coral
- ナノ -

潮風ポラロイド

波に揺られること二時間、降り立った港は既に賑わいを見せていた。全てが発電機による電気で動いている街、ナギサシティ。主要な街の中では最も近代化しているが、ナギサシティも随分と前からそうだったわけではない。

むしろ技術面の発展に欠かせない科学者や研究者という存在はないのだ。ソーラーシステムを導入したのはこの街のジムリーダー、即ちあのデンジさん。私も機械を触れない事はないが、私の周りには機会弄りが趣味の次元を超えている人が多い。
デンジもそうだがネジキもだ。自分でシステム開発をして、自作の機械を作って。

あ、そういえばオーバさんに巻き込まれたって言ってたけど帰ってきたのかな。


「アズサ、何見てるんですか?」
「ジョウトに帰った時、皆に渡す用のお土産を選んでるの、普段お世話になってる人にはやっぱり渡さなくちゃね」
「……律儀だなぁ」
「ネジキってば冷たい」


くすくすと笑いながら言うと、ネジキは顔を顰めた。
正直に言ってネジキが誰かにお土産を渡している姿なんて想像できない。同じ立場だとしても、普段世話になっているコクランさんはともかくクロツグさんには絶対に渡さないだろう。
ネジキには物欲がそれ程無いのだろう。物欲だけじゃない、人間関係においても執着心もあまり無いように思える。ただそれは所詮アズサの見解なのだが。


「……律儀というかあげないと面倒な人が居るんだよね、いい歳して泣き付いてきそうだから」
「あぁ、何となく察しは付きますよー。自分の分は買わないんですか?」
「そうだなぁ……珍しいボールとか?」


そこでアクセサリーやストラップと言わない辺りがアズサらしく、ネジキは半ば呆れつつも表情を柔らかくして笑みを零す。確かにアズサが先程から興味を示しているのはお土産用のお菓子が売っている店や、トレーナーとして欠かせない道具が数多く売っている店ばかり。
だからいってアズサが女らしくないと言う訳ではない。むしろ性格といい家事が得意な所といい女らしいと思う。

そこまで考えて我に返り、首を横に振る。今日もまた気温が低いというのに体温が急に上がったような、そんな感じがする。
熱を紛らわすかのようにマフラーを外すと、アズサが不思議そうな顔をした。


「まぁ、ボール買った所で野生のポケモン捕まえるかどうか分からないんだけどね。あ、そうだ。ちょっと待っててくれる?」
「どこに……?」


何を思いついたのか辺りをきょろきょろと見渡し、目当ての物が見つかったようで店へ小走りで駆けていった。目当てのボールでも見つかったのかな、とぼんやり思いながらようやく温度が下がってきて冷たくなった手に息を吐きながら待つ。
シンオウのバトルフロンティアに居た時、こんなに外に出た経験がない。そう言うと引き篭もりの様だが、実際そうだった。ナギサシティに来た回数だって指折り程度なのだから。


「ネジキ、」
「一体何買って……っ!?」


声を掛けられ振り向いたと同時にぱしゃ、と音がした。アズサが持っていたのは小さなインスタントカメラ。今の撮れたかな、と確認しながらレンズの奥をもう一度覗き込む彼女からは悪戯っ子の様な無邪気さが伝わってくる。

というか、今撮られましたよね。不意打ちで撮られたのはあまり嬉しくない。撮るよ、と言われるならまだしも。拗ねた様な不機嫌な顔をしていたのか、眉が寄ってるよと注意される。


「思い出位は残しておきたいなーと思って。どう?」
「どうもこーも、言ってからやって下さいよ」
「あっ」


手からカメラを取り、レンズを覗き込みシャッターを押す。貶す訳じゃないが、レンズ越しに見えたアズサは間の抜けた顔をしていた。お返しだと言わんばかりに笑みを浮かべる。


「ネジキってば意地悪!」
「今更気づいたんですか?」
「あぁもう返してよ!私は撮らなくていいから、あっ!」


頬を赤く染め、背伸びをして取り返そうとするアズサをかわしてもう一枚撮ると、恥ずかしそうに項垂れる。その姿も撮りたくなったが流石に可哀想になってカメラを渡すと、今度はアズサが拗ねたような顔をする。
やっぱり、アズサは面白い。一緒に居て飽きることが無いし、自然と隣に居ることが当たり前になっている。

ジョウトという土地が好きという意味ではないが、シンオウ地方から移動して良かったと本当に思う。ちらりと横を見ると、次撮るためにもう既に準備していたようで、肩を叩かれる。
これで撮れるかなぁ、と呟きながら自分達に向けているから二人で撮ろうとしているのだろう。


「いくよー、……あれ、撮れたかな」
「誰かに頼めばよかったんじゃないかなー、その方が綺麗に撮れるだろーし」
「あはは、そんな事したら勘違いされるよ。だって……」
「アズサ?」
「な、何でもない」


まるで、恋人みたいじゃないか。
出掛かった言葉を飲み込み、自分は一体何を考えているんだと自分の頭をぶつけたくなった。私とネジキはただの友達だ、勘違いされて困るのはネジキだろう。
あまり意味もないのに手で顔を軽く仰ぎ、気持ちを落ち着かせる。けれど、気持ちが落ち着く前にタイミングよくポケットの中に入っていたポケギアが鳴って、びくりと肩を揺らしてしまう。


「は、はい。どちらさまで……」
「画面見ないで出たのか?デンジだ」
「え、で、デンジさん?一体どうしたんですか」


デンジ、という名前が聞こえたのかネジキがぴくりと動く。アズサは気づく事無く突然の思いがけない電話相手と会話を続けていた。


「やっぱりアズサだったのかあれ、…おい人の電話取る」
「え、ちょっとデンジさん?」
「細かいこと言うなよ、……よぉ、アズサ!俺だ俺、オーバだ!今向いてる所から右にちょっと視線移してみろよ」
「オーバさん?右って……、あ」


デンジさんの近くに居たオーバさんが彼の電話を横取りしたのだろう。何だかんだ言いつつ、二人は仲がいいんだなぁ、なんてぼんやりと考えながら(本人達に言ったらデンジさんが凄く嫌な顔をすると思う)言われた通り右に視線を移すと、喫茶店のガラス張りの席に手を振っている赤いアフロの人が見えた。
その横にはもう既に嫌そうな顔をしているデンジさんが肘を付いてコーヒーカップに口を付けている。

ちらりとネジキに視線を移して行ってもいいかと視線で訴えると、最初は何の反応もしなかったが諦めたようにいーですよ、と返してくれた。
ネジキと共にその喫茶店に行こうとしたのだがその前に。手に持っていたカメラを構えて二人に向けてシャッターを押す。レンズから目を離して見ると、何だか驚いた顔してる。


喫茶店に入るとカランカラン、と扉につけてあったベルが音を鳴らす。店内には二人しか居ないからか、オーバさんの声がよく通る。


「アズサが帰る前にまた会えるとはなぁ!そっちもバトルフロンティアの仕事とやらは終わったみたいだな。フロンティアブレーンって何してるんだ?」
「まぁ、ポケモンの調整だとかデータをまとめたりだとか。興味あるんだったら招待しますけど」
「いやー遠慮しとくわ、機械はさっぱりだからな。にしてもこんなちっこい体してバトルフロンティア最強だなんてなぁ!」
「っ、……やめてください」


立ち上がったオーバは幾らか身長の低いネジキの頭をぐりぐりと撫でる。子供扱いされているのが非常に気に食わないのか、ネジキはジト目でオーバを睨み付けた。ただでさえ小柄な事気にしてるのに、子供扱いなんて以ての外だろう。
ただ、流石オーバさんと言うべきか、睨まれても一切気にしていない。あ、デンジさんにも同じ反応を常日頃されてるから慣れてるのか。


「カメラ構えてたけど撮ってたのか?」
「思い出作りってことで撮らせてもらいました!……別に売ったりとかはしないから許して下さい」
「いや、最初から怒ってないけど。……ここから二人が見えてたけど、やっぱり仲いいんだな」
「まぁ、仲が良いっていうのは自負してますけど……」
「ふーん、驚いたな、本当にそれだけだったのか。……どっちも自覚無いのか」


小さくデンジが呟いた声が聞こえず、アズサは聞き返したのだが曖昧に流された。聞かなくてもいい事だから、とかなんとか言って。
よく来る喫茶店に足を運ぶと既にオーバという先客が居て、仕方なく一緒に飲んでいたのだが偶然外を見た際に見付けたアズサとネジキという青年。前回会った際に二人の仲が良く、バトルフロンティアの仕事で来ているのを知っていた。

知っていたけれど、遠くに見える光景は仲のいい友人という響きに合っていなかった。どちらかというと、仲の良すぎる付き合いたてのカップルのような感じ。本人達に自覚が無いのは前回の雰囲気で感じ取っていたから見当違いというのは分かっていたのだが。


「まぁ、小さいのに凄いってのはアズサも当てはまるか。アズサの方がもう少し小さいんだなぁ……まったく、ちっこい癖によく頑張るよな。頑張り過ぎってのは良くないけどな」
「だからこそ目が離せないんですけどねー」
「……、そうか、そういうことか!」
「は?」
「何でも何時でも相談しろ、俺は応援してるからな!」


急に何を思い立ったのか、意味の分からない声援と共に激しい握手を交わされる。四天王だから敬意を払って接しなければとは思いつつ、思い切り顔を顰めてしまう。
ちらりとアズサに視線を移すと彼女もまた自分と同じように疑問符を浮かべていて、正面に居るデンジはオーバの言いたい意味が分かっているのか呆れたように溜息を付いている。

一体、どういうことなんだ。



(あれだな、デンジ。お前が数日前言いたかったことやっと分かったぜ。そうか、そうか〜)
(お前反応がうざいな。現像したら貰いたいな、今さっきマスターに撮ってもらった写真)
(スルーすんなよ、そういや何でアズサの電話番号知ってたんだ?)
(ジムリーダーなら再戦の為に電話番号交換できるんだよ)
(……なんだこの疎外感)

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