coral
- ナノ -

加速する低空流星群

――また厄介事に巻き込まれなければいーですけどね


小馬鹿にするようなネジキの言い方にむきになってそれは要らない心配とか抜かした数時間前の自分に呆れるを通り越して何だか悲しくなってきた。
前々から気付けば大きなトラブルに望まずとも足を突っ込んでいる事がよくある所謂運の悪い体質の方であるのは気付いていたけど、注意された傍からこんな事になるなんて思いもしてなかった。
しかも、ネジキと一緒に来ているのに私が別行動をした途端だ。これは小言を言われても何も言い返せない。

停電してからおよそ二十分が経ち、未だに電気の復旧はしていないし別の階に行く為のエレベーターも動かなければ階段もシャッターで閉じられてしまっている。放送も入らないし今何が起こっているのか誰にも分からない状態。それに何より前さえも見えないし。暗所恐怖症、っていう訳ではないけどこういう状況だと流石に顔が引き攣る。

それに追い討ちをかけるように子供の泣き声とそれを宥める母親の声が聞こえてきて、不安が掻き立てられる。ラジオとうの時のように相棒であるエレキブルさえも居ない私は今や無力です、じっとするしかないです。

カメラなんて買いに来なければよかったなぁ、というより元々デジタルカメラを持参していればこんな事にはならなかったはず。今頃待っているだろうネジキを思い浮かべて、……うん、会った時のこと考えたら、別の意味で怖くなってきた。
何時も迷惑かけてごめんなさいネジキくん。折角仕事をサボってでも来てくれたのに申し訳ないです。


「……おっそいなー、一体どこまで行ったんだか」

直ぐ戻ってくるとか言っておいてかれこれ三十分は経っている。買い物にしても遅いし、一体どこをふらついているのだろうとも思ったのだが……何となく、悪い予感がして胸騒ぎがする。こーいう時ってホントにいいことないんだよなぁ。
流石に探しに行こうか、と席を立ち上がろうとした時、大通りに続いている方面の広場がざわついているのに気が付いてエレキブルと景色と同化しているラティオスと共に近付いてみると会話が聞こえてくる。


「コガネデパートが停電したらしいぞ」
「もう三十分も復旧してないんだって?」
「詳しくは分からないけど……警察も一階しか入れないらしくて」


――あぁ、嫌な、予感だ。

隣に居るエレキブルを見ると、僕と同じ事を考えたのか顔をしかめている。ポケナビを取り出し、唯一登録されている番号を押して電話をかける。

一回、二回、三回。
三コール目でようやく繋がり、喋ろうとしたのだが先に「ね、ネジキ?」と、少し慌てたようなアズサの声が聞こえてきたから無事のようで少し安心した。取り合えず、何となく予測はしているが居場所を聞かなければ、とやたらと人の多いコガネデパートがある大通りに向かって歩き出しながら電話越しの相手に確認する。


「アズサ、念のため聞いておくけど今まさかコガネデパートに居たりしますか」
「えーっと、……五階の方に」
「……」


裏切って欲しい期待を裏切らないとは正にこれだ。
まさか本当にこの短時間、僕とエレキブルも居ない間にタイミング悪くトラブルに巻き込まれているなんて。彼女の偶に大事に巻き込まれるその不幸体質には前々から僕も悩まされてきたけど。


「ね、ネジキさん?あの、怒ってます?」
「怒ってませんからその呼び方止めてください。……何か他人行儀みたいでイヤです」
「え、そこ気にする所?」
「僕にとっては重要なんですよ。そこから出れそうですか?」
「ううん、停電みたいでエレベーターも動かないし階段のシャッターも降りててフロアから出られない状態。放送も無いから主電源が落ちたのかも。エレキブルも居ないしどうにも出来なくて……」
「……シャッター?」


主電源が落ちた停電にしてはおかしい話だ。電気が落ちたなら自動シャッターも降りて来ない。
それにそもそもコガネデパート全体の電気が落ちるなんて通常は起こる筈が無い。誰かが、操作しない限り。客や外から入って来ようとする人が自由にデパートを動けないよう通路を塞いで停電を起こして人々の注意をそっちに逸らして、何かの時間稼ぎをしているだけではないだろうか。

事故ではなく事件の線が強くなってきてネジキは溜息を吐いた。巻き込まれるアズサも運悪いけど、その犯人に軽く殺意が沸いてくる。よくもまぁタイミング悪くアズサとの外出邪魔してくれたよなー


「ごめん、ネジキ。電気復旧まで出れそうにないから先に……」
「すぐ終わらせますから待ってて下さい」
「へ、」


どういうこと、とでも言いたいような素っ頓狂な声が聞こえてきたが言い切るとポケナビの通話を切り、徐にポケットにしまった。

こういうメンドー事って苦手だし避けたい方だが今回ばかりはそう言っていられる心の余裕なんて無い。犯人に情け、なんてかけれたら上出来だが正直ムリだろう。
もしアズサが巻き込まれていなかったら、物事に対して無関心だしお人好しでもないから僕も関わらなかったが。


「エレキブル、手加減なしで行きますかー」
「エレキブルッ!」
「ラティオスもばれない程度に援護お願いします」


返事をするように小さな鳴き声が聞こえてくる。トレーナーは今居ないがエレキブルもどうやら僕の指示は聞いてくれるみたいだ。
人が集まっているコガネデパートに背を向け、人通りの少ない通りに歩きだす。正面口には人だかりで近づけないしパトカーが止まっている辺り警察も居るみたいだから入れないだろう。何より、アズサの情報によると例え手動で正面口の自動扉を開けられたとしても一階にしか入れない。

ゲームセンター近くの階段を下りて人気の少ない地下通路に出る。特殊なシャッターによって閉じられているが、確かコガネデパートの地下に繋がっている通路があった筈だ。
薄暗くどこかじめっとした感じがするこの地下に居る人もどこか胡散臭そうだ。エレキブルが隣に居なかったら見た目的には弱そうだと自覚してる……から、絡まれていそうだ。
スイッチを押すと開くシャッターのようだが、幾つものシャッターが連動しているから面倒だ。試しに幾つか押してみて、今のでどこが動いたのか記憶に留めてそれを頭の中で組み立て直し、正しい順番の開け方で通るとデパートに繋がっている扉の前に出る。


「一応、気を付けて下さいねー」


注意を払ってゆっくり扉を開けると、中は真っ暗、という訳でもなかった。
何かが電気を放って部屋に散らばるように幾つも浮遊していて、ランプのように真っ暗な空間を照らしている。あれは、コイルとレアコイル?ポケモンが勝手に入り込んだとは思えないし、犯人の手持ちポケモンって考えるのが妥当だろーなー。

特に光が集中している場所に向かって、別に隠れるわけでもなく堂々と歩いていると浮遊していた一匹のコイルと目が合った。あー、ばれた。ジジジ、と鳴いて激しく動き出したコイルに気付いたのか「だ、誰だ!?」と焦ったのか上ずっている男の声が二人分した。


壁の陰から出て大きなフロアに出ると、暗闇に照らされる男が三人居た。なるほど、手に持っている袋からして、在庫倉庫であるこの地下の物を狙った泥棒か。ブレーカーを落として停電を起こしたまでは賢いと思うが、今や唯一の逃げ道も塞がった袋の鼠と言ったところか。


「どーも、人が多い昼間からごくろーさまです」
「なっ、何だよ、ちっさい子供か」
「はは!好奇心旺盛なのはいいが、タイミングが悪かったな坊主」


……小柄だとは分かってるけど、こうも正面きって身長や見た目でなめられて馬鹿にされるとただでさえ苛々していたのに、また更に沸々と怒りが湧き上がってくる。
元々手加減する気なかったけど、情けなんてかける必要がまるでない。

「君たちも運悪いなーアズサ巻き込んで、僕が偶然コガネシティに来てる時にやるなんて」

間延びしたその独特なマイペースに思える口調とは対照的なその冷たい視線から感じる威圧感に、男たちは一瞬だけ怯んだがたかが子供に邪魔されないだろうと荷物を地面に置いて、散らばっていたコイルとレアコイルを集める。
ネジキを前にコイル達は威嚇にバチバチと火花を散らせる。およそ合計十体、囲まれているがネジキには依然として余裕があった。

この程度ならラティオスが出るまでもないなぁ、と思い、横に居るエレキブルに視線を移すと口角を上げてニヤリと笑ってコイルたちを挑発するように手で招く。
それを合図に一斉にでんきショックを放たれるが、エレキブルは両手を前に出すとその電気を直撃に浴びたが、ダメージを受けるどころか元気になったように腕を振り回す。
トレーナーとしては未熟もいい所だなー、エレキブルの特性を知らないみたいだし。


「エレキブル、いっきますよー」
「エレキブルッ!」


普段の動きよりも格段に早い動きで地面を蹴ったエレキブルは両手で手套を作るとコイルを吹き飛ばす。そのまま壁に叩き付けられた二匹は一撃で目を回している。うん、やっぱりアズサのエレキブルは強い。


「くそ……っ、コイル、いやなおとだ!」
「レアコイル、きんぞくおん!」


エレキブルの予想外の実力に青褪めた男たちは、残っているレアコイルとコイルに指示をする。瞬間、音波のような物を発し始めたがエレキブルはバリアを張って音さえ弾いているようだが、頭上から苦しそうな鳴き声が聞こえたから振り返ると、薄ら姿が見え隠れしているラティオスが顔を歪めて耳を塞いでいる。
ポケモンにしか聞こえない音らしいが、これはラティオスにまずいと思った途端、何かが吹っ切れたようにラティオスはサイコキネシスで残りのレアコイルとコイルを吹き飛ばした。


「あー……」
「な、なんだそのポケモン……!?もう一体居たのか!」
「まぁ、この際仕方ないなー。ラティオス、軽くサイコキネシスして下さい、気絶させる程度で」
「うわぁっ!?ど、どうなってんだ!?」
「くそ、降ろせ……!」


男たちの身体がふわりと浮かんだかと思えば、それぞれの頭が勢いよくぶつかってゴンッ、と鈍い音を立てる。そのまま目を回して気を失った男たちの身体は落ちて、もつれ合うように地面に倒れこむ。
運が悪いというかホント、自業自得だ。

取り合えずこれで大丈夫だろう。再び景色に同化したラティオスに彼らの見張りを頼み、エレキブルに辺りを照らしてもらう。
盗まれそうになっていた袋を回収して、地下にあるだろう電源装置を探して壁を見て回る。出っ張った大きめな機械の扉が乱暴に開けられているから、犯人が弄ったのだろうけど、中を見て固まった。

「……うわ、どこまでもメンドーなことしてくれるなー」

雑に引っ張り出された赤色のコードが切られて銅線が出ている。

まさか、ブレーカーを落とすだけじゃなくて修理しないとどうにも出来ないのだろうかと思いきや、その銅線が繋がっている先には小さな字でエレベーターと書かれている。よかった、エレベーターは直ぐに直せないけど他はスイッチをオンにしてブレーカーを上げればどうにかなりそうだ。
エレベーターのスイッチ以外を上げてレバーを上げた瞬間、光が部屋を覆い尽くす。暗闇に居たせいか眩しくて一瞬だけ目を閉じてしまった。上の階から僅かに聞こえてくるざわついた声からして全部の階で電気が付いたのだろう。

あとはシャッターを上げるだけだ、と電源装置の横にあるパネルをじっと見つめていたのだが、不意にポケットに入れていたポケギアが音を鳴らす。画面に出ていたのは予想通りアズサの名前。


「あ、アズサですか?」
「今電気付いたんだけど、ネジキがやったんだよね!?大丈夫なの?」
「……それ言いたいの僕の方だけどなー、まぁエレキブルにも協力してもらったので無事犯人逮捕、ってトコですかね」
「犯人って、やっぱりこれただの停電じゃなかったんだ。だったら余計ネジキが無事でよかったよー意味深なこと言って切るから心配してて」
「っ……、すみません、なんかアズサじゃなくて僕が心配かけましたね。あ、シャッターのスイッチこれかなー。多分コレで下に降りてこれると思います、エレベーターは断線してて復旧出来ないけど」


ネジキがスイッチを押したと同時に、各階の自動シャッターがガタン、と音を立てたとかと思うとゆっくり持ち上がり、電話越しにアズサが嬉しそうに「あ、開いた!」と喜ぶ声が聞こえる。

今からそっち行きますから、と伝えてポケギアを切り、その後に別の番号に連絡を入れる。警察に怪しまれないようフロンティアブレーンのファクトリーヘッドと名乗り、地下通路からコガネデパートの地下一階に来て欲しいと連絡を入れる。
早々にアズサと合流しようとしたのだが、そういえば気絶したままの犯人を放置したままだと気付き、視線を移すと地下に居たワンリキーとゴーリキーに囲まれてる。

シャッターで閉じ込められてたのかもなぁ、なんて考えながら彼らに見張りは任せ、ラティオスを呼んで再び地下通路に出た。連絡を受けて駆けつけた数人の警察とすれ違った時に挨拶されたが反応的にどう見ても驚かれてるみたいだった。……そりゃあ、フロンティアブレーンの一人に見えない見た目と歳なのは分かってるつもりだ。

やっと辿り着いたコガネデパート周辺では、ジュンサーさんに誘導されているが中から出て来た人が多過ぎてアズサの姿が中々見付けられない。五階から降りて来てるみたいだし、時間が掛かっているのかも知れない。エレキブルと共に待っていたのだが、後ろから声を掛けられて振り返るとジュンサーさんが居た。


「あなたが、犯人逮捕にご協力してくださったファクトリーヘッドですか?先程地下通路に向かった者から連絡が入ったので」
「えぇ、僕がファクトリーヘッドのネジキです。犯人はそちらに任せるとして、エレベーターの復旧作業を早々にやるよう伝えておいてください」
「分かりましたが……どちらに行くつもりですか?」
「?、もう帰りますが」


さも当然のように言いのけたネジキにジュンサーは信じられないと口を開ける。事件解決に貢献してくれたのに事件にはまるで興味が無いようで、しかもとんぼ返りしようとしている。
ネジキはフロンティアブレーンの中でも一人だけ姿を見せないで有名だったから警察も彼の顔を知らなかった。正体を知られたくなかったというより、騒ぎになるのを嫌がるし何より自分の趣味に没頭していたネジキは外に出なかったから、姿を晒すのは21勝した挑戦者とバトルフロンティア関係者の一部のみだった。

むしろ何故協力してくれたのだろうと驚きに瞬いていると、ネジキが何かに気が付いたのか、あ、と声を上げる。
出口から出て来てエレキブルと一緒に居るから見つけやすかったのか、手を振って駆け寄ってくる。


「ネジキっ!……よかった、本当に大丈夫だ」
「そんなうそ言いませんよ、アズサも無事で何よりですけど……よくもまぁ、毎回毎回やらかすよなー呆れる通り越して感動する」
「私だって好きで巻き込まれてる訳じゃないってば……でも、ネジキが事件解決するなんて思ってなかったから驚いた」
「まぁ、僕もそういうタイプじゃないっていうのは分かってるからなー自分でもけっこー珍しいことしたと思ってますよ。今回はエレキブルとラティオスにも手伝ってもらいましたし」
「そっか、じゃあ皆を代表して言わせてもらおうかな。助けてくれてありがとね」
「……、いーえ」


照れ臭いけれど真っ直ぐな感謝の気持ちに喜びを噛み締め、誤魔化すために素っ気ない返事をするのが精一杯だった。
アズサの笑顔を見てると顔が自然と緩む。不幸吸引体質には文句の一言か二言は言っておきたいが、その気も失せてしまった。何故かは分からないけど、僕もアズサに甘いんだろう。

事件解決こそはしたがアズサと合流できた今、ここに留まる理由はネジキに無かった。コガネデパートを離れようとしたのだが、横に居たアズサの顔が少し曇ったのが分かって思わず立ち止まる。
彼女の視線の先を追うと、少し距離を置いて囲むように人が集まっていたから驚いた。トレーナーが多いような気がしたけれど、中でもやけに女子が多い。喜びと興奮で目が輝いていた。


「あの、フロンティアブレーンの一人ですか!?」
「ファクトリーヘッドのネジキ君って聞いたんですけど……」


彼女たちの興味の先に居たのは、噂だけにしか聞いたことの無い謎のファクトリーヘッドだった。バトルフロンティア最高難易度を誇る施設のヘッド、しかも異常に強いという噂が飛び交っていたのにも関わらず、正体不明。

そんな彼が今目の前に居るのだから、興奮するのも分かる。だって、バトルフロンティア内部に広がっていた噂は別として、ネジキは本当に尊敬出来るような凄い人だからファンだって出来て当然。
それは分かってる筈なのに、何でこんなにもやもやするんだろう。後ろ手にぎゅっと手を握り締めて訳の分からない感情を振り払おうとするのに全然消えてくれない。あぁもう訳分からない、さっき折角お礼言ったばっかりなのにネジキに申し訳なくなってくる。

「……、確かにそーですけど、個人的な話ならバトルファクトリーで僕に勝ったら聞くことにしてます。アズサ」

名前を呼ばれて急に手を取られたから驚いて顔を上げると、自分を引っ張ってネジキが無言ですたすたと人を掻き分けて歩いていた。
ネジキらしいその淡々とした言葉と態度と、見た目とのギャップに呆気に取られる人たちを他所に、いかにもどうでもよさそうな顔する彼は愛想が無いように思えるが、これがネジキの本来の対応だった。


「ちょ、ネジキ、今のいいの!?そんなことしたらまた変な噂飛び交って……」
「別に噂なんてどーでもいいけど。愛想よくしろって言われても僕にはムリな話ですし、何よりあーいうのめんどくさい」
「あぁもうそうだとは思ってたけど!でも実際目の前で言われたら嬉しくないの?」
「残念ながら。それに……僕にはアズサが居ればそれでいーですから」
「え――」


聞いた言葉が頭の中をぐるぐると巡り、心の中でゆっくりと繰り返す。

漸く認識出来たと同時に羞恥心で顔に熱が集まってくるのが分かって戸惑いを隠せない。前にも、似たような経験が何度かあったけど、今回は今までとは違う。
自分の煩い心音が耳元で聞こえるようで、自分の意志とは違う感情に翻弄されている泣きたくなる。さっきまで悲しくて胸に何かが閊えてもやもやと不安定に燻っていたのに、今はただただ煩く跳ねて繋がれた手がやけに熱く感じて、胸の奥が苦しい。

――あぁ、これって。

アズサは口元を握られていない手で覆い、息を呑む。気付いてしまったら、その感情に名前を付けるのはあまりに容易かった。

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