ストライプ
- ナノ -

ナマエへの恋愛感情を認めてからもう大分経つ。
俺とレッドが旅立つ時にじいさん、もといオーキド博士と一緒にナマエは笑顔で見送ってくれた。ナマエは笑っていたけれど、当時十歳で幼馴染二人が同時に居なくなることは寂しかったのだろう。
後に、あの時のナマエは涙を堪えていたのだとじいさんに聞いた。この頃はまだ子供だったし、ナマエに大して特別な感情を抱いていなかった。

ただあるのは、最強のトレーナーになるという目標。
相性や強さを求めて躍起になっていたから、レッドが一番大事にしていた愛情や信頼というものを失っていた。だから、あいつに負けた。
今ならそれを理解できるが、当時は認めたくなかったものだ。やってきた事全てを否定されたようで、何も手につかなかった。

マサラタウンに帰る前に寄ったトキワシティ、そこで偶然ナマエに会った。旅をしていた一年の間に彼女はトキワシティに引っ越していたらしく、自分の顔を見て驚いているようだった。
勿論、一年ぶりだという理由もあるが、恐らくリーグでの出来事をじいさんに既に聞いていたのだろう。そう考えると悔しくて。そして何より天邪鬼な性格ゆえに、一言目にただいま、という言葉が出てこなかった。


「じーさんから聞いたのかよ、リーグの話」
「……、うん」
「……なんだよ、お前も馬鹿にしてんだろ!?」


こんなの八つ当たりだ。
違う違う、もっと別なことを言わなければいけないのに。

けれど、ナマエは何も言わずに手を伸ばしてきた。そしてその手を頭に乗せて数回撫でると笑みを浮かべ、おかえり、と一言だけ言った。予想外の言葉に、次に言おうとしていた憤りのない不満ややるせなさが瞬時に消えうせた。
こんなにも理不尽にナマエに対して怒りをぶちまけているのに、どうしてナマエは怒らない?どうして何も聞かない?

どうして、そんなに泣きそうな顔をしてるんだ。

ナマエはその一言を言っただけで、他に何も言わなかった。帰って来てくれて嬉しいだとか、残念だったねとか、よく頑張ったよだとか。
何も言ってくれないことが逆に何よりも有り難かった。全てにおいて考えが否定的になっている今、下手な慰めは哀れみを含んだ気遣えなのだと捉えてしまうから。
自分の未熟さを痛感すると共に、ナマエに対する感謝の念に満たされる。こんな風に接してくれる人は他に居ないんだろうな。その人の重要さをこの時やっと、初めて知った。


――本当は、グリーンが帰って来てくれてすごく嬉しかった。
レッドもグリーンも旅に出てしまって寂しかったし、二人が頑張っていたのを知っていたから余計に会いたかった。

でも、言えるわけない。
久々に会ったグリーンの表情を見て、幼いながら直感的にそう思ったから何も言わなかった。沢山言いたいことはあったけれど、おかえりというたった一言に思いを込めた。いや、本当の理由はそれしか言えなかっただけ。それ以上喋ると、泣き出してしまいそうだったから。

「グリーン!……あれ?」

トキワシティからマサラタウンにあるグリーンの家に訪ねると、彼の姿はなかった。ここ数日家に居たから今日もいると思ったのに。トキワシティから折角遊びに来たのに、と思いつつ二階に上がると綺麗な部屋が広がっている。
それも当然、ここ一年使っていなかったのだから。

ふと視線を机に移した時、折りたたんだ跡のついている紙が見えた。何となく気になって近づきその紙に書かれているものを見た瞬間、固まってしまった。

それは、グリーンに宛てられた四天王の推薦状と言っても過言ではなかった。


「グリーン君に四天王の一角を担ってほしい…?詳しい話は会って話そう……なにこれ……」


いったい、どうして?

混乱のあまり、訳が分からなくなる。疑問が疑問を呼び、螺旋のように頭の中で渦巻いている。
確かにグリーンは肩書きで言うならば元チャンピオンだし、四天王になる資格は十二分にある。でも、だからって、そんな。
私でこんなに混乱しているのなら、グリーンはこれを見たときにどう思ったんだろう。グリーンが一番整理ついていないのに、こんな話を持ち出されたら。

手紙が入っていたらしき封筒の裏には差出人の名前が書かれていた。

「ワタル……?」

この人が差出人、なのだろう。
元チャンピオン、現在四天王の一人であるドラゴン使いのワタル。顔は知っているけれど、当然会ったことは一度もない。

手紙を手に取り、グリーンの家を飛び出した。どうしたら、このワタルという人に会える?私はバッジを持っていないからリーグに入ることは出来ないし、どうすれば直接会うことが出来るのだろう?
本人の問題だというのは分かってる、けど、グリーンはまだ完全に立ち直れていない。それどころか今は目標さえ見失っているのだというのに。

――余計なお節介なのかもしれないけれど、私には今のグリーンを放って置くことなんて出来なかった。


「グリーン、調子はどう?」
「ん?勿論好調だよ。バトル終わった後、俺が格好よすぎて惚れんなよ」
「あはは、そんな訳あるか」


グリーンから連絡を受けた次の日、トキワジムに行くと朝早くからポケモン達の調整をしていた。普段は確かにジムに居ないことが多いけれど、バトルに対する熱意は人一倍強い。バトルの申し込みが入ると、嬉しそうな顔をしているから。

冗談を冷たい視線を送りながら軽く受け流し、彼の横に佇むピジョットを撫でる。気持ち良さそうに目を細めるピジョットは彼の長年のパートナーだ。


「でも、さ」
「何だよ」
「バトル、期待してる。自分から言ったんだから格好良く勝ってよ?」
「……、任せとけ」


その返事を聞いて頷き、二階の観客席へと向かう。

確かに、ジムリーダーとしてやって来る挑戦者を迎えるグリーンは何時も以上に頼りがいあるように見える。カントーのジムリーダー最強を誇っているだけあって、グリーンは滅多に負けない。
ジムの難易度的に問題あるのではと思ったこともあるけれど、グリーン曰く、俺以上の実力がなかったら四天王、そして何よりチャンピオンに挑む資格はないそうだ。

何時も気恥ずかしくて適当にしか言えないけど本当は凄く応援してるだなんて、グリーンに知られたらそれこそ恥ずかしくて顔をあわせられないんだろうな。

ジム戦が終わったと同時に一階に下りると振り返ったグリーンと視線が合い、すかさずさっきのバトルはどうだった?と聞かれる。
どうだったも何も、完璧な勝ちだった。実力は勿論のこと、パーティを考えての技の構成や作戦も完璧だった。


「普段は調子に乗るからあまり褒めたくないけど、でも今日のバトルは凄く良かったよ」
「調子に乗るからってなぁ……。ま、満足してもらえたなら良かったよ、……」
「グリーン?」
「いや、ちょっと前のこと思い出してな。お前のお陰でジムリーダーやってて、それで毎回いいバトルを見せようって言った時があったって」
「そんなこともあったね……というより、私が勝手に言ったんだよね」


偶然、グリーンと会うためにリーグの外へ出ていたワタルと会った時、初対面にも関わらず彼を引き止めた。
私は幼い子供、ワタルはまだ若かったが大人だ。話しかけるだけでも緊張したし、彼を説得するのにも緊張すると同時に怯えていた。

レッドがチャンピオンになったのにも関わらず、それを断ってまたどこかへ旅に行ってしまったことをワタルから聞いて初めて知った。オーキド博士からもグリーンからもその話を聞いていなかったから、彼らが隠していたのかあるいはまだ知らないのか。

(でも、レッドのお母さんは知らなかったはず……)


「だから、グリーン君にはチャンピオンを務めてもらいたいと思ってる。このままチャンピオンの座を空けておくわけにはいかなからな」
「どうして……どうしてグリーンじゃなきゃいけないんですか……?」
「彼にはその権利があるんだよ。レッド君が居なくなった今、チャンピオンの座に着くのはグリーン君になる」


ワタルの言っていることは全て筋に通っている。
レッドが居なくなってしまったとなると、前のチャンピオンがまた引き継ぐことになる。だからワタルは手紙を出して、こうしてグリーンに会いに行こうとしているのに。
なのに、私は認めたくなかった。


「でも……そんなことしたらグリーンは何時までも、負けたチャンピオンって思い続ける!私がグリーンのことについてあれこれ言うのはおかしいかもしれないけど……でも、止めずに入られません!」
「……、君は、彼のことを本当に考えているんだね。人の成長の仕方は一人一人違うし、壁にぶつかる程頑張る人も居れば足を止めてしまう人も居る。自力で解決出来ない時、大切なのは自分の周りだ。……グリーン君にとって君は、良い出会いをした一人なんだろう」
「私が、グリーンにとって……?」
「他人で、自分の事を真剣に考えて行動してくれる人は実際少ないものだよ。……俺はこの後グリーン君に話に行くけど、君はどうしてほしい?」
「私は……ワタルさん、……グリーンが決めるまで待ってくれませんか?それで、グリーンが出した結論を何時かになるかは分からないですけど、聞いてほしいんです」
「分かった」


ワタルはゆっくり頷き、そしてぐしゃりと大きな手で頭を撫でてきた。あんな手紙を送ってきたからこの人に対して警戒心を抱いていたのに、今は安心感さえ覚えている。
誤解していたけど、ワタルさんは尊敬するような大人だ。

翌日、私からグリーンの家に行こうとしていたのだが予想外に彼から来た。ワタルと話をして、彼も色々と考えていたのだろう。そういえばワタルさんは、私が彼に話に行ったことをグリーンに伝えたのかな。
表に出て一緒に歩いていると暫く、今まで口を閉ざしていたグリーンがぽつりぽつりと話し始めた。


「俺が四天王に誘われてることは、もう知ってるんだよな?手紙なくなってたから」
「……うん」
「四天王ってのは表向きで、チャンピオンの誘いの話だった。答えられなくてさ、迷ってたらワタルが悩んでからやりたいことをやればいいって言ったんだよ。後悔しない選択をしてもらいたいって」
「……うん」
「……俺、今何したいんだろうなー」


自嘲気味に笑うグリーンは思い悩んでいるようで、その笑みはどこか力無かった。今にも崩れそうな、そんな顔を、もう見たくない。


「グリーン。私、グリーンのバトルが見たい」
「……俺のバトル?」
「私はグリーンのバトルを見たことないから……どんなバトルをするのか、ううん、この先もずっと見ていきたい」
「レッドのじゃ、なくてか?」
「うん」
「……、でも俺がリーグ入ったらお前は見られないよな。だって、バッジ一個も持ってないもんな!見る前に締め出されるぜ」
「う、うるさいなぁ!旅に出てないんだから仕方ないじゃん」
「そう拗ねるなよ」


ちらりと見えたグリーンの横顔は、雲が晴れたような晴れ晴れとしたものだった。


(なぁ、ナマエ)
(なに?)
(絶対に良いバトル見せていくから、ナマエも付き合えよ?)
(何かすっごく偉そー。……でも、付き合うよ)

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