リベラ
- ナノ -

マーメイドブルーの気紛れ


午前中、トレインに命じられていた物を朝からチェックしていたミアはドライバーやライトなどの小道具をポシェットに入れ込んで校舎の中を回っていた。
学校に通って居た頃、難度の高い複雑なものの点検や修理を任されていたが、この学園においては一から信頼を築かなければいけないことを重々理解していた。

クルーウェルの言っていた「郷に入っては郷に従え」とはまさにこういうことだろうとミアは解釈し、普通に真面目に実習に取り組んでいた。
同級生には「男子校に行くなら出会いも沢山あるじゃん」なんて言われて送り出されたのだが、ミアの主な感心は『一年という短い期間でNRCにある様々な魔法道具に触れられるのだろうか』という心配と期待だった。
つまらないだとか勿体ないと言われても、ミアとしては祖父の威信もかかっているのだと必死なのだ。
もう少し肩の力を抜いた方がいいのかもしれないと自覚はしていたが、結果を出すまでは。そんな風に真面目に考えていた。


「うん、午前中までにやりたいことは終わった……!」

授業の終わりを知らせる鐘が鳴り、ミアは小走りで作業室へと戻りながら次の授業が移動教室らしい生徒達が教室から出て来たのを眺めていたのだが。
見覚えのある生徒がその中に居て、足を止めた。高身長にターコイズの髪。白衣を着ていて、何時もはブレザー等のボタンが開いているが、今日はしっかりと白衣のボタンまで閉じられている。

「こんにちは、フロイドく……、あれ?」

声をかけて、顔をまじまじと見た所で気付く。
非常によく似ているけれど、別人のような気がすると。しかし、世の中こんなに似ている人が居るだろうかという疑問を同時に抱く。


「人違いをされているようですが、僕はジェイド・リーチです。フロイドは僕の兄弟ですね」
「そうでしたか!なるほど、だから顔が似てるんですね。人違いしてごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。貴方は先日から新しく来たという実習生の方でしょうか?見かけない女性を校舎内で見かけたという話を耳にしていたので」
「そうですそうです!実習に来ている魔法具技師でして」


フロイド・リーチの兄弟であるというジェイド・リーチ。
彼と何回か話してはいるとはいえ、実際の所兄弟が居るだとか、どの寮に所属しているのかだとか。そういった詳しい話は聞いていなかった。
イシダイせんせーの宿題量多くてマジつらい、だとか、今日はバスケの練習あるんだとか、そういった話をフロイドは一方的にミアに気まぐれに話していた。

その物腰や口調、それから立ち姿までフロイドとジェイドでは兄弟と言えどもかなり違っていることに、声をかけてから気付かされる。


「フロイドとは親しいんですか?」
「……あれは親しいって言うんでしょうか……気紛れに遊びに来てくれて、色んな話をした後にすっと帰っていくので聞いてる時の反応がもしかしたらつまらないのかもしれないです」
「いえ、フロイドの気まぐれはいつものことなのでその点は気にしないでください。それでも通っていると言うなら、多分気に入って居るんだと思います」
「そうなんですね……?たまに作業に没頭しちゃうからどうなのかなと思って。あっ、次、移動教室なのに時間取らせちゃってごめんなさい」
「いいえ、それではまた」


ジェイドに頭を下げてぱたぱたと作業室に向かって走っていくミアの後姿を見送ったジェイドは、笑みを浮かべる。

「……フロイドが興味を示しているのは彼女ですか」

数日前からフロイドがアズールから借りているアンティークのコンパスが上向きに針を刺しているとは思っていたが、兄弟ゆえに何となくフロイドが関心を向けた先が直感で分かったのだ。
メインストリートでコンパスを開いていた時の角度から考えて、ミアが使っているという作業室の可能性が高かった。

見た印象からこれは断言出来たが、善人だ。ただ、フロイドの気紛れな様子はともかく、不機嫌になる様を見ていないのはミアが鬱陶しくないタイプの女性なのだろうと予想はついた。

「フロイドが話し続けても突然帰ってもあまり気にとめてない所は、寧ろ上手くいってる要素なのかもしれませんが」

いちいち反応を示してくれるリドルにちょっかいを出すのは好きらしいが、反応もまちまちな彼女に話しか続けているというのは、フロイドにとって楽しい時間にあたるのは間違いなかった。


──ミアにとって、ナイトレイブンカレッジのご飯は一つの楽しみだ。
集中力を使う反動か、同世代の女子に比べてよく食べる方だと自覚しているミアからしたら、男子校のご飯の量は丁度良かった。
しかし、お昼を知らせるチャイムが鳴っても、ミアが食堂へと向かうのはその30分後。生徒の第一波が居なくなるのを待ってから食事をとるようにしていた。
あくまでも生徒優先で。食堂の人の提供時間外に行かないように。

チャイムが鳴ったのを聞いて、人の波に飲まれないようにと小走りで作業室へと向かっていたミアだったが。
授業が終わったと同時に出てきた二年生の生徒三人に囲まれていた。ミアの記憶に間違いなければ一度も会話をしたことの無いはずの生徒だ。


その様子をたまたま目撃した生徒が居る。授業が終わった瞬間に、兄弟のいるクラスに行く為にややフライング気味で出てきた生徒だった。


「ねぇねぇどうしてこの学園に来たのお姉さん」
「え?えぇ、私、実習で魔法具技師として来ていまして。他学校の四年生です」
「へぇ、じゃあ歳的には俺たちの先輩じゃん」
「あはは、そうなるね」


──教室出た瞬間、マジで気に食わねぇもん見た。何でアイツらのこと邪魔だって遠ざけねぇの?
コツメちゃんと、それに群がる男連中。
ぜってー、口説こうとしてるのに、本人集団に囲まれて普通に話してるし。
コツメちゃん、頭弱いの?

苛々がどんどん溜まっていって、足先が上下に忙しなく動いて、トントンと早いリズムを刻む。
コツメちゃんは絡まれれば別に誰でもいいんだ。そう思うと更に面白くなくて、思わず絞め殺したくもなる。

「あっれ」

ちょっと困ったような顔が一瞬見えた気がした。
なぁんだ、やっぱりちょっと絡まれてること自覚して困ってたんじゃん。もっとあからさまに態度に出すかどけよくらい言えばいいのに。
心の中で散々言いながらも、コツメちゃんに助け舟を出すために食堂とは真逆の方向の廊下を大股で歩く。オレ優しいし。


「コツメちゃん、この後オレとご飯行く予定だったのに、こーんな所でなにしてんのぉ?」
「げっ、ふ、フロイド……!」
「フロイドくん。えっと、まだ荷物を作業室にしまいに行けていなくて」
「それなら一緒に運びま──」
「なに?」
「っ!」
「あは、オレが先約してんの。すっこんでろよ。……でもまぁ、気分良いからいいやぁ」


締めないでおいてあげる、そんな言葉を言う前に察したらしい連中が小魚の群れが散る時みたいにそこから居なくなる。
アイツらの顔覚えておこ。
振り返ってコツメちゃんを確認すると、「ありがとう、フロイド君……」と言いながらも呆然としてぱちぱち瞬いて驚いてた。


「コツメちゃん、オレに貸し一個ね」
「えぇ!?」
「借りたものはちゃんと返さないとダメだよ。こんなん、稚魚でも知ってる常識だからね」
「ち、稚魚……?」


甘い声で強固な罠を仕掛けて。貸しをコツメちゃんに作っておく。
一体どんなものを返してくれるんだろうなぁ、なんて思いながらすぐに取り立ててないのはオレの優しさだ。うんうん唸ってお返しを考えようとするのを見るのも楽しそうじゃん。


「ほんとに飯はどうしてんの?」
「私、学生の皆さんと少し時間をずらして行ってて。少しって言っても30分くらいだけど……だからフロイド君は早く行かないとメニューが」
「オレ、命令されんのとか、我慢すんのとか超嫌いなんだよね〜」
「えっ、と……?」
「でも、今はオレ機嫌がいいから、待ってあげんね。今度は絶対連れてくからぁ」


今日はジェイドもアズールも居るから、説明が面倒臭い。
すぐに跳ね除ければいいのにうだうだアイツらの話に付き合ってたのは理解出来ないけど、声掛けた瞬間にほっとした顔で名前を呼ばれたから機嫌がいいのは本当だ。そうじゃなかったら「ありえねー」って罵倒してたかもしれない。

廊下での一連の流れで時間が過ぎて、教室から他の生徒も大量に出て来る。
人の波にのまれないようにとコツメちゃんは慌てて駆け出す。「フロイドくんありがとうね、ご飯いってらっしゃいー午後の授業ちゃんと受けてね」と言い残して。

──コツメちゃんさ、怖いもの知らずというか、オレを後輩に接する時みたいなこと言うよね。


今日のメニューはBランチ。ジェイドとたまたま同じメニュー。
アズールは学園長に呼び出されてるとかで少し遅れてくるらしいけど、何時も相変わらずカロリーだとかなんだとかを気にして頼んでる。ぷにぷに太ってた頃のことまだ気にしてんだ。
ジェイドはフォークで刺した肉を頬張りながら、オレを見て機嫌が良さそうに笑う。


「フロイド、噂の魔法具技師の方に会いました。どうやら僕をフロイドと間違えかけて声をかけたようでしたよ」
「ジェイドと間違えてんの?コツメちゃん、見る目ねぇ〜」
「まぁまぁ、声をかけられたのは後ろからでしたし。しかし……」


ジェイドが楽しそうに笑ってる時は大抵本当にオレと気が合う時と、オレにとっても碌なことじゃない時の二択だ。
コツメちゃんにジェイドが会ったのは意外だったけど、間違われるのは何回か話に行ってるのに区別が付いてないって確かにちょっと面白くない。つーか、すげぇイヤ。


「いえ、そんなにフロイドと見分けがつかなかったのが悔しかったですか?随分と気に入ってるんですね」
「コツメちゃんは新しい遊び相手だけど、飽きたらポイッとするし」
「……、そうですか」


ちょっとした気まぐれと戯れ。
コツメちゃんと話してて割と楽しいから今は話しかけに行ってる。でも飽きるその時までだ。

何となく、フロイドはポケットに入っていた探し物のコンパスを取り出して蓋を開くと、針は東方向を向いてる。
それはミア・ブラックストンの居る作業室の方角だった。


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