ストライプ
- ナノ -

仕事が終わってデパートを出ると、既に空は赤く色付いていた。ふと視線を下ろすと、広場に珍しい人が居るものだから足を止めてしまった。
このタマムシシティのジムリーダーであるエリカ。黒髪に映える艶やかな花柄の着物、優雅な物腰が特徴的な女性だ。

週二回タマムシシティに来ているが、彼女もジムがあるためそう会う機会などない。何時もグリーンと居る時に会っている気がする。


「エリカさん」
「あら?ナマエさん!お久しぶりですわね。グリーンさんとは一緒ではないんですか?」
「え、わ、私も何時もグリーンと居るわけじゃないですし……」
「そうなんですか?何時も一緒にいらしたイメージがありまして」


ふふ、とエリカは微笑むのだが、どこか含んだような笑みのように感じてナマエ複雑な気分になった。悪戯めいた言い方からして、私とグリーンの仲をからかっているのだろう。
お茶目だというか、色恋沙汰に敏感な辺り女の子らしいというか。


「エリカさんが期待しているようなことは何にもないですよ?というより幼馴染ですからね」
「あら、幼馴染というだけでだめなものなのかしら」


核心を突いてくるエリカに一瞬言葉が詰まった。

恋愛とかそういう関係じゃなくて、私にとって、グリーンにとって、幼馴染。大抵のことは知っているし、性格も十二分に分かっているような相手だからこそ親しみやすい。もはやお互い親友というよりも悪友に近い存在になっている気がする。
グリーンが、そう思ってくれているかは別としてだけど。鬱陶しいとか思われてたら流石に傷つくな、私でも。


「そういえばつい先日行われたデパートのフェスに、グリーンさんがいらしていたそうですわね」
「あぁ、暇だって言って来て直ぐに帰ったんですよ。本当に何がしたかったんだか…多分サボりたかったんでしょうけどね」
「ふふ、私としてはその方がグリーンさんらしいと思いますわ。でも、デパートに来た本当の理由はナマエさんに会いたかったんじゃないかしら」
「まさか、そんな訳ないですよエリカさん!グリーンは女たらしですから」


実際、たらしじゃないことは分かってるけど。
外見のせいでそう見られるだけだ。それは軽い男に見えるというよりも、格好良いからこそ女性に好かれやすいという意味なだけであり、彼はむしろ真面目な部類に入ると思う。見た目と中身のギャップがここまで激しい人はそう居ないだろう。
まぁ旅をしていた頃はキザで軽い部分もあったけれど、今は全くない。あの時はまだ彼も、私も子供だった。

それに、私に会いに来たなんてことがある訳ない。ジムに行かない理由を作るためか、私をからかうために来たか。だって私とグリーンはそういう関係だから。
そんな、希望を持たないって、もう何年も前に心に決めた。


「ナマエさん、今から少しタマムシジムに寄りませんか?美味しいお茶をご馳走したくて……」
「え、い、いいんですか!……あ、ありがたく行かせて頂きます…っ」
「そんなに固くなさらないでも。気を楽にしてください」


ふんわりと笑うエリカさんはやっぱり綺麗だ。


「あ、グリーンさんやっと来た」
「やっと来たってなんだよ……」


トキワジムに顔を出すとジムトレーナーから何時もと同じ反応をされる。あまりジムに居ないからこう言われても仕方がない、というより諦めている。
床の仕掛けの電源は落とされているから上に乗っても勝手に動き出すことはなく、逆に奇妙な感じがする。止まっているエスカレーターを上るのと同系統な違和感だ。


「ジム戦の申し込み来ましたよ、明日に」
「本当か?」


顔を輝かせ、グリーンはへぇと声を漏らした。最近じゃ挑戦者自体減っているものだからバトルの申し込みだけでも嬉しい。その挑戦者が手強ければより嬉しいのだが。
明日は丁度いいことにナマエがトキワシティに居る曜日だ。一応誘ってみるか。

ポケギアに登録されている番号を押すのだが数回コール音が鳴っても反応がなく、恐らくまだ出れない状態なのだろう。
ジム戦くらいしか格好付けられないってのに。思い切り理由が不純だけど、その時くらいしか格好付けられないのは事実だし、ナマエに良いバトルを見せると何年も前に決めた。

そう言いつつ、今の今まで正直な気持ちを言っていない辺りが俺らしくて悲しくなる。見栄っ張りが故に、かと言ってナマエに彼氏が出来ても心から祝福なんて絶対出来ないんだろうな。意地を張っているというのに嫉妬深さだけは立派にある。
それに何より、関係が壊れるのが怖いんだろうな。
あいつが居たらなんて言ってくれるのか、そんな柄にもないことを考えたが、あいつのことだ。ポケモンをこよなく愛するが故に人間関係は乏しく、聞いた所で首を傾げる位な気がする。


「グリーンさんって挑戦者に何時も容赦ないですよね。……本当に流石ですよ」
「それが俺のポリシーだよ、それに折角ジムリーダーやらせてもらえたんだからそこは応えなきゃいけないだろ」
「妙に真面目ですよね、普段は適当なのに」
「……お前な、俺をなんだと思ってんだよ」
「それにジムリーダーやらせてもらえたって何ですか?リーグの推薦だと思ってたんですけど……」


確かに、間違ってはない。
リーグ、というよりも正しくはワタルの推薦で四天王になるという話が持ち上がっていた。けどあの時の俺にとってそんなものはどうでもよかったし、色んなことに自暴自棄になっていた。

立ち直ってジムリーダーになったきっかけを、ナマエは覚えているのか
ぼんやりと考え、ポケットからポケギアを再び取り出して番号を押した。


(もしもし、グリーン?)
(もうバイト終わったのか?)
(終わってたんだけどエリカさんとお茶してて。急用?)
(明日ジム戦あるんだよ、来るか……っていうか来いよー)
(はいはい、分かったからちゃんと勝って下さいよー)

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