ストライプ
- ナノ -

「レッドが居るって新鮮だね、やっぱり」
「そう?」
「そうそう、偶には帰ってくればいいのに」


ご飯を口に運びながら目を丸くするのは朝から朝食を取りに来たレッド。雪山で長く生活していた為か、レッドの起床時間は予想よりも早くて7時には家のチャイムが鳴ったから流石に驚いた。
トキワジムに昨日は泊まったみたいだし、グリーンはどうしたのかと尋ねるとまだ寝ているらしい。私一人だと朝食はパンで済ませるけど、レッドが来たから少しだけ待ってもらって高速早炊きをした。


「ナマエ、昨日は聞かなかったんだけどさ」
「なにを?」
「もし俺があの時付いてきて欲しいって声掛けてたら、来た?」


突拍子も無く投げかけられた質問に、自然と箸も止まった。
レッドの顔を覗いても、その表情の変化はあまり無くて流石の私でも感情が読み取れない。どうして、こんな質問をしたんだろう。レッドが言っているあの時とは、きっと二人がチャンピオンの座をかけてバトルを繰り広げた何年も前の話だ。
それまでレッドの頭にしがみついていたピカチュウがひょいと飛び降りて、私の膝の上に乗る。


「私さ、二人のこと応援してたよ。自惚れてるのかもしれないけど、きっと誰よりも応援してた」
「うん」
「でも……本当は怖かっただけなんだよね。直向に夢を追いかける二人の邪魔をしたくなくて、寂しい気持ちを全部押し込めて本当は帰ってきて欲しいって思ってたのにそんな感情を表に出したら嫌われそうで…私、中途半端だった」
「……仕方ないでしょ、あの時は皆幼かったし。ナマエが引き止めるような子じゃなかったのは、俺たちのせいでもあるって思ってたよ。信頼からじゃなくて不安にさせてるから追いかけないんだって」
「やっぱり、レッドって鋭いよね。レッドは前からあまり変わってないよ」


あの頃からレッドはあまり変わっていない。
常に冷静で、人を見ていないようでよく見ている。特に幼馴染ともなるとお互いの性格や癖まで分かりきっているから、私のこともお見通しなんだろう。彼の目標は何時だって揺るがない。だからレッドに関しては幼いながらに私には絶対に引き止められないと感じていた。


「そんなナマエが動いたのは、グリーンだったからでしょ?」
「……もう、全部お見通しなんだね」
「最終確認だよ。まぁ、安心した。俺が言ったら付いて来るとかもし言われたらどうしようかと思ったし」
「私にレッドの邪魔は出来ないよ」


久々に戻って来たグリーンの顔を見て、少しだけ後悔した。
あの頃のグリーンはポケモンの為でもなく自分の為だけに高みを目指していた。その道の先に果たして何が待っているのか、なんて私には分からなかった。何処までも果てしなく続く光の見えない未知の世界、それを感じ取っていたのか恐怖していた。私は見送ることでグリーンの背中を押したんじゃなくて、突き放してしまったんじゃないかって。
だから彼が道を見失った時、居てもたっても居られなくなった。今度こそ、グリーンの背中を見失わないようにしなくちゃ、って。


「グリーンって幸せだと思うよ。ナマエが引き止めてなかったら今のグリーンは無いと思うから。あいつも、それを分かってる。言わないけど」
「でも……その時から、時が止まった」
「……」
「あの時からずっとバトルを見届ける幼馴染になった。また目の前から居なくなるのが怖くて背中を追いかけるだけ。結局、私はあの頃から根っこは何も変わってない」


それが、私がグリーンの隣に立つことを諦めた理由だ。
私は幼馴染としての立場さえも失うのを恐れるあまりに背中を追うだけになった。何年も経てばグリーンにだって彼を精神的に支える彼女が出来てもおかしくない。何時か訪れる終焉に目を閉じ続けてきたけれど、覚悟こそは全く出来ていなかった。


「ナマエって、バカだよね」
「え?あぁ、私のおかず!い、いいけど……というか何で」


今まで黙っていたレッドが顔を上げてじっと見てきたかと思えば、箸を私のお皿に伸ばして残っていたおかずを当たり前のように口に運ぶ。


「グリーンを追ってるんじゃなくて、それじゃあ逃げてるよ」


レッドの言葉が、木霊した。

私がグリーンから逃げてる?それこそ目を閉じてきた事実を突きつけられたようで、思考が停止する。言い返そうにも言い返す言葉が全く見つからなかった。
幼馴染であるという普遍の事実に甘んじて傍に居た。私にはそれしか残されていないと思っていたから。でも、本当にそれしかなかったの?


「幼馴染とはいえ、時が経つのと一緒にその関係だって少なからず変わってくるよ。俺だって、前は聞き流す位で相談に乗るなんてことしなかっただろうし」
「あ……」
「グリーンは良くも悪くも変わりたいって思ってるのに、ナマエが変わろうとしないから二人の時が止まってるんだよ。目を逸らし続けると相手も傷つくし、自分も傷つく。今のナマエ、泣きそうな顔してるから」
「ほんと……レッドには敵わないなぁ……」


無関心に見えて何時だって私を、グリーンを冷静に見つめて迷った時に声を掛けてくれる人。零れそうな涙を止めようと目を擦っていると、膝の上に乗っていたピカチュウが慰めるように手をぺろっと舐めてくれる。

今度は本当に、追いかけてみてもいいのかな。


「グリーンがもしナマエとの縁を切るなんてことしたら、俺もグリーンと縁切るから」
「え、何もそこまで言わなくても」
「無いから断言出来るんだよ。積み重ねてきた関係って、そう簡単になくなるものじゃないから」
「……改めて思うけどレッドって男前だよね。雪山篭りが全部台無しにするけど」


興味なさそうに相槌をするレッドに苦笑いを浮かべる。レッドは他人の評価にまるで興味が無い。特にそれが知らない相手からの物なら耳を傾けさえしない。
こうしてレッドが私の話を聞いてくれて諭してくれるのも、私と彼が築き上げた関係があるからこそだろう。


「ナマエが作った朝食食べたの、グリーンに自慢してくる」
「あ、私も行く!」


――何時もより、目の前に広がる世界が明るく見えたような気がした。


(レッド、お前どこに行ったのかと思えば……あれ、ナマエ?)
(グリーンが起きるの遅いから先にナマエと朝食済ませてきた。ジム戦の準備?)
(お前やっぱ油断なんねぇな。そうそう、予約入ったから。ってことだからナマエも来いよ)
(今日も楽しみにしてるから、格好良く勝ってよ?)
(!勿論そのつもりだけど……今日、機嫌よくないか?)
(さぁねー、レッドのお陰かも)
(は?)
(ナマエ、俺に飛び火するから誤解される言い方止めて)

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