coral
- ナノ -

未完のカレイドスコープ

バトルフロンティアへと出かける前に新聞を眺めたのだが、一面に昨日のラジオ塔の事件が乗っている。ラジオ塔を心配そうな顔で見つめて囲む人々の写真が載っているようで、私もヒビキ君も、そしてロケット団も出ていない。
中の内容を見ると、ヒビキ君の名前は載っていたけれど、私は一般女性という扱いになっている。取材とか来ないように手を打っておくと言っていたけれど、まさか本当にしてくれているとは。後でお礼を言わなくちゃ。

ロケット団員は全員逃げたらしく、コガネ警察が総動員で追っているそうだ。彼らの邪魔をしたのは私だというのに、同情しているなんて無神経な話だろうか。
一つ溜息を付き、新聞を折り畳んでカバンの中に入れる。そのまま家を出たのだが、出て間もなく引き止められることになった。
エンジュジムを通り過ぎようとした所に、マツバがタイミングよくジムから出てきて声を掛けられる。


「今日も早いね、アズサ」
「あ、マツバ。マツバも早いね、ジムの予約が入ってるの?」
「あぁ、そうだけど……僕に何か言うことはないかい?」


ぎくり。
急に声のトーンが下がったマツバの顔は無表情。思わずびくりと肩を揺らして動揺してしまう。新聞でもラジオでも私の名前は上がっていなかったというのに、この様子は絶対に気付いている。
しらばっくれようと一瞬考えたが、相手はマツバだ。言い逃れられる訳がない。


「あの、マツバさんはどうしてご存知なのでしょうか……?」
「昨日コガネシティにアズサが向かう所をミナキ君が見たらしくてね。アズサがコガネシティに行くなんてデパートかラジオ塔に用がある時くらいだろうし、平日だったからラジオ塔だと思ったんだ。そしたらあの事件と来たからね、関係してるだろうって」


何でミナキは昼間からエンジュシティに居るのだろうかと疑問に思うと同時に、余計なことをしてくれたと怒りさえ湧き上がってくる。仕事しなさいってば。マツバもよく『一般女性』という表記だけで私だと分かったね。


「全く、言ってくれた方がまだここまで心配はしなかったよ。その足とか昨日の怪我だろう?」
「う、ごめんなさい……反省はしてます」


苦笑いを浮かべて謝るとマツバも諦めたように苦笑いを浮かべてアズサの頭をぐしゃりと撫でた。
乱れた髪の毛を整えているとマツバのポケギアが鳴り響き、どうやらかけてきた相手はジムに居るイタコの人のようで、分かりましたと返事をするとマツバは通話ボタンをきった。


「ジム戦?頑張ってね、マツバ。応援してるから!」
「あぁ、アズサもほどほどに頑張って。頑張りすぎるとこっちが心配するし、何よりミナキ君が煩いからね」
「それは勘弁」


怒っているマツバには頭が上がらないから極力そうなる事を避けたいが、ミナキがいじけてたりする方が別の意味で色々と面倒なので回避したい。
マツバにお礼を言って見送り、自分もバトルフロンティアに向かって歩き出す。本当はもう少し遅い時間に出勤していいのだけれど、バトルファクトリーに行く事が楽しみになっていた。

スタッフルームに入りフロアに行くと、よく見た人が机の上に頭を預けて目を閉じていたのだが、アズサが来たことに気が付くと顔を上げた。


「おはよーございます」
「……こんなに早く来ると思ってなかったなー」


アズサがネジキの真似をして間延びした挨拶をすると、ネジキは複雑そうな表情をして頬をかく。その様子を見てアズサはくすくすと笑った。


「そうだ、ありがとうね。新聞見たけど載ってなかったから……」
「それ位いーですよ。そうだ、アズサに言っておかなくちゃいけないことがあったんだ」


何かを思い出したのか、ネジキは立ち上がってパソコンの電源を付ける。不思議に思いながらも画面を覗き込むと、メールが開かれていた。
局長からだろうかと思ったけれど、宛名に書かれていたのは知らないアドレス。内容を読むように言われて、下に視線を移す。


「えっと、シンオウバトルフロンティア本部……シンオウ!?本部にお越し頂けないでしょうか……、え?」
「そう、元々僕はシンオウのバトルフロンティアに居たからね」
「そ、それって……」


混乱が渦巻き、頭を鈍器で殴られるような衝撃を受けた。だって、それってシンオウに帰るってことでしょう。
もしかして、ここから居なくなるつもりなんじゃ、茫然自失し言葉を発する事も出来ずに固まっていると、アズサが何を考えているのか気が付いたネジキはふと笑みを零してアズサの頭をぐしゃりと撫でた。


「戻って来いっていう意味じゃなくて、色々と指導してくれってことですよ。レンタルポケモンの調整とかですかね」
「という、ことは?」
「一週間程シンオウに行くんですよー」
「そっか……」
「だからアズサもどうかと思って」


さらりと言った言葉を理解するのに少々時間が掛かった。
シンオウのバトルフロンティアに一週間言ってくるネジキ、私もどうかって、私も一緒にシンオウへ行っていいって事?確かに留守している間待っているのは寂しいと心の片隅で思っていたけど。
でも私はこのバトルフロンティアに務めてからまだ日が浅いし、ただの事務だ。有名なファクトリーヘッドと一緒に行けるような立場じゃない。バトルファクトリーの関係者としても行きたいし、個人的にシンオウには旅をしていた思い出もあるから行きたいけれど。


「私が一緒でもいいの?場違いのような……」
「一人で来いなんて言ってないからいーですよ、それよりもアズサが行きたいのかどうかが聞きたい」
「……行きたい」


小さな声で希望を口にすると、ネジキは満足そうに笑みを浮かべた。もし、アズサが立場などを気にして行かないと主張しても、行くという答え以外は初めから認めるつもりなんてなかったけど。
身勝手な自分の考えに自嘲する。アズサの意思を尊重するべきだというのは分かってるのに、自分の願望を優先している自分が居る。これは利己心なのだろうか、いや、それとは違うような気がする。それじゃあ何だろう、……独占欲?


「ネジキ、」
「はい?」
「ありがとうね」
「いーえ」


そういえば、初めてネジキ、って呼ばれたような気がする。
たったそれだけの事なのだけど、自然と笑みが零れた。

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