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- ナノ -

恋煩いが28時をお知らせします

つい先日まで恋愛に無縁だったが故に自身の感情だと言うのに狼狽していた私にマツバは別れ際にただ一言、「アズサはアズサのままでいいんだよ」とマツバらしい遠回しな助言をしてくれた。
長年の付き合いになるから何となくだけど意味が分かったような気がする。
下手に意識せず何時も通りに。感情を認めてしまった以上、前と全く同じと言うわけにはいかないけれど、恋愛感情云々を抜かして前提として私はネジキと居るあの空間が、時間がたまらなく好きだ。

でもそれで満足してしまっている辺り、未だに恋愛と友情の区別がはっきりと付いていないのかも知れない。一日で切り替えるだなんて元々不可能な話だし、仕方が無い、って思うのは甘いかもしれないけど。


「うわ……何か今日朝から人多いね」
「エレキブル!」


エレキブルと共にバトルフロンティアに着いたのは午前八時頃。この時間となるとまだ比較的トレーナーは少なく、人は疎らだったりするのだが今日はどうしたことだろう。
何時も多くの人で賑わっている時間帯よりも混雑している気がする。人混みを掻き分けて階段を上り、上から中央広場を見ると何時もそこにある筈の商品引き換え所が撤去されていて、中央にはバトルフィールドの線が引かれている。
それを囲むように集まっていたのだと気付いて納得したが、同時に首を傾げる。今日、何か特別なことでもあったっけ。

急いでバトルファクトリーに足を運んだのだが、ここも普段とは考えられない程の人で賑わっていた。え、朝とはいえこんなに人が居たら忙しくなってるんじゃ。幾ら出勤時間が決まっているとはいえ私だけ遅く来たなんて申し訳なさ過ぎる。
スケジュールは確認していた筈なのに。もしかして記入漏れしてたんじゃないか、と本格的に焦りだしたアズサは朝から悩んでいた事をすっかり忘れていた。
アズサの顔からさっと血の気が引き、小走りで中に入りスタッフルームの扉を開けて廊下を進むと足音が聞こえていたのか既にフロアに居たネジキが目を丸くしてアズサを見ていた。


「おはよーございます、……顔色悪くないですか?というか何でそんなに急いで、」
「だ、だって朝からこんなに人が来てるなんて思わなくて!今日忙しいみたいなのに来るの遅くて……!」
「いや、遅いって何時もどーりの時間だと思うけどなー。まぁ、確かに表の受付と助手は総動員で動いてるけど、アズサは事務じゃなかった?あー…データまとめるのが大変か」
「それは言うほど大変じゃないんだけど……突然どうしたの?もしかして、私今日のこと忘れてたとか」
「そーいうわけじゃないんで気にしなくていいですよ。昨日、アズサが帰ってから急に今日公開バトルが決まったんですよ、ホントに急に。……クロツグがよけーなこと言ったんでしょうけど」


悪態を付きながらクロツグ、と名前を出すネジキに相変わらずだと苦笑いを零すとばつが悪そうに顔を顰めた。
公開バトル、っていうのが決まったから中央広場に臨時のバトルフィールドが出来たってこと?それでギャラリーが集まって、その公開バトルが始まる前に人が色んな施設に足を運んでいる、ってことなのかな。


「でもネジキ、ここに居るって事はまだ出番無いんだよね?」
「特にバトルファクトリーは20勝するだけでも難しいからなー、……クロツグも忙しくて中止になればいいものを」
「……もしかして、その公開バトルって、ネジキとクロツグさんの試合だったり」
「……まぁ、そうなりますね」


まさかとは思ったのだが、ネジキの言い草から何となく事態が把握出来てしまって恐る恐る尋ねるとむすっとした表情のまま機嫌悪そうに答えたから、咄嗟に掛ける言葉が見付からずに喉で言葉がつっかえた。
ネジキは比較的、ファクトリーヘッドとして挑戦者を迎えるバトル以外には積極的ではないし、その相手が日頃から何かと反発しているクロツグさんとなると余計にだ。あれ、ネジキって確か自分への挑戦者以外顔出しはしなかった筈じゃ。


「昨日のコガネシティの事持ち出されて断れない状況だったというか、僕が知った時には既に実施する事が公式で発表されててどーにも出来なかったんです」
「っ、ご、ごめん!コガネシティで巻き込んだから……」
「謝る必要なんて無いですって、むしろアズサが大事に巻き込まれるなら僕も付き合おうかと思ってるし。目離すとホントにとんでもない事しでかすしメンドー事ばっかり持ってくるしなー」


言葉自体は痛い所を突いているけれど、その表情は呆れた物でもめんどくさそうな物でも無く、余裕のある笑みさえ浮かべている柔らかな物だった。何処か大人びたその表情に何だか私が居心地悪くなってしまい、上に下にと視線を無駄に泳がせる。
どくどくと煩く心臓が跳ねる感覚が少なくとも初めてではない事に気が付いて、アズサは熱くなっている頬をパチンと叩くように押さえる。
そうだ、ちょっと前からこんな風に訳も分からずネジキの言動に対して動揺してたのに。何で昨日まで気付けなかったんだろう、と今になっては昔の自分が不思議な位だ。トレーナーの道を優先にして歩んできたからこそなんだろうとは分かっているんだけど、やっぱり不思議な物は不思議だ。


「アズサ?」
「色々と巻き込んでるし大きな顔なんて当然出来ないけど……なんか、嬉しくて」


案外ぽろっと素直に口から出たその感情に照れ臭くなって笑っていると、パソコンのキーボードを打っていたネジキの手が止まり、カタカタと部屋に僅かに響いていた音が無くなった。無意識にネジキの方を覗くと、俯き加減に下を向いていたから表情が見えなかった。
あー…とアズサには聞こえない程度の小さい声を零したネジキは右手で後頭部を押さえてぐしゃりと髪を掻くと、徐にパソコンに指を伸ばして電源を切った。

確かにコガネシティでは個人的な話は自分に勝った人の分だけ聞くと言ったネジキだが、顔出しをしたくないという訳ではなかった。単純に、基本はバトルファクトリーに篭っていたから外に出なかっただけだし、わざわざ意味も無く露出するのも面倒だっただけ。フロンティアブレーンの務めには熱心だったが、あくまで他人の関心や評価に一切興味が無かっただけだったのだ。
アズサに勘違いされているみたいだし弁解しようとも思ったのだが、相変わらずの天邪鬼気質は通常運転だったようで、遠回しに、しかも意地悪な言葉で本音を隠してでしか言えない。

まぁでも、僕の言葉を聞いて腹を立てるような人じゃない。何故か素直に意味を汲み取って、嬉しそうな顔をするんだから気恥ずかしくなる。無意識な辺りはやっぱり悪質だとは思うけど。
アズサの言葉とその嬉しそうにはにかむ顔を見て、お陰様で言おうとしていた事が瞬時に頭から飛んでいってしまった。


「あ、作業邪魔しちゃった?」
「いーえ、人は多く来てても挑戦者が来なければ僕としては何時もと変わりませんし、暇つぶし程度にシュミレーションしてただけですから。……予想どーりの反応でいっそ安心しましたよ」
「何のこと?」
「こっちの話です。まぁ、多分クロツグとのバトルまではヒマだろーなー」
「バトルファクトリーのルールだと相手もレンタルポケモンだけど……クロツグさんは自分の手持ちで挑んでくるだろうし、その辺りはどうするつもりなの?」
「弱点を突く、っていうのはそれだけで何か負けた気分になりますし、三匹ともクロツグと同じタイプにしよーかと思ってます」


珍しく子供のような対抗心をむき出しにするネジキに笑い声を上げると、居心地悪そうな視線を送られたものだから咄嗟に口を覆い、肩を震わせながらごめん、と謝ると溜息をつかれた。申し訳ないとは思うんだけど、やっぱり面白いんだよね。


「そっか、ネジキがクロツグさんとバトルするんだ……いいなぁ、前で見たい。でもさっき見たけど結構並んでると言うか場所取りしてるみたいだし、遠くでしか見れないかな」
「何言ってるんですか」
「え?」
「審判はフロンティアブレーンで適任者決めてくださいって言われたから、アズサってことで話し通しときました」


さらっと、当たり前のように言った言葉を理解するのに時間を要した。間を置いてからえぇっ、と声を上げるとネジキがしてやったり、と意地悪そうにふっと笑みを浮かべる。これ、所謂したり顔ってやつだ。


「聞いてない聞いてない!」
「言ってませんし。……嫌なら別の人に変えてもらうけど、どーする?」
「……、どうするかって言われたら、やっぱり、見たいと言うか、やりたいというか」
「だろーなー、そう言ってくれると思ってましたよ。クロツグもアズサが審判する事に賛成してたんですよ、アズサがクロツグに勝ったから」
「だからあれは偶然と言うか……ネジキ笑ってない?こう、単純みたいに思われるみたいでなんかなー……」


拗ねたように眉を下げて不満そうな声を漏らすと、笑い声が聞こえてきたから今度は私が居心地が悪くなった。バトルを目の前で見たい、しかもネジキのバトルだし特に見たいという欲にはどうしても勝てなくて直ぐに頷いてしまう辺りやっぱり単純なのかもしれない。ネジキは私が断らないって初めから予想してたみたいだし。

私でこんなに興奮してるんだから、トレーナーからしてみたらチャンピオンリーグ程ではないけれど注目の一戦なのだろう。バトルフロンティア特有のルール下でバトルしているからチャンピオンや四天王とは強さが別種だが、クロツグさんとネジキは彼らに匹敵する程に強い。ただ舞台が違うだけ。
ネジキなんて顔出ししてこなかったし、強いにも関わらず出会ったトレーナーも少ない言わば未知のフロンティアブレーンだからこんなに人が集まるのも分かる気がする。


「急に顔出しなんてなったらネジキ、また人気になるね。明日から人がいっぱい来るかもしれないなぁ」
「……ホントそーいうのどーでもいいんですけどねー、メンドーだし。まぁ、施設に来る人が増えるっていうのはいい事なのかもしれないけど。顔出しって、……あ」
「ネジキ?」
「……あーあ、よく考えてなかったなー」


自分もアズサにバトルを見て欲しいし、彼女もそうしたがると思って設定してもらったけど、よく考えれば審判をやる彼女も数多くの視線の中心に居る事になるじゃないか。
こういう無駄な独占欲が働く度にアズサに対して申し訳なく思う半分、開き直る自分半分。人の評価云々はどうでもいいと思っている事は昨日、コガネシティで言ったけど。

まぁ、アズサが意識してない事くらい分かってるつもりだからあの発言なんて無いに等しいのかもしれない。……単純というか、鈍感だよなー。

審判をしているというのに、目の前で繰り広げられるバトルに引き寄せられるように観客の声も聞こえなくなる程に見入ってしまっていた自分に、横に控えていたエレキブルが背中を軽く叩いてくれてはっと我に返った。
そうだ、私は今審判やってるのに。自分に審判を任せてくれたネジキに申し訳なく思いながら、首に下げたホイッスルの紐を握る。

ネジキとクロツグさんのポケモンは共に残り一匹。あくまでネジキはクロツグさんと同じタイプのポケモンで挑んでおり、ミロカロスにはトドゼルガ、ドサイドンにはバンギラスをわざとぶつけてきた。
バンギラスはともかく、クロツグさんのミロカロスは強いと知っていたから審判をやりながらも多少不安になっていたのだが、ネジキのトレーナーとしての力は私が思っていた以上の物だった。

アンコールやいばる等といった補助技を使って、不利な筈の戦況を有利に持っていく戦い方に、同じトレーナーとして文字通り見惚れてしまった。あんなの一瞬の判断で普通は指示出来ない。
そしてお互い残る一匹はカイリューとキングドラ。ネジキはてっきりガブリアスを持ってくるのではないかと思っていたから内心冷や汗を掻いた。


「流石だな、ネジキ。だが俺もタワータイクーンとして簡単に負ける訳にはいかない。カイリュー、りゅうのまいだ!」
「……そのセリフ、そっくりそのまま返させていただきますよ。キングドラ、あまごい!」


ポケモン達の頭上に雨雲がかかり、ぽつりぽつりと地面に雨が降り注ぐ。更に加速したカイリューがキングドラに向かって突っ込んでくるが、まるで一瞬消えたようにキングドラは素早い動きで姿を晦ました。
――あ、そっか。キングドラの特性はすいすいだから。

ネジキはふと笑みを浮かべて対角に居るクロツグを真っ直ぐと見据える。フロンティアブレーンとして挑戦者とバトルをする時以上の力を出しているだろうクロツグの強さは悪態を付いていても、勿論本当は分かっている。
でも負ける訳にはいかない。同じフロンティアブレーンとしての意地もあるし、個人的にクロツグに負けたくないと言う子供染みた対抗心もあるし、それに直ぐ近くでアズサが見ているのだから。


「僕はクロツグのように決まったポケモンは持ってませんが、別の強みがあります」
「若年でファクトリーヘッドを務める強さか」
「まぁそーですね。どんなポケモンであれトレーナーの力の引き出し方によっては脅威になるんですよ。それが、僕のバトルスタイルです」


その目はファクトリーヘッドとしての誇りや自信に満ち足りている輝きを放っていた。
バトルフロンティアにおいてトレーナー達の憧れの象徴であるフロンティアブレーン同士のぶつかり合いにわっと湧き上がる歓声を切り裂いたのはお互いの攻撃の指示。

翼を広げて飛び込んで来たカイリューの鋭利な爪がキングドラを襲い、身を反らしたが攻撃を食らって後ろに勢いよく仰け反り吹き飛ばされたが、空中で姿勢を立て直したキングドラは翼をたたんで地面に下りたばかりのカイリューに向き直る。


「キングドラ、りゅうのはどう!」
「なっ……」


勢いよく放たれた蒼の光はカイリューに向かって一直線に放たれ、轟音と共に爆発にカイリューの姿は呑み込まれて見えなくなるが、瞬間煙を切り裂くようにカイリューが飛び出してきたが、その一発で倒れない事を元々ネジキは予測していたのか直ぐにえんまくの指示を出してキングドラの姿を舞い上がる黒煙の中へと隠した。
撹乱されたカイリューは戸惑ったのか一瞬だけ動きを止め、ネジキはそのたった数秒の隙を見逃さなかった。
「なみのり」という指示がバトルフィールドに響いたと同時に雨が降っていてより荒れている大波がカイリューを黒煙ごと飲み込み、カイリューの体を地面に叩きつける。波と雨が引いたと同時に地面に倒れこむカイリューは立ち上がろうと手を地面に付いて体を持ち上げようとするのだが、力尽きたようにばたりとその場に倒れた。


「っ、カイリュー戦闘不能!三匹戦闘不能になったので、この勝負、ファクトリーヘッドの勝利!」


声を張り上げて試合終了を告げると、二階も含む広場全体から聞こえてくるトレーナー達の歓声や拍手の音で埋め尽くされる。
モンスターボールにポケモンを戻した二人は中央に歩み寄り、軽く握手を交わす。負けたと言うのにクロツグさんは何処か満足したような表情で子ども扱いするようにネジキの頭をぽんと撫で、勝った筈なのにネジキは不満そうな不機嫌そうな視線をクロツグさんに送る。


「お前、シンオウ地方に居た時より強くなったんじゃないのか?俺もネジキに負ける日が来るとはなー」
「何時までもクロツグに負けっぱなしな訳ないじゃないですか。まぁ、何時でもリベンジなら受けてたつけど」
「はは!頼もしくなった限りだ!」


撫でてくる手をぱしりと素っ気無く払ったが、ネジキは再びクロツグに向き直るとありがとーございました、と丁寧に礼をしてさっさとこっちに向かって来た。え、こっちに向かって来た、って。

驚いて目を開いていると、目の前まで来ていたネジキも不思議そうに瞬きをして「どーかしたんですか」と尋ねてくる。会場はバトルフロンティア最強と謳われているのにも関わらず初めて見るネジキに黄色い声を上げているというのに相変わらず本人は至って興味が無いみたいだ。……やっぱり、マイペースだよね。


「あ、お疲れさま、ネジキ!毎度ながら思うけど本当に楽しかったよ」
「ありがとーございます、アズサも審判お疲れさまでした」
「面白いバトルを間近で見られたんだからむしろ私がお礼を言う立場なんだけどね。……ところで、どうするの?」
「どうって、バトルファクトリーに戻るつもりですけど」
「あーやっぱり、そう言うと思った……」


ちらりと周りを覗くとトレーナー達の輝く目が未だネジキに向けられているから、複雑な気分になって苦笑いを浮かべる。
彼らはネジキが面倒臭がってさっさとバトルファクトリーに帰ろうとしてる事なんて知らないから。クロツグさんは既にポケモンと共にファンと話しているから、同じフロンティアブレーンのネジキもそうしてくれるだろうと勘違いしていると思う。


「僕としてはこーして公開バトルするだけでも別の意味で頑張った方だけどなー」
「確かにそうだけど、う……何かそろそろ私の視線が痛くなってきた。戻るなら早く、」
「アズサ?」
「戻ろう……、え?」


不意に自分の名前を呼ばれたが、ネジキの声でもクロツグさんの声でもない。疑問に思いつつ声のした方を見上げる。
人が多過ぎて初めはよく分からなかったが、人混みを掻き分けて一階に降りてくる人が居るのを見て、そして大きく跳躍して自分の前に降り立ったルカリオに記憶の中の一人と一致して驚き目を開く。だ、だってこのルカリオ、一度会ったことある。でもそれはシンオウのミオシティだったし、このジョウトに居るなんて。


「やっぱり。まさかとは思ったけど、審判やってたから気付いたよ。久しぶりだね」
「わわ、ゲンさん!?な、何でこのジョウトに……」
「ちょっと各地を旅しててね、最近このバトルフロンティアに来たばっかりなんだ」


思いがけない再会に気持ちが舞い上がって、暫く会っていなかったゲンさんに駆け寄ろうとしたが、ネジキが早々に帰ろうとしていたのを思い出してネジキの顔を覗き見ると、不機嫌そうにゲンさんに視線を向けている、ような、気がする。
どうしよう。ゲンさんと話したい気持ちは勿論あるけど、ネジキを待たせるのは悪い気がして狼狽していると、ネジキが溜息をついて私の背中を軽く押してきたから前のめりになって躓きそうになった。


「うわぁ!ネ、ネジキ?どうしたの」
「話したいって顔に書いてますよ。僕は先に帰ってるから、遅くならない程度で帰ってきてくださいよー」


それだけ言うとくるっと踵を返してバトルファクトリーに帰っていくネジキは、まるで周りに人が居ないかのように声に応える事もなくすたすたと歩いていた。その背が見えなくなった所で視線を外し、ゲンさんに振り返ると彼は困ったような顔をしていた。


「うーん、これは悪いことしたかな。彼はファクトリーヘッドらしいけど、仲いいのかい?」
「そうですね、あ、こっちに戻って来てからトレーナー辞めて今はバトルファクトリーで働いてるんですよ。だからさっきも審判をやってて」
「……え、トレーナー辞めた?それは驚いたな。でも、それでもバトルに関わる仕事に就いてるんだね。アズサらしいよ」
「ここに来たのは偶然なんですけどねー、ところでゲンさんは各地を旅してるって言ってたけど、バトルフロンティアに挑戦してるんですか?」
「バトルタワーでペアを組んでダブルバトルをしてるんだ。ここに居るから自然と彼の噂は耳に入ってたけど、噂以上に凄いトレーナーで驚いたよ。そんな彼の元で働けてるんだから、アズサも凄いよ」


お世辞でもなく本気で褒めてくるゲンさんに照れ臭くなって照れ笑いをしていると、ゲンさんはもう一度いぶかしんで「だからやっぱり悪いことしたな」と小さく呟いたから思わず聞き返すと、何でもないよとはぐらかされてしまう。
ネジキの元で働けてるのは別に私の実力でも何でもないと思うけど、私の思考回路は案外単純のようで褒められるとやはり嬉しくなる。でもそれ以上に、ネジキが褒められているのを聞くと自分の事のように嬉しい。本人は嬉しいも何も一切興味が無いみたいだけどね。


「会おうと思えば暫くの間は会えるから、続きはまた今度にしようか。これ以上ネジキ君を待たせると悪いだろうし」
「あ……ありがとうございます、ゲンさん。ゲンさんも何時かバトルファクトリーに来てくださいよ!」
「面白そうだけど、今日の一件でもし彼と対戦する事になったら容赦なく叩き伏せられそうだから遠慮しておくよ」
「今日の一件?」
「変わってなくて安心したけど、アズサはもう少し鋭くなった方がいいかな」
「……はぁ」


首を傾げながら生返事をするアズサに、絶対に意味が分かっていないなと思いながらも、ここで僕が余計な助言をするのも邪魔をする気がして敢えてそれ以上は追及しなかった。
あんなに不機嫌そうな視線を送られたら流石に気付けると思うけど、そういえばアズサは親しくなった男性に対しては異常に警戒心が無いのだと思い出して一人納得していると、ルカリオも気付いていたのか目を伏せて小さな笑みを浮かべていた。



(ただいま!ネジキ聞いて聞いて!)
(……楽しそーで何よりですよ)
(ゲンさんもネジキの事褒めてたの、ネジキは興味ないって分かってるけど嬉しくて)
(あーもう……、なんで、そーいうこと言うかなー、バカなんですか)
(え、何で今怒られてるの?)
(……、別に怒ってないから)

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