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少年少女Aの奔走

バトルフロンティア所長がクロツグ氏の提案とコガネシティでファクトリーヘッドが泥棒逮捕の活躍をしたという件を聞いて突然決めた公開バトルは大好評、その一言に尽きた。

私達の知っているファクトリーヘッドは良い人ではあるのだが何せ他人や大事に余計な関心を示さない人だからまさかそんな人助けをするとは思わなくて、私を含めるバトルファクトリー職員は驚いた。
けれど、訳を知っているだろうアズサさんに話を聞いてみるとどうも、彼女が巻き込まれてしまった事件を早急に解決しようとしただけだという印象を受けたから、それを聞いて納得した。
あぁ、ファクトリーヘッドはアズサさんの為に動いたのだ、と。勿論本人は気付いていないみたいだけれど。

でも彼にとっていいのか悪いのか、トレーナー達には彼の人物像が勘違いされてしまった。

それに加えて初めて表に顔を出し、あんなに素晴らしいバトルをトレーナー達の前で見せ付けてしまったのだから、彼に興味を持つ人は以前と比較にならないほどに急増した。
その証拠に、あの日から連日バトルファクトリーにトレーナーが押し寄せて来る。それでもファクトリーヘッドの出番は以前とあまり変わらず多くないのだけど……色々な意味で彼の機嫌が悪くならないか、少し心配です。



少女Aのケース


公開バトルから三日程経った午後も、多くの人で賑わっていた。


「今日こそは20勝してファクトリーヘッドに挑戦します!」
「あら、今日も来たの?頑張ってね」
「はい!20勝してファクトリーヘッド……ネジキさんに会いたいんです!」


一瞬だけ目を丸くしたけど受付の女性はそう、と意味深に微笑んだ。

今まではバトルタワーやバトルステージにしか興味が無かったけれど、偶然見た公開バトルですっかり関心がバトルファクトリーに移ってしまった。
と言うより、あんなに格好良いバトルが出来るネジキさんというファクトリーヘッドに惹かれてしまった。一目惚れ、とはこういう事を言うんだろうな。
だから会って一度バトルしてみたい、話してみたいと思うのにまだ最高記録で10勝。バトルフロンティア最難関の施設だとは聞いていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。

受付を済ませて辺りを見回すと、自分と同い年位の女の子ばかりが目に入ってしまう。もしかして皆、自分と同じ様な理由で来てるんじゃないか、って思うのは別に考え過ぎとかではなくて事実だったりする。男の子も勿論多いけど……何か、自分と同じできょろきょろしてる人がやけに多い。
自分と同じ思いでバトルファクトリーに来てる人が多いと思うと何か悔しくて、意味も無く対抗心が芽生える。

恋は盲目、なんて上手い言葉だ。自分の事に一生懸命になるあまりに、その相手の気持ちをまるで考えられなかったのだから。
ぼんやりと待っていると、ざわざわと賑わっている施設の中に、誰かの大きめな声が聞こえてきたから無意識に耳を傾ける。大きな声、って言っても大分かき消されてるから聞き取り辛かったけど。
声のした方を見て、その声を発した人を視界に捕らえた瞬間、あっと思わず息を呑んだ。


「うわ、凄い人……すみませーん、ちょっと通してくださーい!」


そこに居たのは、試合で審判をしていた女の子。

ただの審判だったのに今も連れているあんなに強そうなエレキブルが隣に居たから凄く印象に残ってる。バトルフロンティアの人だとは思ってたけど、バトルファクトリーの人だったんだ。確かに、バトルが終わった後にネジキさんと何か話してた気がする。
その腕にはダンボールを抱えていて、よろよろと人を避けて進んでいる。
大変だなー、なんて人事のようにぼんやり考えていたのだけど、何やら急に辺りがざわついたから耳を傾けると入ってきたのは男子の声だった。


「お前、あの人に声掛けろよ。会えるかなーと思って来たら会えたなんてまたと無いチャンスじゃん!」
「そんなん無理だって!というかお前から声掛けろよ。俺は遠くから見るだけで良い……」
「何だよそれ、一目惚れしたっていうなら声掛けていかないと」


――あ、どうして男の子が多いのかって思ってたけど、人は違うけどもしかして同じ理由?

悔しいけど確かに顔は可愛いし、傍で一緒にダンボールを運んでいるあのエレキブルはとんでもなく強そう。それでバトルファクトリーの職員をしてるみたいだし……まさか、ネジキさんと知り合いだったりするのかな。

(女の直感かな……嫌な予感がする)



少年Aのケース


勿論、三日前のクロツグさんと初めて見るネジキさんの試合は手に汗握る緊張感があって凄く面白かった。でもその時偶然目にしてしまった審判の女の子、情けない話だけど所謂一目惚れってヤツをしてしまった。
ただ容姿が可愛かったから、ってだけじゃない。彼女の隣に居たエレキブルが中央で戦っている二人のトレーナーのポケモンと同じ位に強い、即ち彼女がトレーナーとして強いと気づいてしまったから、というのもあった。
滅多に人前に顔を出さないと噂のファクトリーヘッドと話していたからもしかしてここで働いてるのかな、と思って来てみたけど直感は当たったようだ。

遠くから見るだけで良い、とは言ったものの実際近くで会ってしまうと心がぐらりと揺らいだ。意を決して、隣に居る友達に着いて来てもらってダンボールを運ぶ彼女に近付く。


「あの、」
「え?あ、私に何か用?」


声を掛けると首を傾げながらも人の良さそうな笑みを浮かべる彼女に思わずどきりと、動揺した。ダンボールを足元に置いて、自分の話を聞こうとしてくれているらしく、悪いなと思う以上に嬉しさが勝ってしまった。


「こ、この間、審判やってた人ですよね?」
「よく分かったね、そうそう。ネジキに頼まれて引き受けたの、ネジキの試合どうだった?楽しかった?」
「――あ、は、はい……」


ファクトリーヘッドの名前を呼んで彼の試合はどうだったかと尋ねる彼女はまるで自分の事のように楽しそうに笑っていた。それだけでもネジキさんと彼女がどれ程仲がいいのか垣間見えたような気がして、少しだけ、胸が痛んだ。


「本人は乗り気じゃなかったけど、こうして人が来てくれるようになるなら良かったな。ネジキ、凄く強いけどここの攻略頑張ってね」
「あ、あの!名前!教えてもらってもいいですか……?」
「私の?私はアズサ、バトルファクトリーで働いてる元トレーナーなの。この施設の質問だったら何時でも……」


受ける、とアズサは言い掛けたのだが、耳に僅かに届いた騒ぎ声に喉まで出ていた言葉を飲み込んで声のある方を振り返る。

その視線の先にあるのは受付の入り口付近でもめている青年二人だった。お互い一つのモンスターボールを引っ張り合い、受付係も宥めようとするのだが話を聞く様子は無いらしい。
話していた少年に謝るとアズサは受付に足を運び、声を掛けると受付係は安心したような顔になる。もめている青年に何があったのか尋ねると、ボールから手を離して説明し始める。


「コイツが、俺が選んでたポケモンを取ろうとしたから……!」
「だって俺が選ぶやつら、全部弱そうなんだよ!俺が選ぶポケモン負けるし、俺の所に回ってくるポケモンが悪いんだろ」


一人の青年のふてぶてしい発言に怒りが湧き上がる以上に、呆れてしまって咄嗟にかける言葉さえ見つからなかった。
人が沢山来てくれるのは勿論嬉しい、でも、それ以上にマナーがなっていないトレーナーが増えた。トレーナーとしての心構えが未熟な人が多い。


「……一つだけ言わせてもらうと、もし仮に貴方がそのポケモンで挑んだとしてもきっと勝てない、ましてやネジキになんて絶対に勝てない」
「なっ!?」
「レンタルポケモンには確かにそれぞれ特徴がある、けどその力を引き出すのはトレーナー。短い間だけど信頼しないとその力は引き出せない、……自分の持ってるポケモンもそうじゃない?」


最初こそは不満そうな顔をしていたが、自分の手持ちであるポケモンの事を問いかけると思い当たる所があったのが黙り込む。
すると手に握っていたモンスターボールをもめていた青年に突き出した。驚いた顔をした青年は戸惑いながらも受け取り、どうしたらいいのか分からないのかアズサに視線を送る。


「……、悪かったよ。ちゃんと考えてから、決める」
「うん、それで楽しんでもらえるなら私も嬉しいし。トレーナーなら、覚えてて欲しいな」
「あ、ありがとう……」
「いえいえ、二人とも頑張ってねー」
「は、はい!」


それじゃあ、と柔らかい笑みを浮かべて手をひらひら振り、エレキブルと共にダンボールを置いた場所に戻って再びダンボールを抱えなおす。

ネジキには直ぐ戻るって言ったのに予定の時間より二十分位は越えてるかもなぁ、とどう言い訳しようか考えながらスタッフルームの扉を目指したのだが、扉を開けた時に「アズサさん!」と誰かに声を掛けられて扉が半分開いたまま振り返った。
それはさっき話し掛けてきた少年で、友達と一緒に並んで駆け寄ってきた。


「あ、あの!どうしたらまた会えますか!」
「ネジキ?滅多に外出ないから……」
「そうじゃなくて、アズサ、さんに」
「えっ、私?私も結構中に居るからね……でもどうして?」
「お、俺!アズサさんが、」


きょとんと首を傾げて聞き返すアズサに少年は淡い自分の思いを勢いのまま言おうとしたのだが、それはアズサが足で半分まで開いて止めていた扉が誰かによって全開にされたので遮られた。
アズサが驚いて振り返った時には腕に抱えていた段ボールが取られていた。


「……遅いと思ったら何話してるんだか。持ちっぱなしじゃ腕痺れますよー」
「あ、ネジキ」
「ファ、ファクトリーヘッド!?」
「どーも」


スタッフルームの扉から顔を出したのはバトルフロンティア内で今や話題の中心となっている張本人、ネジキだった。
少年の告白を絶妙なタイミングで遮った彼の表情は何時にも増して面白くなさそうな不機嫌そうな顔をしている。
その敵意にも似た警戒心が自分に向けられていると直感した少年は固まった。あ、れ?これって、もしかして。

ネジキの登場に気付いた周囲は騒めき、黄色い声を上げるがその声さえも本人は聞いていないようだった。


「扉が開いてたからアズサの声が中に届いたんですよ。居ない間にアズサのポケギアなってたんだよなー」
「え、うそ!マツバだったら大変、ごめん先戻るね!」


慌ててスタッフルームに戻って行ったアズサさんに、気持ちが落ち込んでいくのが分かった。
もう少し話したかったし、中途半端に勇気を振り絞った告白も終わってしまった。
そう、がっくりと肩を落としていたのだが、ぞくりと悪寒がして反射的に顔を上げると――上げなかった方が良かったのかもしれないが。
例えるなら蛇に睨まれたカエルの気分だった。


「……言っておきますけど、アズサに告白しよーとしてもそーいうの興味ない人だからムダですよ」
「え……」
「それに、僕が許すわけないからなー」


不敵な笑みを浮かべたネジキさんに、一瞬でこれだけは理解した。偶然出てきたんじゃない、遮るタイミングを狙って出てきたのだと。話し声が聞こえたと言っていたから、当然自分の声も聞こえてたんだ。

あぁ、勝ち目なんてない。
本人に伝えても無いし答えてもらってもないのに、淡い恋心は破れた。
反論があるなら何時でもバトルフィールドで待ってます、なんて言葉を残してスタッフルームに戻ってしまったネジキさんだが、その挑戦状を受け取る程、強気にはなれなかった。


(あ、荷物ごめんね、ネジキ)
(……、やっぱり、審判やらせるんじゃなかったなー)
(え?いやいや、私だって楽しんでたのに何で)
(僕の神経がすり減ります)
(何で!?)

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