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- ナノ -

マイ・ディア・トリックスター

全てのレンタルポケモンの点検を昨日中に終わらせたネジキが帰って来たのは夕食前。早朝にバトルファクトリーに出向いていた事を考えると、相当長い時間彼は作業をしていたようだ。
ネジキの事だから昼食も忘れて作業に没頭していたのだろう、それ自体には疲れなかったそうなのだが、バトルフロンティア職員に捕まったらしく長話に付き合わされたようで、帰って来たとき酷く気だるそうな顔をしていたのを覚えている。


「ネジキ、もういいの?折角シンオウのバトルフロンティアに来てるのに……」
「いーんですよ、何回も言ったじゃないですか」


名残惜しそうもなく、バトルフロンティアに背を向けて早足に歩き出すネジキにアズサは苦笑いを零す。
本当に興味ないんだ。改めて言っておくけれどシンオウはネジキの故郷だし、シンオウのバトルフロンティアに居た期間はジョウトに比べて遥かに長い。だというのに名残惜しさが微塵もないとは。薄情のような気もするけど、ネジキらしいと言えばネジキらしい。良くも悪くも執着心がない気質、それは長所であり短所だ。


「アズサはどこに行きたいですか?どこでも付き合いますよー」
「あ、ありがとう。そういえばナギサシティの港で色んなお店が出てるらしいの、そこに行ってもいいかな?」
「勿論、それにしてもよく知ってましたね、そんな事」
「あはは、ネジキが頑張ってる間にホテルで情報収集を……」
「どーりで……それじゃあチケット取ってくるんで」


ネジキが頑張っていた間にどこを観光するかとばかり考えていたなんて申し訳ない。呆れたようにため息を一つ付いていたが、表情はとても優しかった。ネジキの優しさに甘えすぎているかもしれない。
船着場に居る係員にナギサシティ行きのチケットを取りに行っているのを待ちながら悴んだ手に息を吹きかけて摩っていたのだが、自分の後方から騒がしい足音が聞こえてきた。


「どいたどいたどいた〜!」
「っ、おっと」


自分に突進してくる勢いで走ってきた人を慣れた動きでひらりとかわし、ようやくブレーキが利いて立ち止まった少年が自分に振り返る。


「アズサ!」
「相変わらず、せっかちな所は変わってないんだね、ジュン」
「なな、何でお前ここに居るんだ!?」


驚き目を見開いた少年はポケモントレーナー、橙色と白色のストライプ柄の服に緑色のマフラー、眩しいほどの金髪にそして何よりせっかちな性格が特徴的な少年だ。彼もまた私がシンオウに居ることが信じられないのか口を金魚のようにぱくぱくしている。
放心状態から帰ってきたジュンはアズサの手を取り、勢いよく握手をした。手加減を知らないその握手にアズサも振り回される。


「何だよ何だよ!来てるなら連絡くらい入れてくれたっていいじゃん!」
「ごめんってば、今回は別に旅行とか旅で来たわけじゃないんだ」
「違うのか?」
「うん、仕事の手伝いというか……付き添いで」
「でもここバトルフロンティアだぜ?あ、そーかそーか、折角シンオウに戻ってきたからってダディに会いに来たんだな!」


ダディ、という聞きなれない単語にアズサは首をかしげる。ジュンのお父さん、という意味で合っているのだろうか。なぜバトルフロンティアに来た即ちそのダディという人に会いに来たのに繋がるのだろうか。
あれ、確かジュンの出身ってシンオウのフタバタウンだったよね、何処かで聞いたことあるな。


「いくらお前が強いとはいえ俺のダディには敵わないぜ、何ていったって俺のダディは最強だからな!まぁいつかはこの俺が超えるけど……あ、あと今はシンオウには居ないぞ?」
「あの、ジュン、その人って……?」
「ん?知らねぇのか!?タワータイクーンだよ、バトルタワーの!」
「……あ、あぁ」


知らないどころかそれなりに知ってます。
今はジョウトのバトルフロンティアでフロンティアブレーンを勤めているクロツグ、その実力を生で見たことがないし本人の顔すら見たことはないけれど、そういえばネジキが言っていた特徴がジュンそっくりだ。ジュンがクロツグに良く似たと言うべきなのだろうが。
フタバタウン出身で非常にせっかち、その特徴どこかで聞いたことあると思ったんだ。まさかこんな所で自分の知り合いに繋がってくるとは。


「アズサ、チケット買ってき……誰ですか、それ」
「俺はフタバタウンのジュン、宇宙一のトレーナーになるから覚えておいた方がいいぞ!」
「……アズサ、誰ですか」
「えーっと、クロツグさんの、息子です」


チケットを買い終わったネジキが戻ってきたのだが、アズサと話している見知らぬ少年に眉を顰めて警戒するように尋ねたのだが、アズサから返ってきた回答に納得した。
全体的な雰囲気といい、あの男を彷彿させるような少年だとは思ったが。雰囲気だけで言うと少年、顔や身長に関しては自分よりも青年らしい。まさかこんな所でクロツグの息子に会うとは。


「前から知ってるみたいだったけど、旅してた時の知り合い?」
「知り合い、というか」
「アズサは俺が認めたライバルだ!今度こそはバトル負けないからな、俺だってあれから滅茶苦茶強くなったんだ!まぁ、一年前にあったギンガ団絡みの事件で知り合ったんだけどな」
「決勝戦の相手だったの」


あぁ、だから今度こそは負けないと言ってるのか。決勝戦で敗れたとはいえそこまで勝ちあがってきた辺り、流石はクロツグの息子といった所か。そういえば、言ってくれとも頼んでないのにクロツグから一方的に息子の自慢話をされたことがあっただろうか。
まだまだ俺には届かないが将来有望だ、とか何とか言って。


「おっと、俺これからサバイバルエリアに行って来なくちゃいけないんだ、それじゃあまたなアズサ!今度会った時こそバトルだバトル!」
「うん、またねジュン」


それじゃ、と挨拶をすると駆け足でサバイバルエリアに向かっていったジュンはまるで嵐のようだ。早々に見えなくなった背に、ネジキとアズサは同時に溜息を付いた。良くも悪くも、騒がしいのがジュンの特徴だ。


「あそこまで似ると怖いもんですよ、もしかしたらクロツグもアズサの事知ってたりするかもしれませんねー」
「あぁ、中継見てたならこの顔どこかで見たことある位は思われるのかな……」
「アズサ」
「なに?」
「ギンガ団にも絡んでたんですか?」


ネジキの感情の読み取れない抑揚無い言い方にアズサはびくりと肩を揺らす。ちらりとネジキの顔を覗くと、不機嫌な時に見せる顔をしている。
ギンガ団が何をしていた組織か、ネジキなら知っているだろう。確かにギンガ団の部下との戦いや、アジトに仕掛けられていた罠やら危ないことは沢山あった。けれど、ネジキに異を唱える気は無かった。怒られても仕方ない位、無茶はしていたから。


「ロケット団の時といい、どうしてこう危ない所にばっかり首突っ込んでるですかねー」
「ロケット団は不可抗力のような……」
「まぁ、だから目が離せないんですけどね」
「え?」
「何でもないですよ、船に乗りますよー」
「あ、ちょっとネジキ!」


(どーしてギンガ団に関わってたんですか?)
(あー、カンナギタウンで観光してたら、急にバトルに巻き込まれまして)
(……前から思ってたけど、アズサって相当運悪いですよね)

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