リベラ
- ナノ -

マドンナブルーの変化


──ぐるぐるとかき混ぜられる感情。
他人に影響を与えられて調子を乱されるなんて有り得ないと思っていた。ジェイドとアズール以外は玩具で、楽しかったら遊ぶしそうじゃなかったら、飽きてポイ。
それで何が悪いのかも分からないし、俺の気分がころころ海のように変わるのだって当たり前のことだ。

興味のままに人の足を得て人間の住む陸へと上がって、誰かを好きになるなんて。
海の魔女が契約を持ちかけた王族の姫と同じ状況。
コツメちゃんをどうしたいんだろうかと考えた時、大まかに二択になるだろう。
海に連れていきたい?それとも、陸に居たまま。

「あ〜……一緒に居てぇや」

オレだけ見て、笑って、甘やかしてもらって、逆に甘やかしてみて。それで好きだと言ってくれて。
その理想は自分で予想していたよりも、優しい時間であることに、オレ、チョ〜優しいじゃんって自画自賛する。
しかし、コツメちゃんがオレのことを一体どんな風に思っているんだろうとふと冷静になって考えてみる。
授業中でも放課後でも、部屋にいつ遊びに行っても邪魔だとは言われないし、他のやつと話している時に髪の毛をいじっていても邪険にはされない。
オレが遊びに行こうと行かないと、もっと来て欲しいなんて縛るようなことも言わない。その代わり、オレとの時間がコツメちゃんにとって特別なのかどうかも分からない。

むしろ普段、オレよりもオンボロ寮の監督生である小エビちゃんやアザラシくんと一緒にいる時間の方が多いだろう。
──もしかして、現時点で脈なしなのではないか。そんな結論に至ったものの、今好かれているかどうかは関係ない。最終的にオレのこと好きになって貰えばいいだけで。
ここ数日、自覚した感情で機嫌に波があることに気付いてたらしいジェイドがモストロ・ラウンジの机に突っ伏したオレを見ながらくすくすと笑っていた。


「おやおや、フロイド。飽きたらポイっとする、なんて言っていたのに」
「うっせ、ジェイド。ねーなんでコツメちゃんあんだけやっても気付かねーの?こんな通ってんのに?」
「それはフロイドが気まぐれで構ってきているだけだと思っているからではないですか?」
「えー酷くね?気まぐれだったら、あんなに行かねーし」


根底として興味が起源の波に左右されない程度になければ、日課のようにあれほどまでに通うことはしない。
突っ伏していた顔をあげて、ソファにもたれかかって「あー……」と声をこぼすオレに、ジェイドはまた笑うのかと思ったけど。
チラリと視線を横に移してジェイドの顔を覗いてみると驚いた顔をしてた。そんなにオレが普通に誰かを好きになって、独り占めしたいなんて思ってるのが意外なのか。
──意外に決まってるか。今思えばこれは初恋だ。それに、オレが今欲しいから今強引に自分のものにすればいいという普段通りの行動をする訳ではなく、こうやって一応真面目に考えているから。


「しかし、ミアさんの何処に惹かれたんですか?リドルさんのようにからかって楽しいというタイプでもないでしょうし」
「んーコツメちゃん、たまに話聞いてるんだか聞いてないんだかわかんない時あるけど」


どういう所に惹かれたかと問われると、いまいち明確な答えが分かんなかった。
感覚的に、直感的に好きだと思った。逆を言えば、嫌いだとか飽きるような言動がコツメちゃんに感じられなかったから、時間を忘れて一緒にいられた。
それはオレにとっては特別に値する基準だった。
フロイド君、そうやって浅瀬に差し込む光のような笑顔で出迎えてくれる時間が楽しい。真剣な顔をして細かい作業に没頭しながらも邪険にせず、自分を空間の一部として認識してくれているのも居心地がいい。
そして。
その時間を、誰か他の男が堪能しているかもしれないというのはムカつく。その一言に尽きた。


「ふふ、彼女に依頼をしようとしている生徒は何もフロイドだけではないというか。寧ろかなりの人数が下心があるにせよ無いにせよ、彼女に声をかけていますからね‘」
「……は?喧嘩売ってんのジェイド」
「いえ。そんな中でも、作業室に入り浸れているのは貴方くらいですよ」


廊下では下心を持って声をかける生徒も居るけど、コツメちゃんの作業室は不可侵の領域。
職人の、作業に没頭するための特別な、神聖な領域。わざわざ実習のために遠く離れたNRCにまでやって来て真剣に作業に当たっている所を邪魔するわけにはいかないと思っているのか、確かにオレ以外はコツメちゃんの作業中に立ち入っている生徒は見たことない。


「ジェイドー」
「なんですか、フロイド」
「明日もオレ、早めに寮出るからアズールと行ってよ」
「やれやれ、わかりました。寮に来ても嫌がられていないのなら、僥倖ですね」


コツメちゃんにとって少しでもオレが特別という枠に入っているんだったら。
その領域を広げればいいだけじゃん。オレは、気が長く無いから。


──翌日、ジェイドよりも早めに寮を出て来たその足で、メインストリートとは逆の方向にあるオンボロ寮に向かう。
ジェイドが言っていた通り、コツメちゃんがもしも他にも誰かと登校することがあるとしたら、小エビちゃんくらいだ。
それだけは不思議と許せるけど、他の生徒はヤダ。コツメちゃんが誰か他の男と笑って幸せになるなんて、そんな面白くない話は見たくもない。

オンボロ寮の玄関の扉をトントンと叩くと、今日も小エビちゃんが顔を見せるのかなと思ったけど、中から「はーい」と聞こえてきた声はコツメちゃんだ。


「ばあ」
「あれっ、フロイド君。おはよう」
「コツメちゃんと行こーと思ってさ〜」
「校舎と反対方面なのになんだか悪いなぁ。待ってね、今準備するから」


パタパタと廊下を戻っていくコツメちゃんは、いつも付けているケープと鞄を取りに談話室へと戻っていく。
心配そうに談話室から顔を覗かせて「フロイドなんだぞ……」って呟いてるアザラシくんは本当に失礼だ。
別にコツメちゃんをとって食ったりはしないし、絞めるつもりじゃないし。ただ、確かに狩りみたいに、コツメちゃんの周囲をこうやって囲い込んでいるけど。
身支度を整えて戻ってきたコツメちゃんは小さく手を振ってオレの元に戻って来る。何だかそれがやっぱりコツメカワウソみたいだ。


「フロイド君お待たせ。ふふ、なんだか不思議な気分。作業室にはよく来てくれるけど、こうやって寮にも突然来てくれるのって」
「なぁに、メーワク?」
「ううん。今日はちょっといいことあるかなーって嬉しくなるかな」
「……もっと喜んでくれていーんだけど」


コツメちゃんが呟いた言葉に、足を止めてコツメちゃんに聞こえない程度に小さな声で呟いた不満は、この間までの自分の感情と矛盾していた。
来て欲しいなんて束縛されるような命令はされたくないとか思っていた筈なのに。気紛れでオレが来た日はラッキーな日かもしれないとか思っていい意味で鬱陶しくない程度に受け流して受け入れてたコツメちゃんがちょうど良かった筈なのに。
「フロイド君に来て欲しい」とオレを特別視して求めるような言葉が欲しくなるなんて。
コツメちゃんの中で、オレが特別になってくれないと面白くない。
前回、このオンボロ寮に迎えに来た時とは全く違う思考。オレだって、その感情を自分でするコントロールできない。


「今日さーバスケ部の活動あんだよね。コツメちゃんも来なぁい?」
「バスケ部?……お邪魔してみようかな。見学しても大丈夫なら」


案外二つ返事で了承してくれたものだから「チョ〜嬉しい〜」と満面の笑みで素直に喜ぶと、綻ぶようにコツメちゃんも笑った。
何今の、かわい。
チラリと足元に視線を向けて、コツメちゃんの歩幅がオレよりもかなり小さいことに気づく。
普段どれくらいのペースで歩いているのかは分からないけど、コツメちゃんにしては早歩きをしているんだろう。
足を止めて、コツメちゃんが追いついたくらいでかなりゆっくり歩いてみる。


「あ……」
「なぁに、コツメちゃん?」
「……ううん、なんでもない」


──以前は歩くスピードを緩めることはなかったフロイドが歩調を合わせて歩いていることに気づいたミアは、頭ひとつ以上背の高いフロイドの満足げな横顔を見て微笑む。
何気ないことかもしれないけれど、フロイドがこうして合わせてくれることはきっと特別なことなのだろうと思いながら。


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