coral
- ナノ -

二進法で愛を囁く

自覚というのは恐ろしい物で、昨日は家に帰ってきてから知恵熱を出して夕飯を取ることも無く、布団に直行だった。とはいえ、目を瞑ると悶々と考え込んでしまい結局あまり寝ることは出来ずに今日は寝不足だった。
ポケモントレーナーの道一筋だったから同年代の同姓と少し違って恋愛云々に関心が薄く、同じトレーナーは尚更そういう対象として見た事がなかった。あくまでもライバルだとかお互いを高めあう友達だとか。
だからこそ今こんなに自分の気持ちだというのに、滑稽なほどに振り回されている。だめだ、こんな状態でバトルファクトリーに行ったら挙動不審過ぎてネジキに怪しまれるに違いない。

「はぁ……」

深い溜息を一つ付き、トースターから丁度いいこげ茶色に焼けたパンを取り出して食べようとしたのだが、最高に空気の読めないタイミングで家のインターホンが何度もなり始める。
こんな事をする人間なんて私の回りに一人しか居ない、しかも朝っぱらからなんて近所迷惑な。考え事をして頭が煮詰まっていたのに、苛々を倍増させるような訪問者に殺意が沸いてくる。

椅子からそっと立ち上がり、玄関の扉を勢いよく開けると何かにぶつかって隙間から「いたっ!」と悲鳴が聞こえてきた。もう一度扉を押すとそこには赤くなった額を押さえて悶えているミナキが居て、気分が非常に下がった。


「何の用なのミナキ、どうせ大した事無いんだから朝から来ないでよめんどくさい」
「な、なんか今日は一段と機嫌が悪くないか……!?」
「ミナキに自分が悪いって言う思考回路は無いのかな」
「今まで占いという物を信じていなかったのだが、あれは凄いんだな!」
「……」


人の話を聞く気が無いミナキに白い目を向けるも効果はいまひとつどころか効果が全く無い。このまま無視していてもどうせ、私が話を聞いて反応するまで帰るつもりは無いだろう。
適当に話を聞いて早く帰すのが一番いいと、適当にミナキの話に耳を傾ける。突拍子も無い話をされるのは何時もの事だけど今日は占いの話のようだ。本当に脈絡が無い。あぁ、折角丁度よくパンを焼いたのにこのままだと冷めるなぁ。


「昨日の朝占いで一位になって、逃げられたがスイクンに会えたんだ!迷信としか思っていなかったが、信じてみる物だな」
「へぇ、それは良かったね」
「あぁ、昨日の運勢、アズサはビリの方だったが大丈夫だったか?」
「え、まぁそんなに運悪いことは、無かったかなー」


思わず視線が泳いでしまったが、ミナキは気付かなかったようでそうか、と呟いている。昨日は久々に運が悪かった日だ。油断した頃に大事に巻き込まれるこの体質はどうにかならないかなぁ。
私も今度からテレビの占い見ることにしようかな、そうしたら事件に巻き込まれそうな日が分かるかもしれないし。ぼんやりそんな事を考えていたのだが、ミナキの口から今の私にとって最大の爆弾発言を投下してくれた。


「あ、総合は悪かったが恋愛運は一位だったぞ」
「な、何でそんな所まで見てるの!?」
「……、アズサ」
「なに……」


すっと目を細めて真剣な表情に変わったミナキに、アズサはうっと言葉を詰まらせる。なに、と尋ねたその声は情けないほどに上擦っていて、動揺していますと言っているような物だ。ミナキは普段空気が読めない癖して、こういう肝心な所はマツバ並に結構鋭い一面を持っていたりする、これはまずいと冷や汗が流れる感覚がしてごくりと生唾を飲み込む。


「正直に言うんだ、……好きな男が出来たな?」
「っ、そそそんなわけないでしょ!」
「――っ、マツバぁあああ!」
「うわぁあ、最悪!近所迷惑!」


一瞬固まったが、見る見るうちに顔を青くして駆け出していったミナキに嫌な予感が走り、咄嗟にサンダルを履いて追い掛けるのだが、やけに足が早くてどんどん差が開くばかり。見えていたその背中はエンジュジムの中へ消えていく。
玄関の扉開けるんじゃなかった、と後悔して漸く辿り着いたエンジュジムの前で息を整えて入るべきかどうか悩んでその場に立ち尽くしていたのだが、扉を通り抜けるように急に顔を出して目の前に現れたそれに驚いて肩を揺らすと、反応が面白かったのか悪戯っぽい笑い方をしてくるりと宙返りをしたのはマツバのゲンガーだった。


「げ、ゲンガー……こういう時に驚かさないでよ。ミナキ、入っていったけどもしかして……マツバと話してる?」
「ゲンガー!」
「……最悪だ、私にはプライバシーの保護なんて無いの…」


頭を抱えて唸っていると、目の前の自動扉が急に開いたものだから咄嗟に顔を上げると、そこに立っていたのはマツバだった。
メーデー、メーデー。どうして自覚した次の日には幼馴染二人に知られないといけないんだろう。恥ずかしさでまた頭がぐらぐらと沸騰するように熱が込み上げてくる。


「朝からお疲れ様だったね、アズサ。ミナキ君、何だかんだ寂しいのかすすり泣いてるよ」
「あの、マツバさん、ミナキが言った事だけどあれは……」
「え?あぁ、前々から知ってたから別に驚く事でもなかったかな。むしろやっと気付いたんだ、って思ったよ」
「へ?それってどういう事……」
「仕事に行く時とか、彼の話をしてる時のアズサは本当に楽しそうだったからね。僕も疎いほうではあるけど、あんなにあからさまだったら流石に気付くよ」


マツバの目はまるで総て見透かしているようで、アズサは誤魔化すのを諦めた。しかも何故か相手まで分かっている辺り、マツバからしてみたら本当にやっと、と言う話なのだろう。それはそれで恥ずかしい気がするけれど。


「というか、一度僕も会った事あるからね。アズサが彼を好きになっても納得できるよ」
「会ったって、ネジキの顔知ってたの?」
「いや、だって顔とか特徴も含めて正体不明になってるだろう?偶然会って何となく気付いたんだよ、そしたら向こうも僕を知っていたからね。何かと不幸体質で苦労するだろうけどよろしくって言っておいたよ」
「言い返す言葉もないです……ネジキにも諦められてるからね」
「裏を返せば助けてくれるってことだろう?僕が言うのもなんだけど、ネジキ君はお人好しっていうタイプじゃなさそうだから……それほどアズサを信頼してるんだろうね」
「そう、かな……そうだと嬉しいかな」



僅かに頬を染めて照れ臭そうに笑うアズサを見て、マツバは柔らかく微笑む。アズサが気付いたのなら、気持ちが通じるのも時間の問題だろう。思うに、ネジキ君は大分前からアズサを意識していたみたいだし。
これから姑のように煩く文句を言うミナキ君の対処が面倒だなぁ、と思いつつアズサの頭をそっと撫でるとゲンガーも彼女の背中に乗って頬を摩っていた。何だかんだアズサが嬉しそうにしている所を喜ぶ辺り、やはり僕とゲンガーは似ているのだろう。

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