coral
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感情融解論

ジョウト、カントーよりも北に位置するシンオウ地方の季節は冬。元々シンオウは寒い地方で冬は特別寒く、旅をしていた間はその気候が辛かった。雪が一年中振っている街もある位だ。
持ってきた防寒具を身に付けて甲板に出ると、シンオウ地方が水平線に見えてくる。空からは白い雪が舞い落ちてきて、息を吐くと白く染まる。

一番初めにポケモンを貰ったのもジョウト地方ではなくシンオウ地方だ。モンスターボールを開いてエレキブルを出すと、寒いのかぶるっと身震いをした。しかし、シンオウ地方が見えてきている事に気が付くと、嬉しそうに笑みを零した。


「久しぶりだよね、シンオウリーグからもう半年は経つし。思い出したらなんかバトルしたくなってきたね」
「エレキブルッ!」
「まったく、何のために行くんですか」
「え?あはは、ごめんなさい」


振り向くと、寒いのか眉を潜めているネジキが甲板に出てきていた。船の中でもずっとシャツとベストだけだったのに、冬のシンオウは流石に寒いのかダッフルコートを着ている。手袋は付けていないみたいだから、手をポケットに突っ込んでいる。
これだからシンオウは嫌なんだと小声でぼやいているけど、ネジキが元々居たのはシンオウなのに。


「アズサは何時振りにシンオウに来る事になるんですか?」
「半年振りだよ、トレーナー辞めたのもその頃って事になるよね。相変わらず寒いよね、シンオウ地方は」
「……前から気になってたけど、トレーナー辞める必要ってあったのかなー」
「うーん、自分でも正しい選択したのかどうかなんて分かんないよ。でも、辞めていい事あったから」
「いい事?」
「バトルフロンティアに勤められて、ネジキと知り合えただけでも凄く良かったと思う」


ねー、とエレキブルと顔を見合わせて笑みを浮かべるアズサにネジキは激しく動揺した。
ここまでストレートに言われると気恥ずかしさ以上に隠せない嬉しさが込み上げてくる。こんな事言われて喜ばない人間が何処に居るだろうか。

でも一体どうして喜ぶと同時にこんなにも動揺しているのだろう、頭に血が上り頬が熱く感じる程だ。あぁ、前にもこの違和感を感じたことがある。訳が分からずアズサに当たってしまった時とこれは同じ疑問だ。
またアズサに当たりたくないし、これ以上深く考えるのは止した方がいいだろう。


雪こそは降っていないが、恐らく昨日振ったのだろう雪が残るフロンティアフロントの港に船から下りる。シンオウで旅をしていたとはいえ、シンオウのバトルフロンティアに来るのは初めてだ。
ジョウトのバトルフロンティアは五つの施設が集まった場所だが、ここは五つの施設以外にも他にエリアがあるそうで、島自体が施設と言ってもいいそう。


「へぇ、ジョウトとは違うんだね…ネジキはやっぱりシンオウのバトルフロンティアの方が好きだったりする?」
「別に思い入れも無いですし、そうは思いませんねークロツグはそう言わないでしょーけど」
「どうしてクロツグさんが、」
「フタバタウンの英雄って呼ばれてる位ですし、それにトレーナーの息子も居ますからねー」


クロツグさんをまだ実際に見たことはないけど、その人の息子もまたトレーナーをしているんだ。親が凄いトレーナーだと、子供も憧れて親を超えるようなトレーナーになりたいと思うのだろうか。
話によると息子もクロツグにそっくりらしい、と呆れたように溜息を付くネジキ。そういえば、しょっちゅうバトルタワーから居なくなるとか言っていたっけ。


「クロツグさんってどんな人?」
「確かに強いですけどせっかちだし適当だし、トレーナーとしてのあの人以外の部分は絶対に見習いたくないな」
「……、酷評だね。それにしてもフタバタウンのせっかち……」


一瞬よく知る友人が記憶を掠めたが、違うだろうと直ぐに考えを振り払う。

ネジキと共にフロンティアフロントへ向かったのだが、人々が一箇所に集まっていてざわついている様だった。騒ぎにしては黄色い声が飛んでいるような気もするし、何があったんだろうとゲートの前を人込みを掻き分けて覗き込むと顔見知りが居たものだから驚いてあっと声を上げる。
金髪の青年と赤髪の青年、シンオウ地方で知らない者はそう居ないだろう。


「デンジさんにオーバさん!こんな所で何してるんですか」
「え?……アズサ、アズサ!?ジョウトに帰ったんじゃなかったのか!いやぁ〜また会えて嬉しいぜ!」


キャリーバックを持っていない方の手を取られて勢いが良すぎる握手を交わされる。オーバさん程リアクションは大きくないが、デンジも驚いているようで静かに伸ばされた手を取り握手を交わす。
二人も驚いているようだが、驚きたいのはこっちの方だ。何でフロンティアフロントのゲート前にナギサジムのシンオウ最強のジムリーダーと四天王の一角が揃っているのだろうか。


「二人は一体何してるんですか?」
「オーバの奴が面倒なことに、バトルフロンティアに入ろうとする挑戦者を相手にバトルしたいとか言い出したんだ。俺は巻き込まれてる」
「そうなんですか……あの、私たちもバトルフロンティアに用事があって入りたいんですけど、駄目ですか?」
「誰だろうと俺たちの挑戦は受けてもらうぞ!…ん、というか私たち?誰かと一緒に来てるのか?」
「僕ですよ」


名乗り出て、腕を組んだまま一歩前に出たネジキの顔に見覚えがあったのかオーバとデンジは目を丸くする。
名乗り出た当本人はというと面白く無さそうに眉を潜めて不機嫌そうな顔をしていた。どうしたのだろうと不思議に思っていると、腕をとられて引っ張られる。

(あれ、機嫌悪い……?)


「噂は聞いたことあるよ、バトルフロンティア最難関のファクトリーヘッド、今はジョウトに移ったみたいだけどな」
「お褒めにあずかりこーえいですよ。四天王とナギサジムのジムリーダーにまさかこんな所で会えるとは僕も思ってませんでしたからねーアズサは二人と知り合い?」
「まぁ、ジム戦巡りしてたからね」
「アズサの事覚えてる理由はまた違うけどな。いい目してたから印象に残ってるってのもあるけど、何より前回のリーグ優勝者だ」
「リーグ優勝者……?」


初耳の事実に驚愕し、アズサに視線を移すと苦笑いを浮かべて首を縦に振った。確かに彼女のポケモンは強いし、一般のトレーナーに比べてポケモンの知識も豊富だと思っていた。
リーグに出場していたことは知っていたけれど、トレーナーを辞めてジョウト地方に戻って来た点から少なくとも優勝はしていないと勘違いしていた。あぁ、やはり僕はアズサの事を情けない位にまるで知らない。


「オーバ、バトルしたい気持ちは分からなくはないけど用事があるみたいだし通してやれよ。他人の仕事まで邪魔するなよ、つまり俺の邪魔もするな」
「てめっ、デンジ!何が俺の邪魔するなだよ!あぁ、アズサ悪ぃな、また今度な」
「はい!じゃあ行こっか」


ネジキの手を取って歩き出そうとしたのだが、先に手を取られて引っ張られる。驚いてネジキの名前を呼ぶのだが答えの代わりに返って来たのは、握った手に力が込められただけ。
後ろからは彼が今どんな表情をしているのかは全く見えなかった。

まただ、この訳の分からない焦燥感。


(……)
(おい俺の話聞いてるのかデンジ!)
(聞いてない。……あの二人仲いいんだな)
(かの有名なファクトリーヘッドとアズサか?一緒に居る位だからそりゃ仲いいだろ)
(……もういい、お前に聞いた俺が間違いだった)

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