や強さの上下、自分達に有利な物が当たればいいが、ダリアに有利な物が当たると一気に戦い辛くなる。
僕の運はまだしも、アズサにルーレットをやらせると恐ろしい。そこら辺の運まで悪いのかは知らないけれど、日頃の不幸吸引体質からして不安になっても仕方が無い。


「エレキブルは分かってましたけど、もう一匹は意外だったなー。技の構成も文句の付け所が無くて逆に呆れると言うか…ホント、何時トレーナー引退したんだか」


ネジキのあからさまな溜息にアズサも苦い笑みを浮かべる。自分を普通のトレーナーとして評価するアズサだが、シンオウのリーグを優勝したりクロツグに勝ったり相当な実力者だ。もし挑戦者だったら、フロンティアブレーンとしては非常に嫌な相手に違いない。
テーブルの上に置いていたモンスターボールを二つ取り、それをバックにしまうとアズサと共にバトルルーレットへ向かう。行く途中にも流石の注目度というか、見に来たトレーナーが凄く多い。


「少し気になってたんだけど、構成は別として結構愛用してるラティオスとか使わないの?」
「むー、種族値だけに頼りたくないんですよー。あくまで普通のポケモンで挑みたいっていうちょっとした拘りってやつです」
「そっか、それこそファクトリーヘッドだね。クロツグさんの時もそうだったけどネジキらしくて安心した」


スキップするような軽い足取りで歩きながら、まるで自分の事のように嬉しそうに笑うアズサを見て自然と笑みが零れる。僕としても、アズサらしいその言葉に安心する以上に嬉しさが込み上げてくる。

一応仮にもファクトリーヘッドを務めている身だし、それなりにバトルに対する拘りや想いはあるけれど、それが一般人と比べてずれているのはよく分かっていた。それが他人に理解されないし僕としても干渉してもらいたくなかったからアズサが来るまで殆ど自室から出なかったし。共感してくれた上で応援してくれる人が居るっていいよなー。
以前の僕を知っている人なら全員驚愕するとは自覚しているが、アズサに精神的に支えられている部分があったりする。

予定されていた時刻に近付き、バトルルーレットに向かうまでに辺りを見回すとクロツグとバトルを行った時とそれ程変わらない数のトレーナーがバトルフロンティアに押し寄せていた。これも局長のアズサに対する愛情が働いたお陰なのか。


ダリアの待つバトルルーレットの出入り口をくぐり、建物内に入ると照明は全て消されていて真っ暗だった。
瞬間、眩い何色もの光がネジキとアズサに当てられ、歓声が沸き上がったと同時にステージにもスポットライトが当てられる。ステージに行くまでの道はあるが、他の場所は建物内に入れたトレーナーで一杯になっている。この照明や音楽、演出がダリアらしーなー、とぼんやり思いながらネジキは横に居たアズサに視線を移す。
あんなに緊張するだの何だの言っていたくせに目を輝かせて暢気に感嘆の声を零していたから相変わらずだと小さく笑みを浮かべる。ポケモンバトルになると、アズサは本当に純粋なトレーナーになる。


「ケセラセラ♪人生はくるくる回るルーレット、ケセラセラ♪なるようになるのです」


大歓声と共にステージに出てきたのは軽快なステップを踏みながら踊るように出てきたフロンティアブレーン、ダリア。黒髪に黄色を基とした髪飾りや服が映える浅黒い女性、通称ルーレットゴッデスだ。

ネジキとアズサがステージに上がるとスポットライトはステージに焦点を合わせ、壁に設置されている巨大なモニターにお互いのポケモンとルーレットのコマが映し出される。
ダリアは49勝の時に使うポケモンを持ってきたようで。その内の一匹にサンダーも入っていて、やっぱりラティオス持ってきたら楽だったかなーなんて一瞬だけ邪な考えが過ぎったがそれを振り払う。


「連絡貰ったときはダブルバトルだし驚いたけど楽しみにしてたヨ!それにネジキが外出てるの見て嬉しいネ!あなたの話はクロツグとコクランからよく聞いてます、前回大会シンオウリーグ優勝者、アズサさん!」


ダリアの紹介でざわめきが広がると同時に期待に満ちた歓声が上がる。耳に響くような歓声に一瞬肩を揺らしたアズサだが、照れくさそうに笑うと遠慮がちに手を振る。
トレーナーからしてみればジムバッジ全てを集めるだけでも簡単ではないし、揃えた者だけがリーグ大会に出場出来る。百人近くのエントリーがある屈強なトレーナー達の頂点に立ったのだから驚くのも無理ない。まぁ、普段はそういう風には見えないけど。


「笑顔でいればラッキーな事やってくるヨ!だからあたしはポケモン信じて笑顔でファイトするネ!さて!ルーレットスタート!あなた達が止めてネ!」
「あ、アズサちょっと」
「え?」


待った、と言う前に回り始めていたルーレットを止めるボタンをアズサが押していたものだから言うのが遅かったと頭を抱える。段々とゆっくりになっていくルーレットは静かに止まり、あるマスで点滅する。


「……アズサの運の悪さを今日改めて知ったとゆーか…」
「あれって、ひでり?……うわぁ、ごめん、ネジキ」
「まぁいーですよ、それ位どうとでもなりますし」


申し訳無さそうに苦笑いを浮かべながら謝るアズサにどこかでやっぱりなー、と思っている自分が居たからまぁ想定内だ。
さっきアズサには不利なポケモンが揃ってると思ったばっかりなのに炎タイプの威力を上げるなんて。状態異常になったり弱くなるよりは断然いいだろうから不幸中の幸いという所だろうか。


『それでは、バトルスタート!』


審判の声と共に4つのモンスターボールがフィールドに投げ込まれる。こちらが出したのはメタグロスとヨノワール。ダリアが出したのはバシャーモとルンパッパだ。


「それじゃあこっちから行くネ!バシャーモつじぎり、ルンパッパつるぎのまい!」
「ルンパッパにバレットパンチ!」
「ヨノワール、迎え撃ってください」


素早さではダリアのポケモン二匹とも勝らず、先手を取られることは予想していた。バシャーモに前線を任せて積もうとするルンパッパを阻止する為にアズサは効果がいまひとつなバレットパンチを指示し、メタグロスの拳が迫ってきたのを察知したルンパッパはつるぎのまいの構えを解いて飛び上がる。
ヨノワールに素早く間合いをつめたバシャーモは爪をヨノワールに当てるが、仰け反ったのは一瞬だけで、ヨノワールは持っていたくろいてっきゅうを後ろに跳躍したバシャーモに投げつける。相当重たい鉄球だったのかバシャーモにぶつかり、ドスンと音を立ててフィールドにめり込んだ。


「効果抜群でもタフね!」
「攻撃力に関してはアズサのメタグロスに任せてるんで。防御それなりに堅いから油断しない方がいーですよ」
「それなら、バシャーモ!」


ダリアの指示を聞いたバシャーモはメタグロスの懐に飛び込み構えたと同時に力強い蹴りがメタグロスを吹き飛ばす。援護に行こうとしたヨノワールの動きを封じるようにルンパッパの素早いたきのぼりがヨノワールの行く道を防ぐ。


「これでトドメ!もう一回ばかぢから……」
「させませんよー、トリックルーム」
「ありがと、ネジキ!行くよメタグロス!」


力強い声と共にメタグロスは拳を握り締め、飛び込んできたバシャーモより早い動きでコメットパンチを当てる。命中したとはいえ効果はいまひとつなのか、バシャーモは顔を歪めながらもひらりと着地し、ルンパッパがバシャーモを守るように前に立ち、はっぱカッターをトリックルームをした直後で次の動作に入っていなかったヨノワールに向って放つ。
腕を前に構えてはっぱカッターを防ごうとしたヨノワールだが、鋭利な葉がヨノワールを吹き飛ばす。予想外の威力にネジキは目を開き舌打ちをする。


「運も実力のうち、急所に当たることもあるのです。さぁ、バシャーモ、フレアドライブ!」
「迎え撃って!」


バシャーモより素早く動いたメタグロスだが、拳と炎を纏った身体がぶつかったのはほぼ同時。威力が拮抗して火花を散らしていたが、ひでりによって威力の上がっていたフレアドライブがメタグロスを押し返して巨体を吹き飛ばす。
地面に叩きつけられたと同時にステージに大きな振動が走る。立ち上がった煙に目を瞑っていると、煙を裂くようにヨノワールに飛び込んできたルンパッパのたきのぼりが命中してヨノワールを吹き飛ばした。地面に腕を付く二体にダリアは満足そうに笑う。


「そっちは結構ボロボロ、トドメささせて貰うネ!」
「ヨノワールの恐ろしさはここからですよ。ヨノワール、ルンパッパにいたみわけ」
「いたみわけ!?」
「防御力は高いですがその分体力が圧倒的に低い、その分いたみわけも威力を発揮するんですよ」
「っ、バシャーモ、もう一度フレアドライブ!ルンパッパもメタグロスにドレインパンチ!」


ほぼ全回復したヨノワールではなく、ふらふらになっているメタグロスを狙って二匹が飛び込んでくるがその展開を読んでいたアズサはネジキに目を配り、合図をする。それと同時にトリックルームによって素早くヨノワールのてだすけが発動する。
ネジキの予想外の補助技にダリアは目を開き、メタグロスに飛び込んでいく二匹にばっと視線を移す。メタグロスに指示を出しているアズサは、笑っていた。まずいと思ったが時既に遅く、アズサの最後の指示が部屋に響き渡る。


「最後の手段だけど派手に行こう、メタグロス!」


バシャーモの炎とルンパッパの水柱がメタグロスに直撃する寸前。目を瞑るような眩い光が辺りを覆ったかと思えば、けたたましい爆発音が耳に響き渡り、衝撃波による風がこちらにまで襲い掛かってくる。
メタグロスのだいばくはつはこれ以上にないいいタイミングで二匹を巻き込み、煙が収まった頃には三匹がバトルフィールドに目を回して倒れていた。

『バシャーモ、ルンパッパ、メタグロス戦闘不能!』

――してやられた。

ダリアは悔しいと思う以上に感心していた。迎え撃つ形になってもメタグロスがバシャーモに攻撃の手を緩めなかったのは最後の一撃で確実にし止めるため。
ヨノワールが積極的に攻撃をしなかったのもいたみわけによる威力を高めるためで、そこで弱ったメタグロスにだけ攻撃が集中することを読んで、だいばくはつの威力を高めるためにてだすけをしたのだ。しかも、だいばくはつに巻き込まれないゴーストタイプを持ってきた辺り、この二人のコンビネーションとトレーナーとしての実力は過去最強の挑戦者だ。

「強い、強いからバトルが楽しいヨ!さぁ、次行くね!」

ダリアがボールを投げ入れ、バトルフィールドに現れたのはトゲキッス、そして伝説ポケモンの一体、サンダーだ。鋭利に尖った黄色の翼を広げたサンダーの威圧感は凄まじいものだった。流石はダリアの一番の相棒、と言った所か。
トレーナーと言えども人生で一度見ることが出来るかも分からない伝説ポケモンを目にしたトレーナーからは期待と興奮に満ちた歓声が上がる。

「メタグロスの頑張りに応えて行くよ、エレキブル!」

アズサが出したのは彼女のパートナーであるエレキブル。稲妻を迸らせながら相手を威嚇をする姿を見てアズサは溜息を付く。

相性的に考えてトゲキッスはヨノワールが担当した方がいいだろうと判断した直後、ダリアはトゲキッスにサイコキネシスを指示する。その相手がエレキブルの事に気付き、トリックルームによって最速になっているヨノワールがエレキブルの前に立ちはだかり、サイコキネシスを無効化したのだが。
ヨノワールが前に出ることを予想してあらかじめ指示をしていたダリアは口角をあげて笑う。


「シグナルビーム!」
「っ、ヨノワール!」


一直線に放たれた攻撃がヨノワールに命中し、煙を巻き上げる。煙が無くなったと同時、ヨノワールがふらりと地面に倒れこんだ。それと同時に一瞬辺りの景色が歪み、まるで弾けたようにパンッ、と音が鳴る。
ヨノワールの戦闘不能と同時にトリックルームの効果が切れた音だった。


『ヨノワール戦闘不能、両者共に残り二体となりました!』
「むー、先行してたからって油断してましたねー。いっきますよー、エルレイド!」


飛び出してきたエルレイドはすっと手套を作り、空を飛ぶ二匹をじっと見つめる。こっちは物理攻撃二匹で向こうは特殊攻撃に特化した二匹。相性的には悪くないが、如何せんサンダーが強敵だ。


「ケセラセラ、運も実力に入る事を照明します。トゲキッス、エアスラッシュ!サンダー、エアカッター!」
「っ、エレキブル、まもる!」
「ありがとーございます、アズサ」


先ほどのはっぱカッターのように急所に当たり易い技を同時に放たれ、エレキブルはエルレイドの前に立ち二匹を覆うバリアを張る。ネジキの礼にアズサは一瞬だけ柔らかく笑ったが、バトルフィールドに振り返った時には真剣な眼差しに変わっていた。
アズサのこーゆー所が好きなんだよなー。トレーナーとして見せる真剣な表情は普段とのギャップが激しいが、そこもまた気に入っている所だ。


「さぁ、行きますか。エルレイド、でんじは!」
「避け……え!?なんで……」
「トリックルームが切れた今なら十分発揮出来る……最速、行くよエレキブル!」


エルレイドがでんじはを繰り出したのはダリアのポケモンでは無かった。風を弾くバリアを解いたばかりのエレキブルに向って稲妻が放たれ、客席からは戸惑う声が聞こえてくるがエレキブルは痺れる所か腕に火花を散らすような電気を迸らせながら腕を振り回す。


「エレキブル、かわらわり!」
「っ、サンダー避けて!」


一瞬で目の前から消えたエレキブルにダリアは声を張り上げてサンダーを空中に旋回させる。その逃げ道を塞ぐようにエルレイドのサイコカッターが放たれ、サンダーを追いかけるように壁にぶつかって建物が僅かに揺れる。


「くっ、トゲキッス、はかいこうせん!」
「っ、しまった……!」


サンダーを守るようにトゲキッスから放たれたはかいこうせんがエルレイドに命中し、エルレイドはがくんと膝を折って苦しそうに息を吐く。そのチャンスを見逃すまいとサイコカッターによる追撃が無くなったサンダーは翼を広げて雷をエルレイドに叩き落そうとしたのだが。
姿を消していたエレキブルがエルレイドに向って飛び込んできて10まんボルトを腕で振り払いにやりと笑う。


「エレキブル、かみなりパンチ」
「エレキブルッ!」


避けて、その指示を言う間も無く更に素早くなったエレキブルの拳が反動で動けなくなっていたトゲキッスに命中して地面に叩きつけられる。よろよろと翼を広げようとするが体に走る痺れにふっと途切れたように地面にぱたりと倒れこむ。


『トゲキッス戦闘不能!ルーレットゴッデスの残りはサンダー一体となっております!』
「……お互いの弱点をカバーし合うなんて流石ネ!でも、運も味方につけてる今、諦めないヨ!ねっぷう!」
「しまった……!」


燃えるような熱気を含んだ風が襲い掛かり、エレキブルは咄嗟にまもるをするがエルレイドが傍に居なかった為に自分だけにしかバリアを張れていない。それどころかそのバリアが段々と揺らぎ、今にも壊れそうだったから目を開く。
瞬間、パリンと音を立ててバリアが弾けてエレキブルは後ろに後ずさりをするように風に吹き飛ばされる。サンダーの動きを止める為に膝を突くエルレイドは顔を歪ませながら風を掻き分けてゆっくりと腕を振り上げる。


「エルレイド、サイコカッター!」
「避けるネ、サンダー!」


ねっぷうを止めて空中に飛び上がったサンダーには余裕があるが、対照的にエルレイドは今にも倒れそうな位に限界だった。まもるで大分防御していたとはいえ今の攻撃を食らったエレキブルはサンダー以上に体力が失われている。
数では勝っているのに不利な状況になってしまい、アズサも余裕が無いのか奥歯をかみ締めている。負けたくない、その為にはやっぱりエレキブルに賭けるしかない。


「アズサ」
「な、なに、ネジキ……」


小声でアズサに指示をすると、アズサは吃驚したのか目を丸くして長い瞬きを繰り返して頷き、笑みを零す。

空中で静止していたサンダーだがダリアの掛け声と共に嘴を開く。その瞬間にアズサはエレキブルに指示を出し、エレキブルは後ろに跳躍すると前で腕を重ねて構えていたエルレイドの腕に足を乗せる。エルレイドは勢いよくエレキブルをサンダーに向かって投げ、左手に手套を作る。


「シグナルビーム!」
「かわらわりで裂いて!」


目の前に迫ってきた光線を顔の前に構えた手套で切り裂きながら空中に飛ぶサンダーに飛び込み、その右手を握り締める。先ほどまで見せていたかみなりパンチではなく、周りの空気をも凍らせるような冷気を漂わせた事に気が付いたダリアは避けるように指示を出すが、でんきエンジンによって加速し続けたエレキブルの追撃を避けることは出来なかった。


「れいとうパンチ!」
「っ、サンダー!」


その拳はサンダーに命中し、ふらりとバランスを崩したサンダーは地面に落ちていく。どさりと音を立てて倒れこんだサンダーは再び羽ばたこうとするのだが、ふっと途切れたようにその場に倒れこむ。

――あぁ、これって。

勝利を実感する前にわっと歓声が沸きあがって、パンッと耳に響くような音と共に紙ふぶきが頭上から降り注ぐ。拍手が鳴り止まず、鮮やかな色のスポットライトが自分達に当てられる。

『サンダー戦闘不能、よって勝者ファクトリーヘッド、ネジキ・アズサペア!』

お疲れ様でした、と声を掛けて今にも倒れそうなエルレイドをボールに戻したネジキは、横で呆然と立ち竦んでいるアズサに気が付いて声を掛けるのだが、耳に届いていないのかぼうっと紙ふぶきの舞う上空を見つめている。

勝ったんだ、ダリアさんに、このバトルルーレットで。

漸くじわじわと実感が沸いてきて、嬉しさに頬を緩ませてネジキに振り返る。どうしよう、今凄く嬉しい。クロツグさんに勝った時だってトレーナーとして勿論嬉しかった。でも、ネジキとのダブルバトルで勝てたという事がそれに勝って言葉が出てこなかった。


「アズサ、どーしたんで……うわっ!?」
「ありがとう……!嬉しくてあぁもう……凄く、楽しかった!」
「……それは僕の台詞だけどなー」


首に腕を回して勢いよく抱きついてきたアズサを受け止め、感極まった感想にそっと笑みを零して背中に腕を回して支える。アズサが数回バトルした所を見た事があるし、バトルファクトリーで実際に戦ったから彼女の実力は勿論知っていたけど、クロツグに勝ったという三体バトルやフルバトルではないにせよアズサのリーグ優勝者としての本気の実力を見るのは初めてだった。

先ほどまで凛々しい顔をしてポケモンに指示していたアズサは何処に行ったのか、興奮した様子で僕に抱きついたまま無邪気に笑いながら感想を述べる辺り可愛いし、僕としても離したくないけどアズサは観客に見られてるし、モニターでも流されてるって分かってるのかなー。
まぁ、僕としてはその方が見せ付けられて色々と有難いけど。アズサの頭をぐしゃりと撫でてダリアの方を指差すと、アズサはきょとんと不思議そうに目を丸くし、腕を放してダリアの方に向き直る。すると礼儀正しく頭を下げてエレキブルを呼んだ。


「あなたいいネ!グッド!あなたがポケモンを愛してポケモンがあなたを信じて。だから何が起こっても跳ね返すことが出来た。素敵な勝利でしたヨ!」
「あの、ありがとうございました、ダリアさん。本当に、バトルを楽しませて頂きました。私とネジキの我侭を聞いてバトルしてもらって」
「それは違うヨ、私も二人のバトルを楽しみたかった。その結果がこれで、こんなにも見てる人たちがハッピーな顔してる。また来て欲しいな」
「……!はい、是非また!」


ダリアと握手を交わしてふにゃりと笑ったアズサは頭をもう一度下げると、エレキブルと共に嬉しそうに戻ってくる。

やっぱり、僕の傍にはアズサが居なくちゃ駄目だよなーなんて思いながら、ダリアに挨拶を交わしてアズサの手を取りステージを降りる。
アズサは繋がれた手に驚いたようで目を丸くしたが、その手をそっと握り返してきたから満足して、アズサに振り返ってふっと笑う。
バトルも勿論そうだけど、何だか気持ちは晴れ晴れとしていた。

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