ストライプ
- ナノ -

「この先もずっと見ていきたい、って今聞いたら殺し文句じゃない?」
「だよなぁ……あの頃の可愛げは何処行ったのか聞きてぇよ」
「あんたが貶してどーすんのよ」


目の前で溜息を吐きながら幼馴染の暴言を吐く男に、こうして話に付き合わせられて早二時間が経っている。
毎度ながら思うが、仕事をしなさいよ、仕事を。彼と同じ立場であるハナダジムのジムリーダー、カスミはグリーンに冷たい視線を送りながらストローを咥えて飲み物を口に含む。

自分が暇で、そして誰かに惚気話の類を聞かせたい時はこうしてカスミの所に行くのがグリーンの癖になっていた。面倒に思いながらも何だかんだカスミは話を聞いて助言する事も多く、グリーンとナマエ、二人の想いを知っている数少ない彼らの友人だった。


「でも、今もあんたのバトル見てんでしょ?それだけでもいいじゃない」
「……まぁな」
「口元隠してるけど全然意味ないわよ」
「うっせ、要らない事言うなよ」


態度こそは捻くれているが、直ぐに表情に表れる辺り素直な人間だ。その素直さを当本人にも向ければいいものを、そんなに簡単にいけば何年も平行線を辿っていないのだが。


「でも、そろそろ動かなきゃ流石にまずいんじゃないの?もう何歳だと思ってんのよ、ナマエにだって彼氏の一人や二人や三人位居ても可笑しくないからね」
「何でそんなに多いんだよ。……だよなぁ、大丈夫だと思いたいとこだけど、余裕ねぇんだよなぁ」
「あーら、女性選り取り見取りの人気ジムリーダーさんの台詞とは思えないわねー」
「……んなもんどうだっていいんだよ」
「……あんたって妙に真面目よね」


もうグリーンとも長い付き合いになるが、感心してしまう位に彼は本当に一途で真面目だ。普段の態度ではタケシの方が真面目だが、女性に対する反応はグリーンの方が格段と上を行く。
容姿や経歴、現在の地位から格好良いと騒がれているグリーンだけど、蓋を開ければただのへたれよ。もう何年も片想いして、だからと言って特に行動を起こすわけでもなく。見守っているこっちが痺れを切らすような関係を保ち続けている男なのだとファンに言ってやりたいくらいだ。

まぁ、それはグリーンだけじゃない、か。


「ナマエから好きな人が居るってのは聞いてないんだよな?」
「聞いてないわよ、そんな心配するならとっとと告白でもしなさいよー」
「っ、ざっけんな!」


顔を赤く染めて反論してくるグリーンは本当に馬鹿だと思う。あんた、ナマエの気持ち考えたことあるの?いや、お互い深読みし過ぎて何時までも足踏みしてるんだったっけ。
ほんと、二人とも馬鹿なんだから。


カスミに半ば追い出される形でハナダジムを出て、仕方なくトキワジムへ帰る。聞いてくれるのはいいが、対応が雑なのが少々問題だ。かといって、俺とナマエのことを知っていて話を聞いてくれそうな人は他にはいない。居てもからかいそうな奴らばかりだ。(心当たりある一人は雪山に籠もってるし)
帰った所でジムトレーナーに突っ込まれるだけ。普段からジムに居てくださいよ、だとかポケギアに出てくださいよとかそんな内容。

(やっぱ帰って来るんじゃなかったな……)

そう強く思わざるを得ない。
表情にこそは出さないが、非常に後悔していた。ポケモンセンターに寄ってからトキワジムに向かおうとしていたのだが、声を掛けられて足を止めるしかなかった。
声を掛けてきたのは以前もちらりと見かけたような気がしなくもない女子。ただ一人ではないようで、建物の影に数人見える。


「前からずっとグリーンさんのバトルをよく見に行ってて」

「あぁ、サンキューな」

「いつも影から応援する位しか出来なかったんですけど、」


礼を言うものの、正直言って顔を覚えていないレベルだ。こういう女子の扱いには慣れているのだが、個人的にあまり来てほしくない場面だった。


タマムシシティから帰って来て家に帰る前にジムに寄ってみたのだが、当然のようにグリーンは居なかった。ジムリーダーがこんなんでいいのかと本当に思う。ポケギアに電話を掛けた所で出る確率は二回に一回位だし。
夕飯食いに行くと一方的に朝電話を貰ったのだが、無視して放って置いていいだろうか。普段仕事をジムトレーナーに任せて食事も幼馴染に頼るなんて、グリーンは外出が好きなただのニートだ。トレーナーっていうだけで職業なのかもしれないけど。(だとしたらレッドは働いてるって事になるのかな)

荷物を部屋に置いてからリビングの冷蔵庫を確認したのだが、あまりの物のなさに悲しくなった。この冷蔵庫の中身では夕食に玉子焼き位しか作れない。溜息を一つ吐き、財布を入れた鞄を持って家を出る。

少し、少しだけ時間がずれたら、良かっただけなのに。
店に行く途中に通ったポケモンセンター、そこから少し遠くに離れた所に見覚えのある人影が見えたものだから足を止める。ただ、一人ではなかった。

「あれ、グリーン?それと……」

グリーンと同い年位の女子を見つけた途端、咄嗟にポケモンセンターの建物の影に隠れてしまった。
疾しい事は何一つしていないのに、見付からないように隠れるなんてまるで自分が悪い事をしたようだ。関係ないのだから他人行儀のような態度を取り無視して堂々とすればいいだけの話だというのに、生憎そんな度胸は持ち合わせていなかった。

女の子の顔が僅かながら赤く染まっており、遠くから見ても恥ずかしそうにしているのが分かる辺り、グリーンに憧れている子なのだろう。憧れと言えば聞こえはいいが、どこからどう見てもグリーンに好意を持っているようにしか見えない。肩書きといい容姿といい、人を惹き付けるものがあり過ぎる。ここではあえて性格を惹き付ける要素に入れないでおこう。

「あんな男の、どこがいいの……」

仕事はさぼるわ、自分勝手に動く所が多いわ、それからそれから。
幼い頃から知っているせいか、欠点なんて両手の指では足りないくらい挙げられる。だからグリーンの事なんて気にしなくて良いのに、何でこの場から動けないんだろう。何で胸が締め付けられる程、動揺しているのだろう。


「いつも影から応援する位しか出来なかったんですけど、でも、伝えたくて」
「……」
「付き合ってください」
「っ……!」


近くは無かったから途切れ途切れでしか聞こえなかったが、最後の言葉はしっかりと耳に届いた。聞いた瞬間、反射的にその場から駆け出した。
どくんどくんと嫌な心音が体中を駆け巡り、どうしようもなく動揺している自分がいる。馬鹿、何で逃げ出してるの、私には関係ないでしょう、そう自問自答を繰り返すのだが動機は収まらない。

そうだよ、グリーンなら彼女をそろそろ作ってもおかしくない。むしろ今まで居なかったのがおかしいのだから。当たり前だと思ってたこの関係が、過ごして来た日々が、崩れる日が何時かは来るんだ。
そう気づいた時、残ったのは寂しさだけだった。


「よ、お前ら頑張ってるか」
「グリーンさんが言うことですか、それ」


トキワジムの中に入ると、トレーナー達は何時も通りの声を掛けてくる。ジムトレーナーは挑戦者の予約が入らない限り、トレーナー同士でバトルをしている事が多く、今も丁度二人がバトルをしている最中だった。
他人事のように頑張ってるなぁ、と呟くと隣にいたトレーナーが悪い顔をして俺をにやつきながら見ていた。


「何だよ、気持ち悪いな」
「気持ち悪いはないでしょう、それよりさっき見ましたよ。相変わらずもてるんですね〜グリーンさん」
「まぁ、そりゃ俺だし?」
「そこで調子乗んないでくださいって、……まぁ、どんな回答したかは大体予想つきますけどね」


その続きこそは言われなかったが、彼が何を言いたいのか察し付いたグリーンは気まずそうに頬をかいた。
確かに、その通りだ。さっきの女子にも何時もと同じ返事をした。
悪いけど付き合うことはできない、と。断る理由は一つしかない、もう既に好きな人が居るからだ。いや、それは言わないけどな。


「来て早々悪ぃけど、夕方からまたここ出なくちゃいけねぇんだよ。ジムの戸締りは頼んだぜ」
「一体何の用があるっていうんですか……」
「夕飯を食いに行くんだよ、ナマエの家に」


さも当たり前のようにさらりと言うグリーンに青年が疑問符を浮かべたのも無理はない。ナマエの事に関しては億劫だというのに、夕飯食べに行くのは恥ずかしくないのか。食事を作ってもらう方が余程恥ずかしい事のように思えるのだが。
こういう所だけを聞くと付き合っているように聞こえるのにな、という心の呟きはグリーンに届くわけがなかった。

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