coral
- ナノ -

アジサイの振り向かせ方

シンオウのバトルファクトリーは自分が知っているジョウトの物と良く似ていた。中に入ると直ぐ係員がネジキに気が付いたのか近づいてきて礼儀正しくお辞儀をする。
デンジさんやオーバさんまでファクトリーヘッドを知っていた位だから、このシンオウバトルフロンティアでは非常に有名だったのだろう。(ジョウトでもあまり良くない噂である意味有名だったけど)
ファクトリーヘッドの仕事を邪魔しない方がいいだろうと思い、暫く外で待っていようかと提案するのだが、ネジキに残るよう指示をされる。

ポケモンバトルに関する知識があるとはいえ、ネジキの手伝いをする事は出来ない。バトルファクトリーのレンタルポケモンの調整は熟知している彼にしか出来ないし、施設関係では妥協を許さない。部外者が手を出してはいけない事位重々分かっている。

だからこそ何故ネジキが自分にファクトリーに残るように言ったのか分からず、疑問に思いながらもフロアまで付いていくと、彼は設置されていたパソコンの電源を付けた。


「調整も戦略を考えなくていいなら楽に出来ますけど、ファクトリーのレンタルポケモンはそーいう訳にもいきませんからねー僕が居なかった間の色んなデータが欲しいんですよ」
「そのデータをまとめればいいんだね、分かった。少し時間掛かるかもしれないけど持って行くから」
「ありがとーございます。この作業まで一人でやると暫く缶詰状態になるからなー助かるよ」


本来付いてくる必要がなかった身としては手伝える事が嬉しく、腕まくりをしてパソコンに向かった。
フォルダに残っていたのは、二ヵ月分の記録のみ。しかもポケモンごとに整理されているわけではなく、貸し出された順に書き込まれているだけだから非常に見辛い。

これは随分と骨が折れそうだと思いながらも、キーボードを素早く打ち始める。


アズサがデータを纏めてくれている間、レンタルポケモンの置かれている部屋で普段レンタルされる回数の少ない強い技を覚えたポケモンを確認していく。僕が育てたらしいポケモンの技とか持ち物はあまり変更されていないようだ。
見たことがないポケモンも居るから、それは今のシンオウファクトリーヘッドが育てたのだろう。同じファクトリーヘッドなだけあって、良い育て方をしている。

そんな作業を繰り返して何時間経った頃だろう、ようやく壁に掛けてある時計を見ると何時の間にか六時間経っていたから驚いた。
アズサはどうだろうと思い、フロアに戻るとパソコンは点けっ放しの状態で机に伏せているアズサが居た。


「アズサ?」
「……あ、ごめんネジキ。ずっとパソコンの画面見ててタイピングしてたら疲れて……持って行けばよかったんだけど」


目を擦り、伸びをしたアズサが手に取ったのはプリントされた表の束。ポケモンごとに戦績や使った技の回数まで事細かに記録されている。
この量を全て一人で纏めるのは非常に大変だ。勿論手伝ってもらいたいから連れてきたわけではないけれど、非常に助かる。


「あと、ここのファクトリーのイーブイはチイラのみを持ってるみたいだけど……カムラのみの方がいいんじゃないかな。あと、他に気になったのは……あっ、余計なこと言ってごめん」
「……、いーえ、その通りですよー」


驚いて一瞬間が空いてしまった。
確かにアズサの言う通りだ。僕が持たせたわけじゃないけど、イーブイのすばやさや覚えている技を考えるとカムラのみを持って、すばやさが上がった方が良いに決まっている。


「もう夜ですし、今日はこれ位にしよう」
「え?あ、うん。でもここに泊まるんじゃなくて?」
「一応バトルファクトリーは開いたままですから、迷惑かけるわけにもいきませんし。リゾートエリアのホテルを用意されてるみたいですよ」
「り、リゾートエリア……」


響きだけでも凄く豪勢な感じがする。
作った資料とデータを写したUSBだけ持ち、キャリーバックを持ってバトルファクトリーを出ると、八時という時間帯の空はもう真っ暗。冬の夜は寒いが、その分星が綺麗に輝いている。風が少しでも吹くと身震いするような寒さ。
やはり、シンオウ地方の冬は中々きついものがある。隣をちらりと見てみると、ネジキの首にはマフラーが巻かれている。


「明日は一日中作業することになりそうですけど、明後日からは自由行動できそーですよ」
「……、それって、」
「まぁ、観光って所ですかね。観光も何もシンオウ地方だから楽しみなんてないかもしれない……」
「行く!一度はネジキと一緒にどこか見て回りたいって思ってたの!結局アサギシティにも出てないからね〜」


目を輝かせて食いついてきたアズサを見てゆっくりと瞬きをする。正直、ここまで喜ばれるとは思わなかったから予想外だった。それに、アズサの言葉に喜びを感じてしまうのは仕方がない事だろうか。

アズサが純粋に、友達と一緒に観光することを楽しみにしているのは分かっている。僕と違う気持ちで言っているんだろうな、というのもぼんやり分かっている。
でも待てよ。じゃあ、純粋じゃない気持ちって何だ?僕は一体どんな感情を抱いて観光したいと思っているんだろう。

この気持ちを知るべきか知らないべきか、残念ながら僕には判断付かない。


フロンティアフロントを通るどうろを少し進めばリゾートエリアが見えてくる。ちらほらとトレーナーの姿はあるけれど、身なりを見る限りやはり金持ちが多いようだ。立派な噴水や庭園、それに屋外プールまで付いている辺り、随分と豪勢なホテルだ。
アズサは物珍しそうにホテルの内部を見ているが、正直僕としても場違いな気がする。大体、バトルファクトリーの中にしか居ないのだから場違いで当然なのだけど。言っておくが決して引きこもりではない。
エントランスに行き、名乗るとあぁ、と声を上げられる。流石は元々居た場所、僕の名前はそれなりに知られているようだ。


「ネジキ様ですね!私も含め、皆あなたの事を尊敬しておりましたよ。ジムリーダーと劣らず人気で」
「へー、そーですか」


残念ながらミーハーな取り巻きなどといったものに一切興味はない。話を意識して聞かず、未だにエントランスを見て嬉しそうな顔をしているアズサに視線を向けながら適当に相槌を打つ。
あ、アズサと目が合った。


「今のファクトリーヘッドもいいですけど、やはりネジキ様が一番印象に残るファクトリーヘッドです。従業員も帰って来てくれたら、なんてぼやいていましたよ」
「言っておきますけど、僕はここに戻るつもりはありませんよ。あ、鍵ありがとーございます」


きっぱりと言い切ると受付嬢は面食らったような顔をしたが、そうですかとにこりと微笑んだ。
冷たい態度に見えるかもしれないが、これがネジキの本来の人に対する接し方だった。良くも悪くも他人に関心がなく、自分のことに対する評価にさえ興味を抱かない。


「ネジキ?部屋の鍵は受け取れた?」
「これですよー、さ、行きましょうか」
「うん、ところで何か話してたの?」
「まぁ、大したことじゃないですよ」


あれ、鍵が一つって、同じ部屋って事じゃ。
──その事実に気が付いて少し頭が痛くなった。


(リーグの選手村のベット位柔らかい!人生でまさかこんなホテルに泊まれるとは……明後日が楽しみだなぁ)
(……、気にしないが一番なのかなー)

- 12 -

prev | next