coral
- ナノ -

しなびたオレンジ

私はネジキを怒らせるような事をしたのだろうか。

仕事で失敗でもしたかとか、ネジキに対して余計な事をしたかとか、色々と思い起こしてみるのだけど心当たりは特に無かったりする。バトルファクトリーに勝手に挑戦したり成り行きでバトルタワーに挑戦したりと、色々としてしまっているがそれらを彼は特別気にしていないようだったし違うと思われる。

だったら、一体何?


「ネジキ、」
「何ですか?」
「い、いや、何でもない……」


仕事が一段落してアズサはフロアに備え付けられているソファに座って気を紛らそうと雑誌を読んでいたのだが、どうしても気になってデスクでパソコンの画面を見ていたネジキを横目で見つつ意味も無く声を掛けるのだが、何時も通りの返事をするネジキは特に変わった風も無い。
やはり気のせい、なのだろうか。


「アズサ」
「なに?」
「アズサはバトルファクトリーが好き?」


先程のアズサと同じく唐突に名前を呼んだネジキだが彼の場合は目的があった。
バトルファクトリーが好きかどうかなんて質問、彼は答えを分かっている筈だと言うのに何故わざわざ尋ねてきたのだろう。
好きでなければ休みの日までバトルファクトリーに行きたいと考える事なんて無いし、仕事場としても私個人としてもこの施設が好きなのだ。此処に居るレンタルポケモン達にも愛着が沸いている。


「いや、アズサって一日の大体の時間ここに居るから流石に退屈してくるもんじゃないのかなーと思って」
「そうでもないよ?ネジキと居て飽きないし、仕事も勿論、家事までここでしてるし…何か家みたいに使ってて申し訳ない位だよ。そりゃまぁ、時々別の所に行きたくなるけど、何だかんだシンオウとか行けてるし……」
「そーなんだ、……まぁ、今はそう思ってくれてることが分かってるだけでいっか、今はだけど」
「え、何が?」


聞き返すけれど、ネジキは答えようとせず直ぐにパソコンの画面に向き直ってしまう。
彼にとって、彼女がここを好きだと言ってくれる事が確認できただけで良かったのだ。正直、期待以上の回答が返って来たことに動揺してしまっていたりする。

アズサはさも当然のように一緒に居て飽きないと言っていてそれは自分も同じ事を思っているのだが、見えていなかった感情に気が付いてからその意味合いは変わった。

暫く前の僕だったらアズサと同じ気持ちで同じ言葉を口にしていたと言うのに、たった一日で変わるなんて今でも信じられない。身勝手な事に彼女を誰にも渡したくないという独占欲は意識するしない関係なく働いているようで、昨日彼女に宣言した通り多少強引になろうとも踏み込んで行こうと考えている。
アズサがファクトリーに来る前までの身勝手さは薄れてきたものの、思ったことをストレートに口にする部分は直っていないから気を緩めれば直ぐに行動に移してしまいそうだが。

朝から浮かない表情のアズサを横目で見ていると、電子メールが来た音がパソコンから聞こえてくる。画面に視線を戻してメールの件名を確認すると、どうやらジョウトバトルフロンティア所長から来た物らしい。恐らくこれは重要なメールだろう。

メールを開いてそこに書かれている文章を読みながらその内容にへぇ、と感嘆の声を零した。


「フロンティアブレーンの会議?」
「いーや、もっと重要なことかな。アズサはマサキって知ってる?」
「コガネシティ出身のポケモン大好き技術者なら知ってるよ、マツバと一緒に数回会った事あるから」
「あー多分その人です。今はどーもコガネに居ないらしくてカントー地方で新しいシステム開発してるみたいなんですけど、その人に今回ポケモン研究の為に呼ばれたみたいで」
「それって、レンタルポケモンを連れて行くって事?それと……カントーに行くって言う」
「そーいうこと」


レンタルポケモンでも、野生で一般的に見かける様なポケモンを彼は求めている訳でない。このバトルファクトリーには一生で一度会えるかどうかも分からない伝説のポケモンまで存在している。
そのポケモンを運良く借りられるのは先ず自分を倒した後の順からで、滅多にお目に掛かれず、存在もその挑戦者以外にはほぼ非公開となっている。それを、マサキは望んでいるのだ。マサキ個人的にも興味はあるし、彼はそのデータをオーキド博士に送るつもりらしく、研究者の手助けとなる。


「取り敢えず、伝説のポケモンを連れてカントーへ行くことになったって感じだなースイクンの調整が昨日丁度終わった所なんですよね」
「……そう言えば普段は借りられないけどスイクンとか、滅多にお目に掛かれないポケモンまで居るんだよね。……ミナキに言ったらどうなるんだろう、これ」
「伝説のポケモンは一体だけじゃないですからねースイクン、エンテイ、ライコウに関しては色違いもシンオウ地方で確認されてますし。まぁ、捕まえられたのは奇跡に近いですけど」
「世界は広いって言うけど……それじゃあ、ネジキはまた数日ここを開けるの?」
「開けますけど、僕が一人で行こうとしてると思ってる?」


寂しそうに項垂れていたアズサが聞いた瞬間に顔を上げたのを見て思わず笑ってしまう。自覚はないのだろうけど、そういう所が可愛いんだよなー。
行くと何回も頷くアズサだが、今回もまたある問題がある事を分かっているのだろうか。


「泊まる部屋も客船の部屋も勿論一つしかないですよ」
「大丈夫、ベット無くても私はソファで寝るし」


確かに心配するのは今更という感じもするが、以前からアズサが仲の良い異性に対して警戒心が恐ろしい程備わっていないのには頭を悩ませていた。
自分も人に対する感情に鈍いという自覚があるから他人を鈍感だと注意する事は出来ないけれど。


「はぁ……まったく、察してくださいよ」
「何を?」
「念のため言っておきますけど、僕は男ですから色々と気をつけて下さいよ」
「!そそそれって、どういう意味……」
「さぁ?さーて、明日の用意でもするかー」


顔を赤く染めるアズサにふと笑みを零し、明日の準備の為に自室へと足を運ぶ。意地悪をした気もするが、これ位はいいだろう。
鈍いと思っていたけれど、直接的に言うと気づくんだな。

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