coral
- ナノ -

言うなれば十二時の鐘

「ありがと、ラティオス」

街から少し離れた道路に降り立ったラティオスの背から下り、彼の頭を撫でると嬉しそうに目を細める。

本当は昨日の内にマサキとの仕事を終わらせ、今日からカントーを自由に見て回れたのだが少々長引いているようで午前は動けないようだ。
先に私だけが来るのもどうかと思うし、ネジキが仕事をしているなら自分も残ると主張したのだが、何故かマサキにまで先に行っているよう勧められたから昼からネジキと見て回る際の下見も兼ねてタマムシシティに来ていた。(あの二人ってやっぱり何だかんだ気が合うのかな)

先に行くように言ったものの、私にラティオスを貸してくれたのは一応心配してくれているのだろう。私にとってシンオウ地方とは違ってカントーは知らない土地だから。

「ここがタマムシシティ……?何か凄い」

初めて見るタマムシシティにアズサは目を輝かせる。大きなデパートやマンション、それに噴水広場が広がっている街はコガネシティとはまた違った賑わいや温かい空気が流れている気がする。
目立つといけないのでラティオスをモンスターボールに戻し、代わりにエレキブルを出すと彼もまた物珍しそうにきょろきょろと見回していた。


「先ずポケモンセンターに行こっか、マサキさんが着いた頃にセンターに連絡入れるって言ってたし」
「エレキブルッ!」


カントー地方でも大きな都市とされているタマムシシティのポケモンセンターは広く、利用しているトレーナーも数多く居るようでポケモンや人で賑わっている。

受付のジョーイさんに連絡が入っていないか聞きに行こうとしたのだが、受付でモンスターボールを引き取り終わった少女が振り向き、その顔に見覚えがあったものだからアズサはあっと声を上げる。
突然の再会に驚いているのはどうやらアズサだけでは無かったようで、少女もまた驚いた顔をする。

短い桃色の髪に彼女の仕事着と言ってもいい胴衣、鼻にばんそこうを貼ったまだ幼い少女はシンオウ地方のジムリーダーだった。


「あれ、スモモちゃん!?どうしてここに……」
「アズサさん?あ、あれ、ジョウト地方に帰ったと聞いていましたが…また旅をしているんですか?」
「そうじゃないんだけど……端的に言うと仕事で来た、かな」
「お仕事ですか?トレーナーでは……あれ?」


混乱しているらしいスモモを落ち着かせ、中央待合室に設置されているソファに座り、お互いつい一年前の思い出話に花を咲かせる。
私が彼女とシンオウで顔を合わせたのはそう多く無いが、当時は厄介事に巻き込まれる事も頻繁にあり(現在については敢えて言及しないで貰いたい)ギンガ団絡みの騒動で協力したのもあってスモモとは仲がいい方だった。


「そうだったんですか!現在はバトルフロンティアのバトルファクトリーに。私も噂は何度か聞いた事があります、難攻不落、っていう……」
「ファクトリーヘッドが何せネジキだからね。スモモちゃんはどうしてカントーに?」
「カントーに来たのは修行というジムリーダーとしての勉強もありますが、この町に来たのは大食い大会というのが開催されるらしくて」
「そっか、そういうの好きだったよね」


タマムシシティの食堂で開催される大会に参加するためにこの街に来たようだが、スモモらしい理由だった。一緒にどうかと誘われたが彼女ほど食べれないし、精々一般的な量を食べ切れる位だ。
話自体は断ったが一緒にポケモンセンターを出て、それじゃあと彼女の背を見送る。さてと一息つき、ポケモンセンターに戻ろうとしたのだがポケギアが着信音を鳴らす。

誰だろうと思いつつ画面を見ると、ポケギアに表示されていたのはネジキの名前。マサキが後でポケモンセンターに連絡を入れると言っていたのにと思いつつ電話に出ると精神的に疲れたという気だるそうな声が聞こえてきた。


「ネジキ?ポケギアに連絡入れて来るなんて珍しいね?」
「僕も自分から連絡入れる位はするけどなー、あの人から連絡入れさせるとアズサに何か余計な事言いそうだったので」
「あはは、マサキさんも信頼されてないなぁ。どうしたの?」
「もう終わりそうなのでそっちに行けるっていう連絡ですよー」
「ほんと?それじゃあ……」


待ち合わせ場所を指定しようと辺りをきょろきょろと見渡していたのだが、ふと視界の端に映った人物に思わずぽかんと口を開けてしまった。
見過ごしてしまいかねない何気ない風景の一部のようだったが、アズサの記憶の片隅にその人物は残っていたのだ。服こそは違うけれど、遠くから見ても分かる雰囲気や帽子を深く被った見え辛いその顔に覚えがあった。

自分に視線が向けられている事に、元々警戒心が強い性格だというのもあり気が付いた男性はアズサの方を振り返る。それと同時に彼もアズサの顔に覚えがあったようで目を開いているようだ。
思わず大声で叫びそうになったが、彼は駆け足でアズサに近づいて来る。


「あ――」
「っ、大声出さないで下さい……!」


口を塞がれ、叫び声が響き渡ることはなかったが彼は疎ましげな顔をしているというよりも無理矢理口を塞いだことに罪悪感を抱いている微妙な表情をしていた。
突然通信が途切れたことを不審がって、ポケギアからネジキの声が聞こえてくるけれど出ることは出来ず、後で連絡を入れると言う意をこめて通信を切ると漸く普通に息を吸えるようになった。


「手荒な真似をしてすみません、人を呼ばれると厄介でしたので…ってなんで私がこんな事言わなくてはいけないんですか。大体貴方達が余計な真似をしなければ……」
「えっと……ら、ランスさんでしたっけ。いきなりエアカッター指示してきた」
「……、本来ならば貴方も私に対して恨みを抱いてもおかしくありませんし、私も貴方を恨みたい所ですが……まぁ納得の上解散してしまった以上今更逆恨みはしませんが」


確かに怪我をしたけれど、アズサはロケット団自体に特別悪い思いを抱いているわけでもなかった。二年前から悪の組織と名高いロケット団の行為を肯定する事はしないけれど、ギンガ団然りロケット団然り彼らにも何らかの信念が存在していた点についてだけは理解していた。
創設者であるサカキの居ないこの二年間のロケット団はサカキが戻ってくる事、それだけを望んでいた。だからラジオ塔を占領してまで放送を流していたのだ。人それぞれ価値観は違うしその信念を本当に理解するなんて出来ないけれど、彼らの拠り所を無くしてしまったのは私とヒビキ君。恨まれるのは当然だった。

けれどロケット団の中でも冷酷とされているランスでも、今更逆恨みでアズサを傷つけようなど考えていなかった。何をどう足掻こうとロケット団は結局サカキが戻らず解散した、もう解散してしまったのだ。
もしかしたらそうあるべきだったのかもしれない。だからサカキも戻って来なかったのかもしれないし、壊滅したきっかけが偶然彼女達だけなのであって。


「じゃあ一応今、私の身の安全は確保されてるんですね」
「色々と言える立場にありませんが失礼ですね……まぁいいです、近々アポロが貴方に会いたがっていたことを伝えておきますよ、会ったら言うように言われていたので」
「私に……?」
「それでは、私はもう行くので」


アポロからの伝言を伝えるとその場を立ち去ろうとするランスだが、疑問が口を付いて出た。
ロケット団に居た彼らは一体どこへ帰るのだろうか。元々住んでいた場所に戻るにしても、残党扱いとなる彼らは人目を気にしなければならない立場だ。


「あ、あの!どこに……?」
「……貴方には関係ないでしょう」
「気になるから聞いたんです、……罪悪感はあまり無いですけど」
「気持ちいい位にはっきりしてますね」


アズサの正直な意見にランスは帽子を深く被り俯いたが、見えないその表情には珍しく小さな笑みが浮かんでいた。
ロケット団を壊滅させた罪悪感を抱いて発言していたのならむしろ怒りを覚えたに違いない。この少女は元敵ながら非常に面白い人間だとランスはこの短時間で評価していた。


「捕まる心配には生憎およびませんよ。まぁ、もしもまた会う機会があったら話位はしてもいいかもしれませんね」
「あ……」


ふと笑みを零したと思えば踵を返して歩いて行ってしまうランスにもう一度声を掛けることは無かった。他人を寄せ付けない印象を受けるランスにしてみれば今の発言は珍しかったのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら先程切ってしまったポケギアに視線を移し、ネジキに連絡を入れるために番号を押すと直ぐに通信が繋がった。


「ネジキ?」
「今どこに居ますか!」
「えっ、ポケモンセンターの前に……」


何かを言う前にネジキの声にアズサが言いかけていた言葉は掻き消される。彼にしては珍しく余裕の無い声だったが、その原因はアズサにあった。突然返事が無くなったのをネジキは不安に思っていたからだ。
何せ色んな厄介事に今まで首を突っ込む結果となり、何かと不運な状況に陥りやすい体質だ。今回もまたラジオ塔でいきなり事件に巻き込まれたような事態になっていないかと不安になるのはごく自然な事だった。

今行きます、と短く言ったかと思えばネジキはポケギアの電源を切った。不思議に思っていると上から自分を呼ぶ声が微かに聞こえてきたような気がした。

「……、上から?」

ゆっくりと視線を上に向けると、見覚えのある影が上空に見えた。それはバトルフロンティアで何回か見た事のあるレンタルポケモンのラティアスで、タマムシシティに近づいてきたと同時に下降してくる。
その背に乗っていたのはクチバシティに居た筈のネジキで、彼はラティアスの背からひょいと飛び降りるとポケモンセンター前で状況に着いていけていないのか呆然としているアズサに駆け寄った。


「ね、ネジキ?どうしてここに……」
「あー心配して損した。無事じゃないですかー。……急に連絡切れるものだから」
「それだけで急いで……?……ありがとう、ネジキ」
「べ、別に礼言われるほどでも……大体、アズサが厄介事に巻き込まれやすいのが悪いんですよ」


冷静さを失うほど心配していたのに気付かれたくなくて悪態をつくネジキだが、それはアズサの前で無駄に近かった。


(アズサちゃんの事心配して心配して僕に挨拶もろくにせんと急いで出てったからお兄さんめっちゃ寂しくて)
(もう横槍無いと思うと清々しますよ。やっぱり余計な事ばっかり言うなー……)
(私としては嬉しいけど……)
(……)
(ネジキ君、顔あか)
(黙ってください)


マサキが別れるのを残念がっていたのはネジキの言う通り面白がっているからだった。何を、と言えば勿論ネジキの思いに気が付いていないアズサとの進展を期待半分、ちょっかいを出したいという悪戯心だ。
マサキの見解としては、親しい男の友人に対しては異常に警戒心の無いアズサは自分の気持ちに対して鈍い、という感じなのだが。


「マサキさん、ネジキと別れるの残念そうにしてたね」
「邪心しか無いと思うけどなーどーせ面白がってるだけだろーし」


マサキと連絡をしていた間は機嫌が悪そうだったネジキだが、特に彼が嫌いなのではなくちょっかいを無駄に出してくる所が鬱陶しいだけなのだそう。確かにマサキは何かと話しかけていたような気がするが、一体どの辺りがちょっかいだったのかアズサには判断付かなかったのだ。


カントー一の大きさを誇るタマムシデパートで暫く買い物をした後、デパート前にある大きな広場に戻ってくると何かを囲むように多くの人が集まり、お祭り騒ぎのように賑わっていた。
デパートに入った時は無かったのに、と思いつつ背伸びをするとバトル大会と書かれた看板が見えた。中央のフィールドでは二人のトレーナーが今まさにバトルをしている所だった。


「バトル大会してるんだ!今バトルしてるのはフシギバナとリングマ…?」
「どーも勝ち抜き戦っぽいですねー」


トーナメント表が無い所を見ると飛び入り参加大歓迎のバトル大会なのだろう。バトルファクトリーから出る機会の比較的少ないネジキは初めて見るバトル大会に感心を示したが、参加する気は一切無かった。
トレーナーではあるが、彼は自分のポケモンで勝つという概念がそれ程無かった。普段から三百は超えているだろうレンタルポケモンを状況に応じて使い分けているのも理由の一つになっている。

僕は参加しない、が。
ちらりとアズサに視線を移すと何時も以上に顔が輝いているような気がして、思わず苦笑いを浮べてしまう。


「予想どーりだなぁ」
「え?」
「出たいって顔してると思って」
「あはは、そのとーりです」


ネジキの口調を真似して気恥ずかしそうにアズサは頬をかく。自分を元トレーナーと称しているアズサだが、旅をしていないという事以外は何一つ変わっていないのだ。


「フシギバナ戦闘不能ー!さぁ、もう挑戦者は居ませんか?」


実況の声がマイクを通して聞こえてくる。その声に観客のざわめきが広がるのだが誰一人として名乗り出る者は居ない。このまま誰も出てこないとなると今のバトルで勝った青年の優勝が決まるのだが、自分の両頬を叩いて気合を入れたアズサが飛び出した。

少女の登場に観客が大丈夫かとざわついているのが分かる。アズサは自分よりも体が小さいし、屈強なトレーナーには見えないかもしれない。
油断して勝てる相手じゃないですよー、と心の中で呟きバトルフィールドに視線を送る。(背伸びをしてるのは別に僕の背が小さいからではない、決してだ)


「両者共に準備は出来てるかー!?」
「行くよ、エレキブル」
「エレキブル!」
「もー……」


モンスターボールを取り出し、エレキブルを出すと電気を迸らせながら前に居るリングマを挑発する。リングマもまた挑発に乗ったのか雄たけび声を上げる。
そんなパートナーにやや呆れながらもアズサは気を引き締め、バトル開始の掛け声と共に指示を出す。リングマの特性といえば状態異常の際、攻撃力か素早さが格段と上がるからまひにさせないよう気を付けなければ。


「リングマ、きりさくだ!」
「迎え撃って!」


勢いよく向かってきたリングマの爪をかみなりパンチで迎え撃ち、お互いが吹き飛ばされて着地したと同時にかみなりの指示を出す。
地面を抉る雷に吹き飛ばされたリングマはすぐさま体制を立て直し、こぶしを握り締める。


「アームハンマー!」
「エレキブル、まもる」


叩き付けられた拳を防ぎ、弾いた瞬間リングマの両腕を尻尾で押さえつける。逃れようと暴れるリングマの爪がトレーナーの指示によって鋭くなった瞬間、エレキブルは手套を作る。


「しまっ……」
「かわらわり!」
「っ、リングマ!」


吹き飛ばされたリングマが地面に叩きつけられ、こちらにまで振動が伝わってきた。リングマは肩を押さえて起き上がろうとするのだががくんと膝を折り、そのまま地面に倒れこんで目を回していた。
それと同時にわっと歓声が沸き、バトルを終えたエレキブルが嬉しそうな顔をしてこちらに戻ってきてお疲れ様と抱きつく。

ちらりと視線を後ろに移し、先程まで自分達がいた所を見るとネジキが小さな笑みを浮べていたから駆け寄ろうとしたのだが肩を押さえつけられる。ゆっくりと振り返ると気持ちが良い位笑顔でマイクを握る司会者だった。


「いっ……!?あの、終わったんですよね?」
「お疲れ様でした!さて、挑戦者は……、……どうやら居ないみたいですので優勝商品を贈呈したいと思います、おめでとうございます!」
「え、そんなのあったんですか?」


渡されたのは色々な種類のモンスターボールで、思わぬプレゼントに顔を綻ばせているとネジキが呆れたような顔をしているのが視界の端で映る。
確かに喜ぶ物が可愛げないかもしれないけれど元トレーナーとしては嬉しい物だったりする。アズサはモンスターボールをバックに入れ、未だに熱の冷めない広場にたどたどしくも会釈をし真っ先にネジキの元へ戻った。


「それで喜ぶってアズサらしーというか」
「だって結構嬉しいよ。よかった飛び入り参加して」
「アズサが本気でバトルしてるの初めて見たから僕としても見てて楽しかったよ」
「え?私、ネジキとバトルしたことあるよね?……普通に負けたけど」
「まぁ、そうですけどあれはレンタルポケモンだったしバトルファクトリーのルールでやってたし。流石は色んな事件に巻き込まれるだけあるというか」
「う……ネジキ意地悪」
「じょーだんですよ、……僕も負けてられないなー」
「え?」
「何でもないですよ」


フロンティアブレーンの一角を担う人間としてもだけれど、同じトレーナーとして好きな人に格好悪い所を見せる訳にはいかないよなぁ、なんて事をぼんやりと考えながら後ろから慌てたように追いかけてくるアズサを見てふと笑みを零した。

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