coral
- ナノ -

無花果の自嘲

「今日休みなのか?」
「そうーファクトリーヘッドに何か用事があるみたいで施設自体が閉まってるの。その辺り結構自由だよね、工場長が言ったら休みになるんだから」
「へぇ、奇遇だね。僕も今日はジムを閉めてるんだ」
「こっちも自由だった……」


縁側でアズサは寝転び、マツバは腰掛けていたがそれぞれの片手にはみたらし団子の串が握られている。御盆に乗っているのはまだ湯気の立つ湯のみが二つ。
紅葉が色鮮やかに映える時期に合う縁側での憩い、しかし二人の雰囲気はとても風流とは言えなかった。お互い休みの日に特別やる事が無いからのんびりしている、というのが現状だ。


「アズサは今週、今日以外で休みはある?」
「いや……無かった、と思うよ。どうして?」
「じゃあコガネシティに行こうか」
「え、何で」


コガネデパートで買いたい物でもあるのだろうか。立ち上がったマツバは残った団子を口に入れると湯飲みのお茶を一気飲みする。行く準備万端、といった彼を無視する訳にもいかずアズサも起き上がって団子を頬張って飲み込んだ。


「何か買い物あった?」
「アズサの誕生日、四日後だったから休みがある時にお祝いでもしようと思ったんだけど。一応暇だろうミナキ君も呼んで」
「……!マツバやっぱり良い人!」
「はいはい、ケーキ買いに行くよ。こんな日でも無ければ僕もケーキなんて食べないんだけどね」


嬉しそうな顔をして目を輝かせるアズサを抑えるように頭をやや乱暴にぐしゃりと撫でたのだが、嬉しさが勝っているのか不機嫌そうな顔をせず乱れた髪を整えていた。甘い物は元々あまり好まない方で、偶に食べるのは和菓子程度。洋菓子は殆ど食べないのだが、アズサの誕生日の日に買うものとなればまた話は別だ。
そういえば、何だかんだ毎年行っていたけれど去年はアズサがシンオウに旅をしていた関係で行っていなかった。ミナキ君に伝えたらアズサ以上にはしゃぎそうで怖いな。


コガネシティは平日だというのに相変わらずの賑わいを見せていた。
偶に来る分にはいいけれど、エンジュシティのような閑雅な街に慣れていると頻繁に来るのは疲れそうな街だ。
洋菓子店に入るとふわりと甘い匂いが鼻を通る。女性にとって様々な種類の洋菓子が並んでいるのは見るだけでも喜ばしい事なのかもしれないが、僕にとってはあまり喜ばしくない事だ。

アズサもまたそんなマツバを気にしてか、選ぶのは非常に早かった。買うだけ買うとマツバの手をとってさっさと外に出る。


「苦手なのに何時も買うのに付き合ってくれるよね。店員さんもエンジュのジムリーダーが来てるーって顔してたよ」
「アズサこそ僕に気を使うよね」
「居心地悪そうにしてるし」
「……外れては無いけどね」


正直に言うとアズサは我慢するわけでもなく肩を揺らして笑う。自分よりも大分年下の目敏い幼馴染は気を使わなくて良いから居心地がいい。同じ幼馴染でもスイクン、スイクンと喧しいミナキはまた訳が違うのだが。(一緒に居て癒されるわけが無い)


「アズサ、広場で少しの間待っててくれないかな」
「いいけど……どうして?」
「一人で買いたい物があるんだよ」
「そっか……分かった、ベンチにでも座って待ってるよ。いってらっしゃーい」


幾ら幼馴染だとしても異性とデパートに入るのは誤解を生むからマツバも嫌なのかもしれない。時々腹黒くなるけれど総じて彼は優しい人だ、だからジムリーダーとして非常に人気があるのは随分と前から分かっている事。
でも、マツバは修行や一族の使命にしか関心が向かないから付き合ったりなんてしない。だからこそ、私が傍に居る事が出来るんだけど。もし彼女が居たら休みの日に勝手に家に行って我が物顔で団子を貰って縁側で寝転ぶなんて真似は到底出来ない。

ケーキを座ったベンチの横にそっと置いて息を付こうとした時、ふと視界の端に映った人にもう一度立ち上がることになった。

「おーい、ヒビキくーん!」

手を振って声を掛けると彼も気が付いたのかあっと声を上げて手を振りながら駆け寄ってきた。可愛い弟みたいだなぁ、なんてぼんやり考えていたのだが彼ともう一人来てることに気が付いて目を留める。ヒビキ君の連れだろうか、それだったら悪い事をしたな。


「久しぶりです、アズサさん!ラジオとうで会った以来ですね!」
「あ、名前覚えててくれたんだ。ごめんね、ヒビキ君話してたみたいなのに」
「話してたというか……久々に会ったからバトルしようって言ってるのに、断られてたって感じですよ、シルバーの癖に」
「俺の癖にって何だよ、お前とバトルする気分じゃない、それだけだ」


この赤い髪の少年はどうやらシルバーという名前のようで、悪態を付いているもののヒビキ君と仲が良いと直ぐに分かる。えー、と拗ねた顔をしているヒビキ君に嫌な顔というよりも困った顔をしている辺り、口は悪そうだが中々素直になれない性格なのだろう。
シルバーに突っぱねられたヒビキは暫く唸り、考えていたのだが何を思いついたのか顔を明るくさせる。


「アズサさん、俺とバトルしてくださいよ!前見たポケモン、凄く強そうでしたし」
「あの、私トレーナーは一応引退し……」
「こいつ、強いのか?」
「バトル自体は見てないけど、多分俺よりも大分強いよ。前にアズサさんのポケモン見て何時かバトルしたいって思ってたんです!だから、」
「俺と、バトルしてくれ」
「へ?」


ヒビキの言葉を遮ったのは先程までヒビキにバトルする気分ではないと言っていたシルバーだ。いや、だから私はもうトレーナーを引退した身だし、こう見えてもマツバを待っているだけなんだけどな。
肝心の二人は私を置いて話を進めているようで、ヒビキ君が残念な顔をしながら今回は譲るよ、なんて言っている。声を掛けた私が一番悪いのだけど、何だか巻き込まれていないだろうか。

バトルをする気は無かったのだが雰囲気的に逃れられなさそうだし、いざバトルするとなるとトレーナーとしての血が騒ぐ。例え引退してもこれだけは一生変わらないのだろうな。
シルバーが出したのは彼の相棒でもあるオーダイル、私が出したのはエレキブル。彼に行けそうかどうか尋ねると、稲妻を迸らせて拳を握り締めた。やる気は十分だ。


ーー流石に、誕生日に渡す物を本人と買いに来ない方がいいだろう。

アズサが予想していた理由とは違い、マツバが気にしていたのはその点だ。本人に選ばせるのもいいが、そうするとモンスターボールやきずぐすりなど随分と可愛げ無い物を選んでくるのは目に見えている。
十代後半ともあろう女性がそれでいいのか、とも思うのだがアズサならば仕方ないと諦めている部分があった。僕も、アズサには甘いんだよな。

さて、何にしようか。一昨年は湯のみとお茶にしたけれど、今年は別の物がいいだろう。
女性の誕生日に湯のみとお茶を普通に渡すマツバの感覚も大分ずれているのだが、彼に自覚など無かった。何にしようかと商品の並ぶ棚を見ていた時、勝手にモンスターボールが開いた。けけっと笑いながら出てきたのは悪戯好きの困った相棒のゲンガーだ。

「出て来るのはいいけど、店の物に悪戯はするなよ」

マツバが注意をすると図星だったのか一瞬びくりと動いたが、直ぐにジェスチャーで何かを伝えようとしてくる。アズサに渡す物を一緒に選びたい、と伝えたいのが分かった。しかし素直に選ばせていいものか。
驚かせる物を持って来そうで逆に選ぶのに時間が掛かりそうだが、悪戯をする程ゲンガーはアズサの事が好きなのだ。その好意で真面目に選んでくれる事を祈ろう。


「いいけど、真面目に選びなよ」
「ゲンガー!」


許可を出すと嬉しそうに飛んで行った辺り、やはりアズサに自分も選んだ物を渡したかったのだろう。悪戯好きでどうしようもなくお調子者だけど、可愛い所はあるんだよな。
自分もまた選ぶのを再開しようとした時、カウンターに見えた人に思わず目を留めた。別に知り合いだった訳でもないし、何かで見た事がある人でもない。でも思わず目に留めてしまった。

支払い終わったのか振り向いた時に相手もマツバに気付いたのか、動きを止める。ただし、彼にはマツバに見覚えがあった。見覚えがあると言ってもすれ違った事があるという訳ではなく、データとして彼を知っていただけだった。

そして、アズサの親しい幼馴染であることを。


「君は、バトルファクトリーのファクトリーヘッド、ネジキ君かな」
「そーですよ、初めましてエンジュシティジムリーダー、マツバさん」


フロンティアブレーンはクロツグ以外正体を明かそうとしない、名前は有名でも姿は関係者以外で勝ち上がった挑戦者のみ知る事が出来るから見たことは無かった。しかし、マツバはこちらも特に明かしていないが千里眼の持ち主で、彼がアズサの働いている先の上司である事が直感的に分かったのだ。バトルフロンティア最強と謳われているのはアズサに聞いて知っていたけれど、まさか彼女と同い年位の青年とは。


「何時もアズサがお世話になってるよ、良い子なんだけど結構厄介事に巻き込まれやすいから……色々と迷惑掛けると思うけど宜しく頼むよ」
「確かに話聞いてると大分運は無いみたいですけど、迷惑に思ってないんで心配しなくてもだいじょーぶですよ」
「そう言って貰えると助かるよ、ところで……それは、アズサへの物かな?」


一瞬、ネジキの事務的な態度が崩れたような気がした。
恐らく、彼はフロンティアブレーンとして非常に真面目でストイックなのだろう。丁寧な姿勢も若いながらも上に立つ者として身に付いている物なのだろうが、今の彼の様子を見てアズサの話を聞く限り、彼女には打ち解けている様に思える。ならば誕生日が近い事も知ってるのではないかと思っただけだが、どうも当たっていたらしい。


「事務の仕事に関しては何時もアズサに助けられてますからねー渡しておこうかと思っただけですよ」
「だから今日は休みだったのか…アズサのことだから君から貰ったら、何でも喜ぶと思うよ。君の事は嬉しそうに話すし」
「……ありがとーございます、マツバさんのを貰っても、アズサは喜ぶと思いますよ」


誕生日が近付いている事はマツバに聞く今日まで本人は忘れてたのだ。ネジキも彼女に何時誕生日なのか聞いた訳ではないが、バトルファクトリーの職員のデータはファクトリーヘッドとして全て管理している。そこに誕生日が書かれていたのを思い出し、今日を休みにして外に出るのが特別好きではないネジキが珍しくコガネシティに来ていたのだ。
何時も世話になっているし、仲がいい方だ。誕生日プレゼントを渡す位はいいだろう、友人として。そういえばアズサはマツバに自分の事を話していたのか、それも嬉しそうに。友人として仲が良いというのは自負しているが。
何故意識的に友人という言葉をやけに強調している自分が居るのか、そして友人という響きが嬉しさ反面、寂しさも伴っていた事にネジキは気付く筈も無かった。

「……自覚、無いものなんだな」

ネジキが居なくなった後、マツバはぽつりと呟いた。確かに、僕が渡す物は例え変な物でもアズサは喜んでくれた。ちなみにミナキ君が変な物を渡そうとした際には速攻ゴミ箱に入れようとしていたけれど。
だが、彼が渡すのと僕が渡すのでは色々と違うのではないか。アズサもネジキの事を友人だと思っているみたいだし、詳しくどう違うのかとは説明できないが別種の喜びがあるのではないか、と思う。

今のやり取りを聞いていたのかは知らないが図ったようにゲンガーがにたにたと笑いながら顔を出してきて、嬉しそうに宙を舞っている。その手に握られていたのはゲンガーにしてはまともな物だった。


「へぇ、良い茶碗と箸じゃないか。よく見つけてきたね」
「ゲンガーッ!」


――そこで共感してしまう辺り、ポケモンと主人の好みは似てしまっているのだろう。


「やっぱり、アズサさんって凄く強いんですね……」
「え、あ、そう?ありがとうヒビキ君、シルバー君も良いバトルをありがとう」


拗ねたのか返事こそはしないがしっかり握手を交わすシルバーにアズサも思わず笑みを零す。圧勝、とまではいかないが、彼女のエレキブルは非常に強かったのだ。引退したトレーナーと称しているが、シンオウのバッジを全て集めている事もシンオウリーグ大会を制している事も知らなかった彼らにはアズサの強さが驚きに値したのだ。


「シルバーはもっと強くなれる、オーダイルだけ見ただけどそう思ったよ。二人がリーグに出る時が楽しみだなぁ」
「アズサさんも出ればいいのに……」
「私は引退してるし、それにバトルフロンティアでの仕事が忙しいからね」
「……通りで強い訳だ」
「え?」


バトルフロンティア、という単語を聞いて納得した。悔しいが、今の実力では彼女には勝てないとシルバーには分かっていた。もっと、強くならなければ、そして今度再び彼女に会った時にはバトルで負かせる。次は勝つからな、と言うと楽しみにしているとアズサは嬉しそうに笑った。


「あ、じゃあポケギアの番号交換しておこう、そしたら連絡取れるから」
「は?何で俺がお前に番号なんか……」
「いいだろ、照れないで教えればさ!」
「て、照れてる訳無いだろ!ヒビキお前後で覚悟しておけ」
「仲良いんだね、二人とも」
「良くねぇよ!」


(ただいま、アズサ。ごめん時間掛かったね)
(別にいいよ、気にしなくても。こっちもマツバが居ない間に色々とあったから。あ、ミナキには連絡した?)
(まだしてない、……ミナキ君が来るから今日は騒がしくなりそうだね、僕の家が荒らされないといいけど)

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