coral
- ナノ -

幻に愛を語るカナリア

「ジョウトの連絡線に乗ったの初めて!凄いなぁ」
「初めてって、ジョウトの出身じゃなかったかなー」
「でも、ジョウトを初めて出たのがシンオウだったし、カントーには行った事無いの。モノレールも私が居ない間に開通したみたいだし」


シンオウのバトルフロンティアに向かう時のように、アズサは甲板に出て時々水飛沫をあげて煌く海と、顔を覗かせるポケモン達を楽しそうに見ていた。
カントーとジョウトは別の地方だけれど陸繋がりだから比較的行き易く、旅の経験があるアズサならば既に行った事があると思っていたのだが初めてだそうだ。

となると、当然この連絡線にも乗ったことがないようで、船自体にも興味を示していた。エレキブルと共にカントーに着くまでの間船内を歩き回る計画を立てているようだが、この連絡線の利用者は結構トレーナーが多い。


「あー、そうだ。あんまり船内を歩いてるとポケモン勝負を申し込まれるかもしれないから気をつけてくださいよー」
「分かった、先に部屋に戻ってていいよ?適当に切り上げて戻ってくるから!」
「……ほんとーに分かってるのかびみょーな所だなー」


はしゃいで船内に戻っていったアズサに思わず溜息をついてしまう。この様子では本当に自分に対して警戒心を少なからず持っているのかどうかさえ怪しかったりする。
あの時の動揺は決して嘘ではないと思うけれど、やはり相手が相手なだけに不安だ。


「何か、船旅しただけなのに疲れたね。ごめんね、エレキブル」
「エレキブルッ!」


大丈夫だとエレキブルは腕を振り回すが、船内を歩いているだけでかなりバトルを申し込まれ、全部ではないが受けていた為にエレキブルの疲労も溜まっただろう。彼を休ませるために船室に戻ってもいいのだが、そこで踏み止まった。

今、船室にはネジキが居るのだ。

彼は良い人だし、仲が良くて信頼もしている。けれど、あんな事を言われてしまえば誰でも、嫌でも意識してしまう。
第一、こんな風にあれこれ悩んでいるのは私だけなのかもしれない。ネジキの悪戯心だったという線も捨て切れないのだ。私をからかう為に言ったのかも知れないけれど、そう言っている時のネジキの表情に、彼は青年なのだと改めて気付かされた。

彼は上司であり、友人である。その前提があるから彼を男性なのだと特別意識したことがなく、彼に対して私も無神経で優しさに甘えていたような気がする。だって、マツバでも私と二人で泊まるのっていい顔をしなさそうだし。
ネジキは遠まわしにそれを忠告してくれたのだろうか?


「友人にも節度あり、って事だよね」
「……」
「なにその呆れたような顔。……でも、ネジキとマツバ達って何か違うような気がするんだよね」


私にとって、彼らの位置付けは微妙に違うような気がする。
幼馴染の彼らは友というよりも兄のようで、お互い多少の無礼講は許されている。男には気をつけろと再三ミナキに言われているのだがそれ程気にしたことはなかった。(言っている相手が相手なこともあると思うけど)

しかし、ネジキに言われるのはまた別の意味合いがある。本人に対する動揺、というものがあったのだ。そもそも私はネジキに対してどういう思いを抱いているのだろう、ただの友人という言葉では最近片付けられないようになってきている気がしなくもないが。


「あーもう、分かんない……」
「エレキブル!」
「……頭冷やしてまた今度考えてみるよ。エレキブルもカントーに着く前に休まなくちゃ」


船室で待機すること数十分、船内にもう暫くでクチバシティに到着しますというアナウンスが流れる。
荷物を持って船を下り、初めて見るカントーの街に何故か心が落ち着いた。アサギシティと同じ港町だけれどこのクチバシティはまた違う雰囲気なのだ。アサギは賑わっている感じがあるけれど、クチバは波の音が聞こえるほど穏やかな空気が流れている。


「何か、良い街だね。ジョウト、シンオウとはまた違った感じで」
「比較的田舎とは言われてますけど…タマムシシティとかコガネと繋がってるヤマブキシティはビルとか大きなデパートが立ち並んでますよーまぁ、僕も実際に来るのは初めてだけど」
「そうなの?……ネジキは個人的な旅行で来ることはないよね、絶対に」
「それ、僕が旅行しないって言ってない?まぁ、外れてないけど。ところで呼び出した張本人が居ないのは……」


チケットを送ってきたのはマサキだし、到着時間も把握している筈だというのに彼の姿は港にない。もしかしてまだクチバシティに到着していないのだろうかとも思ったが、こちらに向かって走ってくる青年が見えてあっと声を上げる。
ふわりとした柔らかい茶髪に半袖のシャツ、人の良さそうな笑みは数ヶ月前となんら変わっていない。


「いやぁ、ほんま申し訳ない。ちょっと遅れてしもうて…ん?アズサちゃんやないか!」
「久しぶり、マサキさん。最近コガネシティで会ってないと思ったけど、カントーに居たなんて知らなかった」
「えーと、会えたのは嬉しいんやけど、これどういうことや?君はネジキ君……やろ?」


待ち合わせているのはバトルファクトリーのファクトリーヘッドであるネジキの筈なのにどうして顔見知りまで一緒に居るのだろうと、マサキは頭の中を整理しながら青年を指差して尋ねる。


「僕はファクトリーヘッドのネジキ、それでアシスタントというか雑務というか内務をしてるのがアズサですよー」
「た、確かに合ってるけど雑務って何か嫌だ……私、トレーナー辞めた後バトルファクトリーで働いてて、今回は付き添いで」
「はーそういうことやったんか。ネジキ君もいいアシスタントゲットしたなぁ、この子ほんまに優秀で時々辛辣な事言う点だけ除けばえぇ子やから」
「ミナキと一緒に悪ふざけするからいけないような…今回は伝説のポケモンのデータ、だっけ?」
「せや、伝説のポケモンなんて本来一生に一度会えるかどうかも分からん存在やから詳しいデータなんてまだ取れてへんからなぁ〜オーキド博士もきっと心待ちにしてると思うわ」
「世界的に有名な博士の手助けをするっていう点では構わないんですけど、気をつけてくださいよ。プライドが高いので認めた人間以外に懐かないからなー、アズサには懐いてるみたいだけど」


伝説のポケモンは先ずそうレンタルされないし、元々人に懐き辛い為にデータを取らせてくれるかも分からない。育てた本人であるネジキには勿論懐いているのだが、総じてレンタルポケモンに懐かれているアズサにも心を許していた。
トレーナーとしてのレベルは勿論、レンタルポケモンに対して愛情を持って接しており、そしてファクトリーヘッドであるネジキが認めているというのもあるだろう。


「それならアズサちゃんが居ってくれたら僕の研究も捗るって訳やな」
「何でアズサ限定なんですか、言っておきますけど責任者として僕も同伴しますよ」
「そら分かってるて……ははーん、あれか、君」
「っ、ちょっと黙ってください」
「?マサキさん、今すっごく悪い顔してるよ」


にやにやと笑いながら何かを言おうとしたマサキを珍しく焦った様子で遮るネジキを見てマサキは更に悪い事を企むような表情を浮かべる。
歴代の中で随一と謳われるファクトリーヘッドと言えども、その点ではごく普通の青年なのだなと心の中で呟いた。


「アズサ、あの人どーにかして下さい」
「どうにかって……遠目で見たら二人とも真面目にやってるなぁって思ってたけど。あ、あと仲いいって」
「それは向こうが絡んできてるからだけどなー」


纏めているバトルファクトリーのレンタルポケモンのデータをマサキに説明していたネジキは休憩と言うそれらしい言い訳をしてマサキの元から離れ、作業場所から少し離れた中央待合室のフロアでエレキブルと共に待っていたアズサの所へと来ていた。

アズサが一緒に居た方が何かと突っ込まれるかと思いきや、居ないのを良い事にやかましく思うほど聞いてくるのだ。何がって、僕とアズサの関係について。何時も通り仕事に専念して気にしなければいいのだろうけれど、生憎その質問に動揺を隠せるほど出来た人間ではなかった。


「休憩終わったらアズサも手伝ってくれる?僕だけだと手に負えないですからねー」
「いいけど、そんなに邪険にするほどかなぁ。悪戯好きな大人だと思うけど……私は何すればいいかな」
「僕が作業してる間、ポケモンを宥めておいてください。懐かれてないマサキさんが妙な事すると一蹴されると思うので」
「確かに……」


ネジキに連れられてパソコンの設置されている作業場に向かい、うーんと唸っているマサキに声を掛けると彼は振り向いて無邪気な子供のように笑った。ポケモンの研究だったり、システム開発をしている時の彼は何時もこうだ。


「なんや、本人連れてきてくれたんかー?」
「違います、貴方が余計な事をしないようにするためですから。というか手動かしてくださいよー」
「信用されてへんなぁ……にしてもアズサちゃん、話には聞いとったけどまた強くなったんちゃう?そのエレキブル、ネジキ君の育てたレンタルポケモンにも劣らなさそうやし」
「あはは…ありがとう、でもネジキにはまだまだ届かないよ。トレーナー辞めた後でも努力はしてるけどね」
「……、なぁアズサちゃん、何時もはネジキ君と……」
「それじゃあ先ずはラティオスですねー」
「あからさまに遮らんでも……」


抑揚ないネジキの言い方にがっくりと肩を落とすマサキを見て苦笑いを零しながら、ネジキに渡されたボールを開くとラティオスが姿を現した。伝説のポケモンと呼ばれているだけあって凛々しく、他を寄せ付けない威圧感を放っている。

ラティオスは首をアズサの頭の位置まで下ろし、優しく撫でられて気持ち良さそうに目を細めた。ネジキが気に入って使っているらしく、調整の機会も他の伝説のポケモンよりも比較的多く、アズサも顔を合わせる機会が多かった。
よく考えれば人生で一度でも会えればいい方の存在であるから、こうして仲良く出来るなんて奇跡に近いのだろう。手元の資料から目を離してラティオスとアズサの様子を見たマサキは微笑ましそうに笑った。


「バトルファクトリーでの仕事もすっかり板に付いたって感じやなぁ、マツバ君やミナキ君あたりが寂しくしてそうな……」
「ミナキはともかくマツバは応援してくれてるよ。でも、初めは無理矢理人事異動させられたからむしろ憂鬱に思ってたよ、ネジキの部屋の扉壊しちゃったし」
「そら随分派手にやったなぁ……」


人付き合いが冷めていて関心が薄いと有名なネジキが助手としてアズサを連れてくる位だ、初めから意気投合していたのかとばかり思っていたのだが予想外だった。
紆余曲折の末に今の関係になったのだと察したのだが、そこを詳しく追及する気には流石になれない。というか、部屋の扉壊すって何があったんだろう。


「今は勿論そんな事無いけどね。ネジキと仕事するの楽しいし、偶にフロンティアブレーンのバトルとか見せてもらうけど凄くて同年代だけど尊敬してるよ」
「……そっか、僕がわざわざ聞く必要もなかったか」
「え?」
「……気付くの遅いですよ」
「はは、申し訳ない!」


マサキとアズサに背を向けてパソコンを弄っていたネジキが小声でマサキに文句を言ったのだが、照れ隠ししているように聞こえた。振り向こうとしないのはきっとそのせいだろう。
アズサが居ない間に話していた事だったから何の話をしているのか気付いていないのか不思議そうにラティオスと首を傾げている。

この二人、やっぱり良い組み合わせかもなぁ。
そんな事をぼんやりと考えながらマサキは書類に視線を戻して作業を再開したのだが、ここで大人しく引き下がるような性格ではなく、悪戯っぽい笑みを浮べてアズサに視線を向けた。


「アズサちゃん、好みのタイプってある?」
「何その質問?」
「……聞く必要なかったんじゃなかったんですかー?」
「ネジキ君完全に手止まってるで」
「……気になっちゃ悪いですか」


機嫌悪そうながらも開き直るようにそう吐き捨てたネジキはパソコンを弄るのを止め、体の向きもマサキ達に向けていた。
うーん、と唸りながらも考え込んでいたアズサだったが、思いついたのかあっと声を上げて顔を明るくさせる。にこりと笑いながら


「尊敬できる人、かな」


(……え。)
(あれ、意外だった?だってミナキとか正直尊敬出来ないし、やっぱり尊敬出来る人じゃないとね)
(ま、まぁそうかもしれんけど…さっきネジキ君に)
(っ、言わないでいいですよ)

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