coral
- ナノ -

ひつじの真似事

僕にとって、アズサとはどういう位置付けなのだろう。

自分を心配してバトルファクトリーの挑戦者として彼女がやって来たあの日から、最近またこの答えの出ない疑問を思い浮かべては頭を悩ませる。友人、同僚、部下。
色々と候補はある筈だと言うのに、納得がいかないのだ。満足する答えが出ないまま悩んでいると苛々してくる傾向があるから、アズサに尋ねるのは控えている。

以前、苛々を彼女にぶつけてしまって喧嘩になり、彼女の運の悪さも合わさって僕がいない所で事件に巻き込まれていたし。


「むー、どーして僕が貴方のパソコンを直さなくちゃいけないんですか」
「細かいことを気にするな!」


人の良い笑みを浮かべてそう言いのけるこの男に苛立ちを感じるのは初めてではない。むしろ頻繁にある方なのではないだろうか。
フロンティアブレーンの会議も終わり、早々に帰ろうとしていた所をクロツグに捕まり、渋々彼のパソコンの不具合を直している所だ。まだダリアやケイトに頼まれたなら快く引き受けたものを。


「大体、メールもそんなに確認しない人がどーやったらパソコン壊せるんですかー」
「さぁなー俺にもよく分からん。いやぁ、それにしても引き受けてくれて助かった!」
「何が助かったですか、半ば強制的と思うけどなーそもそもバトルタワーの事務にでも頼めばいーものを……」


文句を言いながらもプログラムを一つ一つチェックしていき、トラブルの原因となっているシステムを弄るネジキはまだ二十にも満たない青年だというのに手を止めることなく作業をしている。
一通り修理を終え、パソコンをクロツグに押し付けると彼は少年のような笑みを浮かべて嬉しそうにする。この歳にまでなって息子とそっくりというのは良いものなのだろうか。


「それじゃー僕はしつれーしますよ」
「二人きりの時間を邪魔して悪かったなぁ」
「……」


彼に背を向けてクリスタルエレベーターに向かおうとしていた足がぴたりと止まった。振り向くとクロツグの表情は何時もと相変わらずで、わざと言っている訳ではないのだと気づいた。

誰と誰の、なんてことを聞かずともネジキにはクロツグが一体誰を言っていたのか分かった。いまだに人付き合いは良いと言えないネジキが人と一緒にいる時間と言えば、主にアズサのことだ。


「この間バトルをしたんだが、あの子は中々強いな。うちのジュンを負かせただけじゃなく俺まで負かされた位だ。コクランに彼女と仲良いって話を聞いたぞ」
「コクランもよけーなことを……」
「確かに最近ネジキの雰囲気が変わったなぁ、ってフロンティブレーン全員口を揃えて言っていたんだ。部屋から出てこない、名前を覚えないで有名だったからな!」
「……毎回思いますけど、本当のことだとしてもしつれーですよね。……まぁ、正直僕もよく分からないんだけどなー」


どうしてここまで気を許しているのか、これからも変わる事は無いと思っていたのに変化した自分に驚きさえ抱いている。確かにアズサは今まで会った事の無いような人だった。
普段は穏やかかつ友人思いの優しさがあるというのにいざとなれば扉を爆破したり、ラジオ塔で向かってきた敵を一人で相手にしたり、幼馴染の一人に毒を吐いたり。思い返してみればやってる事は結構過激だったりもする。
その点も含めて初めて会う人間だし、とても面白いと思っている。アズサと居て飽きることはないし、それは仲の良い友人という定義に当て嵌まるのだろうか。


うーん、と頭を悩ませているとクロツグは突拍子も無く考えていたことをぽろりと口に出した。
出してしまった、と言った方が適切だ。


「そうだったのか、てっきり遂に好きな人でも出来たのかと思ってたんだがなぁ」
「は、」


クロツグが呟いた言葉に動きを止めるだけでなく、思考までもが一瞬停止した。


今、この男は何て言った?


鈍く首を上げてクロツグを見ると、一人違うのかと呟いている。あまりに混乱しているせいか、毒を吐きながら否定をすることも出来ずに呆然とするしかなかった。
この男は何時も唐突に言うし、大人とはいえ単純過ぎて考えている事なんて僕に分かる訳がない。大体、僕にとってアズサは友人であり同僚であり部下であり、それ以外に例えられる言葉が見付からない。あくまでも、自分では、だ。

クロツグの言った好きな人、という意味が分からない程感情に鈍い訳ではない。所謂恋というもので、今日まで経験したことのない感情なのだ。違うと断言してしまえばそれで終わりだというのに、クロツグに返す言葉が出てこない。


これじゃあ、肯定しているみたいではないか。


時々、アズサの意思を尊重するよりも自分の願望を優先する時があった。別に意地悪をしようと思っていた訳ではなく、彼女と一緒にいる為に身勝手にも押し通したことだ。
それを利己心ではないかと考えていた。友人と離れたくない一心でそうしてるのだと。そもそも友人を手放したくないと考えている時点で随分と変わってしまったものなのだが。

思い返してみれば、ネジキには否定できない理由が幾つもあった。
度々アズサの過去を知らない事実を痛感し、その相手に劣等感さえ抱いていた。

根底に潜むその感情に名前を付けるのだとしたら。


「引き止めて悪かったなぁ、それじゃあアズサに宜しく伝えてくれ!」
「……クロツグ」
「何だ?」


普段は馬鹿にしているが、彼は年長者で一児の父親だ。人生経験も自分より遥かに豊富で人を見る目に優れている事は認めているつもりだ、その点では一目置いている。
この男に何かを教わる日が来るなんて。


「感謝しますよ、最初で最後になりそーですが」
「そうか?」


意味が分かっていないのかにこやかに笑って手を振るクロツグに不器用に礼をいい、エレベーターへと向かう。


「あれ、お帰りネジキ。今日は遅かったね?」

廊下を覗き込むように顔を出したのはパソコンの画面に向かっていたアズサだった。フロンティアブレーンの会議とはいえ、三時間も掛かる事はないと知っていたアズサは素朴な疑問を口にする。
何時も通りに笑みを浮かべながら出迎えてくれるアズサに安心しつつも、彼女とは違いネジキの心境は何時も通りではなかった。


「クロツグに捕まってパソコン修理をやらされてたんですよー」
「あー、納得……だから遅くなったんだ。そこまで嫌な顔しなくても」
「まぁ、その分得る物はあったので良しとするけど」
「得る物?」


疑問符を浮かべるアズサにネジキは不適に笑い、そして一言。


「覚悟しておいてくださいよ」

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