ストライプ
- ナノ -

結局夕飯を食べないまま一時間が経った頃、ポケモンセンターの中で預けていたポケモンを確認していたのだが、外から聞き覚えのある鳴き声が微かに聞こえたような気がしてぴたりと手を止める。
暫く静止していたのだが、同じ声が聞こえなかったからやはり気のせいだったかとパソコンの画面に向き直ったのだが、次の瞬間床と共に身体が揺れた。地震、というよりも何かが落ちたような衝撃で、ポケモンセンターを飛び出すと予想外の珍客が居たものだから愕然とした。


「ナマエと、レッド……?な、何でお前ここに居るんだよ。街には来ないんじゃなかったのかよ」
「ナマエを送りに来た」


そこに居たのは置手紙をして出て行ったナマエと、久々にシロガネ山以外の場所で見るレッド。後ろにレッドのリザードンが居るから先程の振動は着地した時のものだったのだろう。
レッドの横に居るナマエに視線を移すとふい、とわざとらしく逸らされた。…やっぱり、俺に対して怒ってたんだな。それにしたって露骨に敬遠されると沸々と怒りが湧き上がってくる。

俺に怒ってレッドの元に行った事自体が腹立たしい上に、シロガネ山の野生ポケモンは強い為に出入りを制限している位だ。雪山だから吹雪く夜は非常に危険だというのに。悩んで、心配した俺が馬鹿みたいだ。


「こんな夜遅くにシロガネ山なんかに行くな!レッドはともかく、トレーナーじゃないお前が行くのは危険だって分かってんだろ!」
「な、そんなのグリーンには関係な……」
「ナマエ、意地張らない。グリーンは心配してたんだよ」
「……」


レッドに制され、ちらりとグリーンを覗き込むと口調とは対照的に、焦った様な安心した様な悲しそうな、何とも表現し難い表情をしていた。
謝った方が良いというのは分かっているのに、唇が震えて声が出てこない。だって、何て声を掛けたらいいの?理不尽に私がグリーンに対して怒って、心配させて。迷惑を掛けたのは他ならぬ自分だし、罪悪感で埋め尽くされる。


「……ナマエ、先に家に帰ってて」
「え」
「グリーンと話すことあるから」


レッドに背中を押され、彼のピカチュウが案内するかのように自分の先を走り出す。一瞬迷ったものの行って、と再度視線で指示されて小走りで後を追った。ナマエの背中が見えなくなった頃、一息付いてからグリーンに向き直る。


「言わなきゃ、伝わらないよ」
「……何の事だよ。それより、何でお前の所にあいつが行ってたんだ?」
「ナマエ、グリーンに怒ってたでしょ」
「らしいな、……言っておくけど身に覚えはねぇよ」
「あったら本気で性格悪い」


明け透けにものを言うレッドにぴくりと口元が動いた。俺が何のせいで怒らせたのか、自分に非があるなら謝るが理由が一切分からない。レッドの表情は何時も通り無表情に近いもので、長年の付き合い故にその微妙な表情でも感情を読み取る事が他人よりも容易に出来るのだが、今はレッドが何を考えているのか全く分からなかった。


「もし、ナマエが遠くに引っ越したりしたら、どうする?」
「なんだその質問?」
「いいから」
「……全力で引き止める、ってこれ一体どういう」
「そういう事だよ。ナマエも、グリーンに対して同じ事思ってる」


レッドの質問は抽象的過ぎて意味が伝わらない。ナマエが遠くに引っ越そうなんて、俺にとっては最悪の事態だ。勿論阻止するし、引き止められなかったらなんて事は考えたくも無い。
ナマエも、もしも俺が遠くに行く時には同じ様な事を思うという意味だろうか。幼馴染だし、口は多少悪いものの根は友人思いのいい奴だから同じ事を考えても可笑しくはない。レッドの場合でも当てはまるだろ、と思ったけどこいつは元からシロガネ山という離れた所に居るから対象外か。

「ナマエは、引き止める様な子だっけ」

そうだろ、と返しそうになったが咄嗟に言葉を飲み込んだ。あいつは、本当に引き止める様な奴だった?
俺とレッドが旅に出る時も笑顔で見送ってくれた。寂しくて今にも泣き出しそうだったのを堪えて俺達の為に自分の感情を押し込めていた。何時も人の目標を応援し優先させてくれるから、引き止めるような奴じゃないんだ。そんなナマエが俺と同じ事を思っているって、あれ、何かおかしくねぇか。


「けどお前今なんて言った?」
「ナマエも成長してるって事だよ」
「……レッドって言葉が足りないよな。何言いたいのか今一分かんねぇよ」
「必要な分は言ってると思う、……あ、グリーンに電話」


グリーンから聞こえてきたポケギアの着信音に反応して声を上げるレッドのマイペースぶりにグリーンは溜息をつきながらもポケギアを取り出して画面を見ると、ナマエの名前が書かれていたものだから無意識の内に動揺してしまう。


「ナマエ?」
「あの……グリーン、まだ夕食食べてないと思ったから作り直すし今からレッドとどうかなと思って、それと、今日はごめん、じゃ、じゃあ待ってるから!」
「あ、おい!……切れた」


つっかえながらも一息で言い切り、そのまま言い逃げするように通話を切られて呆然とするしかなかった。ちらりとレッドに視線を移すと、こうなる事を予想していたかのように小さく笑みを浮かべていた。
何だか癪に障ってレッドを軽く小突くと、表情にこそは目立って表れていないが嫌そうにしたような気がする。


「別に、俺が居てもいいでしょ。グリーンは何時も食べてるんだし」
「……お前、確信犯か?」
「さぁ。仲直り、出来てよかったね」
「まぁな、……というか何であいつが怒ってたのかまだ知らねぇんだよなぁ…」
「グリーンが女子に人気だから、じゃない?」
「は?」


何だその理由、と突っ込む前にレッドはリザードンと共にナマエの家に向かって歩き出す。こいつは鈍いと言うよりも言葉が足りなさ過ぎて何を言いたいのか長年幼馴染をやっている俺でも分からない事が多々ある。

ジムリーダーやってるんだし人気があっても可笑しくはないだろと自画自賛しつつもそういえば今日告白されたなぁ、なんてぼんやり思い出す。男は女の涙に弱いと言うけれど、それは対象に愛情がある場合なだけだろう。断った時の傷ついたような相手の反応に正直罪悪感など芽生えなかったし、むしろナマエに対しての罪悪感しかなかった。
ナマエが誰かに告白されてる所なんて見た日は、俺どうなるんだろうな。八つ当たりとかしなきゃいいけど。


「……まさか……いや、まさかな」


一瞬、もしやナマエに見られていたのではないかと思ったが直ぐに振り払う。自分の都合に良過ぎる解釈に我ながら呆れる。そんな良い話ある訳ないだろ。

それが原因で怒っていたのなら、俺、自惚れそうだしな。

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