ストライプ
- ナノ -

二人で夕食を取る機会にレッドが図々しくも(自分の分まで作らせている俺の方が図々しいのだが)割り込んできた事に多少の不満を抱きつつも、あいつが来てくれて本当に良かったとは思っている。

今回は何となく、何時もの時間を置けばお互い冷静になってどちらからか謝るという口喧嘩では無かったような気がしていたからだ。レッドが居なかったら、なんか取り返しの付かない事になっていたのかも知れないと思うけど……流石に考えすぎか。
ご飯を口に運びながらそんな事をぼんやりと考え、コロッケに箸を伸ばそうとしたのだがあった筈のそれが皿から消えていた。


「は?」
「あ、ホントに気付いてなかった」


え、と再び皿を見直して肩を揺らして笑うナマエに視線を移したのだが、その横にやけに無言で口をもごもごと動かす奴が視界の端に移って、ぴくりと口元が引き攣った。
このさも当然のようにしらばっくれる堂々とした態度がむしろすげぇよ。


「レッド、お前人の物勝手に取んじゃねぇよ!」
「グリーンに、いい?って聞いてから取ったから」
「答え聞く前に箸伸ばしてたよね」
「久々の料理だったし、つい」
「……あー、まぁ、そうだろうな……」


シロガネ山という場所に滞在している位だから、欠かさずに食事を取っているのかも分からない。それにポケモンセンターに寄る事も一週間に一度あれば良い方だそうだから手料理を食べずに即席の物ばかり食べているレッドにたった一回譲ってやる位いいだろう。
むしろ、お前の健康のために食べてくれと言いたい程だ。栄養失調や病気で倒れるとか洒落になんねぇから。
と言うか、そんな発言する位ならそろそろ街に戻って来ればいいのに、と普通は思うが、レッドの思考回路を理解するかつ読み取るなんて雲に手を伸ばすような物だ。


「そういやもう結構遅いけど、お前どうするつもりなんだ?シロガネ山に帰んの?」
「一週間位、ナマエの家に泊まろうと思ってた」
「は?」
「え?何それ聞いてない」
「うん、言ってない。今言った」


ここまで来ると確信犯なんだかどうなのか分からなくなってくる。幼馴染みとはいえ、一人暮らしの女の家に男が泊まるなんて気の迷いを起こせと言ってるものじゃないか。確かにレッドにはそういう男の逃れられない性的な欲求は人一倍薄い所か、人間の三大欲求さえ最優先しているか怪しい生活観、それに性格をしてる。人間離れして聞こえるが大前提としてはレッドも男だ。
幼馴染みだとしても、好きなヤツの家に男が泊まるのを快く認められる程、俺は心が広くなかった。彼氏でもないのに思考を埋め尽くすような醜い嫉妬心を抱いている自分が滑稽に思えるが、何処かで今に始まった話じゃないって開き直ってた。


「わざわざナマエの家に泊まんなくてもマサラタウンに戻ったら自分の家あるだろ」
「母さんに会うと多分、面倒な事になる。帰るって連絡入れてないし、それにご飯食べに行く手間が省ける」
「私の所で食べるのは決定事項なんだ、別に部屋二つあるからいいけど……突然どうしたの」
「別に、何となく」


表情を変えずに言ったレッドにナマエは不思議そうに首を傾げていたが、レッドの視線が自分に向けられているのに気が付いて何となくだがレッドが一週間滞在すると言い出した理由が分かった様な気がした。
俺に、何らかの用があるのだろう。何を考えているかまでは長年幼馴染をやっている身としても読み取れないが、無駄にシロガネ山から降りて来るような奴じゃないのは俺も、それにナマエも分かってる。


「ま、いいけど……でも泊まるとこだけはトキワジムにでもいいから別のとこにしろよ」
「……」
「な、何だよその目」
「いや、何もないけど」
「?トキワジムに泊まれる所なんてあったっけ?」
「俺の専用室、あのソファ一応ソファベッドだからな。というか、雪山よりは大分マシだろ」
「あはは、確かにねぇ……」


別に不便はしてなかったけど、と真顔で語るレッドに呆れるように彼の肩に乗っていたピカチュウはひょいと飛び降りてすっぽりとナマエの腕の中に収まった。
草木のクッションも無い岩場に寝袋、一年中雪の降っている凍えるような気温の中焚き火と毛布位しか体温調節出来る物が無いような環境が不便で無いと言う時点で色々と感覚が麻痺してるだろう。ピカチュウの拗ねたような顔が何よりの証拠だ。

食べ終わった食器を流し台に運び、スポンジで洗って乾燥棚に入れて濡れた手を拭く。これも習慣になってきている事だ。押しかける形で料理作ってもらってるのに、洗い物まで任せたら居心地悪い。つか、優雅にお茶飲んでんじゃねぇよレッド。


「んじゃ、俺らもそろそろ行くか。もう一人でシロガネ山行こうとすんなよ、洒落にならない位危ねぇから」
「分かってるってば」
「あと、今日もサンキュ」
「……、どういたしまして」


礼を述べてにっと笑みを浮かべたグリーンは悔しいけれど格好良かった。こんな顔見せるから、無駄に異性を惹き付けるのだろう。外見も良くて中身も色々とある欠点を除かなくてもやはり良い所が目立つなんて、天は二物を与えないんじゃなかったのか。
照れ隠しに素っ気ない態度を取っていただけだけれど、本当に何だか腹が立ってきた。


「何でそんな不機嫌そうな顔してんだよ」
「何でもないですー、早く帰って下さい」
「なに、もしかして寂しくて俺らに居てほしいとか?」
「バカ言うな、あとにやけるな」


意地悪そうににやにやと口角を上げて笑うグリーンの頭を叩くと、髪の毛をぐしゃりと崩されて乱暴に撫でられる。
こういう冗談を言い合って気の合う悪友みたいな関係が一番合ってるのかもしれないな、と再度思い直すとちくりと胸が痛み、やはり例えようの無い寂しさが残る。恋愛感情を無かった事にしたいが為に言い訳しているみたいであまりに卑怯だった。
何でグリーンは有名人なんだろう、って意味も無く八つ当たり紛いな事を考えた時もあったけれど、その経歴も夢の為に行ってきた努力も彼を形作っている総てだと気付いたからむしろ今のままで居て欲しかった。


「取り合えずピカチュウ置いてって」
「え、」
「ピカピカッ!」


突然の申し出に目を丸くしたレッドだが彼のパートナーであるピカチュウはナマエの足元に来てぺち、と小さな手で足を叩き、ナマエが抱き上げて自分の目線にまで持ち上げると愛くるしい笑顔でピカ、と一声鳴いて手を上げた。


「やっぱり可愛いなぁ」
「……まぁ、ナマエならいいけど。遊び半分で技の指示はしないように気を付けて、家吹き飛ぶから」
「そんな指示私じゃなくても誰もしないよ」


冗談だか分からない忠告だけ残して出て行き、パタンと扉の音が響いてしん、と静かになった家は一人暮らしだから何時も通りな筈なのに、急に孤独を感じた。グリーンの言ってる事、強ち間違ってないから内心焦った。
閉まった扉をぼうっと見つめていると、肩に上って来たピカチュウが頬に顔を擦り付けてきたから我に返り横を見ると、まるで自分が居るから、と励ましてくれているようで胸の奥が温かくなった。

ナマエの家を出て街頭に照らされる暗くなった夜道を歩いていた幼馴染二人だったが、レッドは建物や街頭の光で照らされる街から見上げる雪の降っていない晴れた星空をぼんやりと見上げて、横を歩くグリーンに聞こえるか聞こえないかの声でぽつりと呟いた。


「……俺とナマエを二人にしたくないならそう言えばいいのに」
「お前やっぱ確信犯だったんだな……!」
「というか、俺まで目の敵にされるとは思ってなかった。幼馴染ならいっか、って」
「……いや、お前が気の迷い起こすような奴じゃないってのは分かってるつもりだけどな。気持ち的な問題だよ、気持ち的な!」
「ふーん、……あ、朝ご飯も食べるって言い忘れた」
「話振っといてどうでもよさそうに流してんじゃねぇよ!」


夜に外で煩いよ、と冷静に返してきたレッドに脳の血管がぷちんと行きそうになったのは仕方ないだろう。ホント、何でコイツ急に一週間泊まるなんて言い出したんだ?

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