coral
- ナノ -

Dosen't admit!

──ジョウトに戻ってきてからこの三ヵ月真面目に仕事を頑張ってきたつもりだ。

コガネシティのシンボルとも言えるラジオ塔。私がジョウトに居なかった間色々とあったらしいのだが今は落ち着いている。一階の受け付けをやっていたけれど、何故か壊れた機械類も直していたから平たく言ってしまえば雑務。そこまで忙しかった訳じゃないけれど、一応頑張っていた方だ。

なのに、この仕打ちは何なんだろう。


個人の呼び出しがかかり、局長の部屋へ行くと彼はにっこりと微笑んでソファに座るように指示する。少々怯えながらもソファに座り、視線をちらりと彼に移すのだがやはり表情は穏やか。
何の話なんだろうか。職務怠慢を怒られるわけでもなさそうだし、かといってボーナスが出そうでもない。


「あの、どういったご用件で?」
「あぁ、君を呼んだのは他でもない。君が適任だと思ったからだよ!」
「……えっと?」


適任って、何が。

ラジオのパーソナリティーとかは残念ながら御免だ。だとしたら助手辺りなのだろうか、頭の中で色々と予想を立てていたのだが全く分からない。突拍子もないことを言われて思わず局長に向ける言葉遣いではないものが口から出てしまう。


「私はこのラジオ塔の局長が故に、知り合いも多い。それなりに有名な人もね」
「……はい、その話は存じていますが」
「君はシンオウ地方でトレーナーとして旅をしていたそうじゃないか。どうしてシンオウを選んだんだい?」
「ジョウトのジムリーダーの一人と友人でジム巡りをし辛かったのもありますが、知らないポケモンに会えるのも楽しみだったんです。……ところで、それが一体……?」
「いやいや、今の質問は私の個人的な疑問だよ。君はトレーナーとしての経験と知識があるし、話によるとトラブルを起こした機械も直してくれていると聞いたよ」


局長の笑みが深くなり、段々嫌な予感がしてきた。
先程から局長の言うことは全て遠まわし。何かを言いたいから別々の話題を持ち出しているのだろうが、生憎心当たりがない。確かについ三ヵ月前までトレーナーはしてたし、ラジオ塔にある機械の調子悪い物を直す時もある。でもそれが何だって言うんだろう。


「私の友人が少し困っていてね、働いていた人が辞めて人手不足になってるそうなんだ。どうしても新しい人が必要なんだそうだけど中々入らないし、優秀な人材もそう居る訳ではないしね」
「……」


あぁ、嫌な、予感。


「そう!だから君が適任だと思ったんだよ!」


明るい声が耳に届き、溜息さえも出てこなかった。訳が分からなさ過ぎて呆然と、一人嬉しそうにしている局長を見るばかり。
どうしてラジオ塔の局長が私に別の仕事を勧めているのだろうか。やっぱり職務怠慢でクビとか。そんなに不真面目にやってきたつもりはない。むしろ頑張ってきた方なのに、何なんだろうこれは。


「行ってほしい所は正直言ってトレーナーの間ではここよりも有名だよ。君を手放すのは惜しいけど、その能力を存分に発揮して欲しいからね!これが住所だよ」


渡された紙と便箋を押し付けられる形で受け取る。
それじゃあ頑張って、と笑顔で言う局長に苛立ちさえも感じてしまう。我が上司ながら眩しい笑顔をここまで疎ましいと思ったことはない。あぁ、もう元上司になってしまうのか。

局長、私に拒否権は無いんですか。


ラジオ塔よりもいい職場を紹介してもらって転職という形になるけれど、悪く言ってしまえば先程のあれはクビだ。厚意は目に見えたし、クビなんて言い方は適切ではないのかもしれないけど。

しぜんこうえんを通り、家のあるエンジュシティにこんな真昼間から戻るのは三ヵ月勤務してきて始めてじゃないだろうか。
先程のやり取りを思い出せば思い出すほど気分が沈んできて、足取りが重くなってしまう。住所が書かれている二つ折りの紙を恨めがましく見ながら開くとアサギシティ南の浜辺、40ばんすいどうと書かれていた。

(……あそこ、海と浜辺しかなかったんだけど)


これは騙されたんだろうか。私の記憶では、40ばんすいどうにあるのは浜辺とツボツボやイシツブテが出てくる岩、そして彼方まで広がる海。これだけだ。
何か、クビのような気がしてきた。


重たい気分のまま家に帰って来て、取り合えず軽い身支度を整える。居間の畳の上に転がり、天井を呆然と見詰めながらようやく溜息一つ。
何でこんなことになったんだろう、一応一生懸命頑張ってきたんだけどな。この事態を予測できていたならトレーナーを辞めなかっただろうか。……それは無いか。

思いふけていた所、重たい雰囲気をぶち壊すかのようにインターホンが三連続鳴り響いた。子供がピンポンダッシュする時のような短い間隔で鳴り響く高い音に苛立ちを覚える。
起き上がって、扉を思い切り開けるとぶつかったのか扉が止まった。


「っ、痛いじゃないか……!」
「煩いよミナキ、近所迷惑だし私にも迷惑。何でいるの?」
「それはこっちの台詞だ。アズサが昼間からいるのは珍しくないか?居ればと思ってきたのだが……」
「……それ一番聞いて欲しくなかった。良い大人が昼間から暇だね、スイクンはどうしたの?」


何気なく聞いただけだったのに、自称スイクンハンターのミナキが一瞬黙り込んだ。名前を聞いただけでも語りだすような人なのに、一体どうしたのかと本気で心配になったのだが本人の口から直ぐに理由が明かされた。


「逃げられたんだよ、あの少年にも……!カントーを探すかジョウトを探すか迷っているんだ」
「え、ミナキってば少年にまで……」
「違う!誤解をするな!あの少年が行く所にスイクンが現れるからなんだ」


その男の子はスイクンに気に入られてるけど、ミナキはとことん嫌われてるってこと?まぁ、愛が重たいし仕方がないかもしれない。私が小さい時から知っているけど、ミナキのような大人にはならない、こんな兄を持たなくてよかったと思ってきたくらいだもの。良い人なんだけどね。


「どうしてそこまで好きなのか未だに理解できないよ。マツバもエンテイかライコウの方がいいって言ってたよ」
「マツバはスイクンの素晴らしさが分かっていないんだ。三匹の中でも際立ってスイクンは美し、」
「あぁもういいってば。また後で連絡でも入れるから、じゃあ行く所があるから行くね」


玄関に置いてあったボストンバックを持ち、ミナキの話を切って街へ出る。文句が暫く聞こえたけれど急にその声が消えて珍しく静かになったと思って振り向けば、そろそろと焼けたとうへ向かうミナキが見えて呆れた。どこまで行ってもミナキはミナキだ。

アサギシティ方面のゲートに行く途中に見えたこの街のジムに目を留める。ミナキが私の家に来たってことはマツバに会ってもらえなかったんだろう。基本は温和だけど、面倒だと思ったら適当にあしらう傾向があるから。
このまま何気なく通り過ぎようとしていたのだが、丁度ジムの自動扉が開いて人が出てきた。見えた顔は私を見て驚いている訳でもなく、予想していたみたいな感じだ。


「マツバ、私が歩いてたの分かってたでしょ?」
「偶然見えたからね。アズサがこの時間にエンジュに居るのって珍しくないかな」


偶然見えたって、千里眼使ったんだろうな。ミナキは見習うべきじゃない大人だと10代前半には判断していたけど、マツバは違った。横にミナキが居たから余計にまともに見えたのかもしれないけど。


「……ちょっと、ラジオ塔を追い出されちゃって……」
「え?ラジオ塔に働いてたのに?」
「クビというか、新しい職場を紹介されたというか、推薦されたというか……」


あ、今度はちゃんと驚いた顔してる。
クビを一言目に出したのがいけなかったのだろう、何をしたんだと言おうとしたのか口が動いたのだが、推薦などといった単語を聞いてマツバは言葉を飲み込む。


「それって、どこ?」
「アサギシティ南の浜辺から行ける所らしいけど…あそこって海以外何もないからやっぱりクビなのかな……」
「アサギの浜辺からって、まさか」
「マツバは知ってるの?」
「アズサが旅に行っている間に新しく施設が出来たんだ。ここら辺に住んでる人は皆知ってるよ、なにせ急ピッチで作業してたからね」


私がシンオウに行ってたのは二年位。その間にコガネシティの建物が増えてモノレールが開通したのは知っていたけど、アサギシティ近くに大きな施設が出来ていたなんて戻ってきてから三ヵ月経っているのに知らなかった。
大きそうな施設のようだし、サファリパークとかだろうか。マツバに聞いてみるのだが、彼は答えを濁すばかり。

実際に行ってみたら分かるよ、って。


そして実際に行ってみてどれほど驚いたことやら。
マツバの言う通り本当に40ばんすいどうからその施設へと繋がるゲートが出来ていて、そこを通って出ると、リゾート地のようなものが目の前に広がっていた。見上げれば自然と見えるあの高いタワー、もしや、シンオウにあったものと同じだったり。
半信半疑でロビーに入ると、出迎えてくれる沢山のインフォメーションオペレーター。


「ようこそ!バトルフロンティアへ!」


――気が遠くなりそうだ。

トレーナーの間では有名ってこの施設のことを言ってたのか。
シンオウでは有名だったトレーナー達のバトル施設、バトルフロンティア。行ったことは無かったけど名前は知っていた。

確かにトレーナーだったけど、局長は私が十代後半で早々に引退したことを忘れてないだろうか。がっくりと肩を落としつつインフォメーションカウンターに向かい、声を掛けた。


「すみません」
「はい何でしょうか、分からないことがありましたら何でもどうぞ」
「ここで働くことになったんですが……どこに行けばいいでしょうか?」
「そうなんですか!招待状か何かお持ちではないでしょうか?」


一方的に言われただけだから招待状なんかあったか、と一瞬顔をしかめたが、そういえば局長はメモと一緒に便箋を渡した。それを取り出し裏を見ると局長直筆のサインが入っていて、重要書類のようにも見える。
それを提出すると承りましたという明るい声が響き、目の前で便を明けていく。中にあった紙を数枚確認すると、にっこり微笑んだ。


「正式な書類ですね、後ほど上に提出しておきます。先ずは担当する場所へと向かっていただいてよろしいですか。詳しい説明はそこでお願いします」
「はい、あの……担当する場所ってどこですか?」
「……ここ、よく人が変わるんです。辞めたり、担当場所を変えたりして……頑張ってくださいね」


こっそりと小声で教えてくれたこの女性は良心的。だけど、正直今は聞きたくない情報だった。だって、まるで厄介な所に当たってしまいましたね、とでも言いたげなんだから。
ねぇ局長、やっぱり私に何か恨みでもあったんでしょうか。恐る恐る、震えそうになる唇をゆっくり動かした。


「その、場所って……?」
「バトルフロンティア内の施設でも最難関と謳われる、バトルファクトリーです」


案内板を見ると、五つの建物の模型が飾られていた。中央に見えるあの高いタワーがバトルタワー。城まであるし、一体ここはどこのレジャー施設なのか聞きたくなる位だ。
多くのトレーナーや昔トレーナーだった老人まで様々な人がこの施設を訪れて、大いに賑わっている。

歩いているとちらほら聞こえる世間話。バトルに勝つにはどうしたらいいかだとか、あそこは難しいだとか、フロンティアブレーンに一度も会えてないだとか。
リーグを目指すのとはまた違う楽しみもあるのだろう。雰囲気だけなら良い印象なのだが、如何せん自分が働くことになりそうな場所はあまり良い噂のない所。局長は、働いていた人が辞めて人手不足になっており、どうしても新しい人が必要なんだそうだけど中々入らない、と言っていた。まさにさっきの女性の言う通り。

重たい足を無理矢理動かしてスロープを登ると、ファクトリーという名前にはそぐわないような施設が見える。中はとても綺麗で、とても工場という感じではない。チャレンジの受付を担当している人に声を掛けると当然、チャレンジでしょうかと尋ねられる。


「いえ、本日からここを担当することになったのですが」
「あぁ、内務ですね。こんなに早く入るとは思っていませんでしたので……そちらの扉から入って下さい。これがレンタルポケモンの一覧です」


渡された紙には棚と、その棚に置かれているモンスターボールに入っているポケモンの一覧が載っていた。

ただ、だ。その量が半端ではない。
二百は超えているんじゃないかと思う位の数で、居るポケモンも様々。同じ棚にたねポケモンが並んでいたり、技の強いものが並んでいたりと大体の規則性はある。レンタルポケモン、ということは自分の手持ちを使わずここに居るポケモンを使って勝ち抜けということなのだろう。

(確かに結構難易度高そう……)

受付の人に一礼をし、その紙を見ながら関係者入り口を開ける。中は先程のフロアとあまり変わりはないけれど、私室という感じが溢れている。通路を進むと仕事場兼休憩所のような大きめなフロアに出る。
ここに働いている白衣を着た女性がアズサの存在に気付き、パソコンを動かす手を止めて顔を上げた。


「もしかして貴方が新しく入った方かしら?」
「はい、コガネシティラジオ塔局長の紹介で本日からお世話になります」
「そんなに堅くしなくてもいいわよ、予想以上に若くて驚いたわ!もう聞いたかもしれないけど、ここの仕事は」
「他よりも大変、なんですよね……」
「前まで居た子達はレンタルポケモンの一覧を常に持って確認しながらやっていたから。そうそう、内容はレンタルポケモンの管理とその記録、……あと」


溜息を吐きながらアズサが悲しそうに呟くと、女性は苦笑いをして言うほどでもないのよ、と弁解をする。けれど、言葉を一旦止めた彼女はとても言い辛そうに、顔をしかめる。


「ファクトリーヘッドに色々と声を掛けて下さい。……仕事関係のことでというよりも、日常生活のことで」
「え?」
「彼、集中すると中々出て来てくれないんですよ」


あぁ、人が出て行くって一番上のフロンティアブレーン、ここではファクトリーヘッドと言うらしいが、その人の元で働くのが疲れるからという感じだろうか。決して悪い人ではないんですよ、と付け足されても聞いただけのイメージが悪すぎる。
局長、本当に恨みますよこれ。遠くに居る元上司に心の中で悪態を付いていると、女性に挨拶してきてはどうかと提案される。

したくない、けど、ここで働く限りは避けて通れぬ道。

荷物を置いて奥の廊下を進むと、段々物が乱雑してきた。床に何か分からぬ機械や、パーツが隅に並べられて列が出来ている。これだけでも集中すると中々出てこない、の中身が見えた気がする。
廊下の直ぐ横の大きなスライド式の扉を少し開けてみると棚が並んでいた。どうやらここがレンタルポケモンが並ぶ部屋なのだろう。

(図だけでも大きいと思ったけど、やっぱり広い……)

この入り口から入ると、図で書いてあるDの辺り。ファクトリーヘッドという位だから、ここのポケモン達は全て覚えているんだろうな。

扉を閉じてまた広い廊下を進むと、奥の突き当たりに調理室があった。あれ、部屋がないじゃないかと思ったけれど、右を向くと明らかに装飾の違う扉が付いていた。中から妙な機械音が僅かに聞こえてくるのと、扉の周りに機械の類やなにやら怪しい爆竹がある辺りここがその人の部屋だろう、扉には鍵が掛かっているようなので数回ノックをして声を掛ける。


「今日からここを担当することになった者ですけど、」


返事は、ない。
機械音が少し止まったかと思えば、直ぐに再開。無視って意味か。


「挨拶に来たんですけど、担当場所の上司を確認しようと思いまして」


依然、反応はなし。煩いと言わんばかりに機械音が大きくなった気がする。段々腹立ってきて頭に血が上ってきた。なるほど、日常生活の面でクセがあるとはこのことを指していて、これに耐えられず何人も辞めていったというわけか。
初日だから印象良くしようと心掛けていたのに、苛立ちが勝ってしまう。地面に箱に入って放置されていた爆竹を二本手に取り、それを扉の前に置く。丁度持っていたフライゴンを出し、少し距離を取ってかえんほうしゃの指示を出す。


瞬間、黒い煙と共に煩い爆発音が鳴り響く。思わず瞬間は耳と目を閉じてしまったが、そろりと目を開けると薄くなった黒い煙から覗く壊れた扉。木の破片となってしまった扉を踏み越え、部屋の入り口から中を覗くと、目が合った。物凄く、驚いた顔。

しかも予想外にも同年位の青年。でも今はそんなことどうでもいい、嫌味といっても可笑しくない満面の笑みを浮かべて挨拶をした。


「今日から担当するアズサと申します。これからよろしくお願いしますね」


(初日からやらかすってどういうこと)
(絶対に人選ミスですよ、局長)

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