ローザ・ファミリア
- ナノ -
リリアが他の女性と一緒に居るのは、寂しくて悲しいと思う気持ち。
それはこの長い時の中で初めての感覚だった。

よく考えてみたら、リリアが仕事外で女性と親しげに会話をしている所をあまり見たことが無かったからだろう。
部下を鍛える戦士であったし、マレウスの世話をしていたことで時間があまり無かった為か、女性と会話する所さえ目撃したことは指折り程度だ。

──あのゴーストの花嫁は、どうしてあそこまで"結婚"に拘ったのだろう。結婚は、一緒に暮らすのとまた違うのだろうか。
夜な夜なグミを食べながら電気を落とした部屋でスマホを弄りながら検索を繰り返し、クリスタはうんうん唸る。
茨の谷では電子機器は非常に珍しい物であるが、新しい物への興味津々なクリスタにとってマジカメも楽しめるコンテンツとなっている。

男性から見た結婚の概念を知りたいという興味が働き、クリスタは夜更かしをしたまま学園内で知り合いに調査することに踏み切ったのだ。


「先輩、私今日どうしても校舎内の配達を担当したいんですけどいいですか?」
「いいよ〜クリスタがそう言ってくるのも珍しいね」
「やった、ありがとうございます!」


今日の手紙配達の巡回ルートは、仲のいいゴーストの同僚に頼んで学校内にさせて貰った。
意気揚々に学園内に届ける手紙をショルダーバッグに突っ込み、クリスタはメール室を飛び出した。
あとは通りかかる知り合いや、この間のゴーストへの求婚作戦に参加をしていた人を探して、問いかけるだけだ。

まさか彼女がそんな聞き取りをしようとしているなんて露にも思わず。
一年生の同級生と歩いていたセベクは、巡回ルートを回っていたクリスタに見つかってしまう。
セベクもまた、廊下の奥からやってきたクリスタの姿に急に背筋を伸ばす。


「どうしたセベク?」
「クリスタさ……」
「……しー……!」


指を口元に当てて、険しい顔でバツを作ってジェスチャーで伝えてくるクリスタに、セベクは泣きそうな顔で狼狽える。

(この状況で正体をバラすなと!?)

彼女が子供でないことも、茨の谷の中でも特に長寿であり、地位がある人であることも、学園関係者とディアソムニア寮生の中でも茨の谷出身者だけが知っている。
あくまでも彼女は配達員見習いのような位置づけで潜り込んでいるのだ。横にはエース、デュース、ジャックにエペルがいる状況だ。
そんな中でバレないように彼女への敬意を示さずに接するなど、礼儀正しいセベクにとっては難しい要求だった。


「あ、クリスタじゃん。今日は学園内の配達なんだ」
「エース!!!」
「なんだよセベク、急に怒鳴って」
「エース君だ!そうなの今日は学園の配達だから先生とか学園関係者の人を今回ってるの。ほら、手紙もどっさり!」
「へぇ、俺の妹たちより少し歳上くらいだろうに、偉いな」
「お前らその方に……!」
「……セベク君」
「う、ぐ、彼女と、知り合いなんだなお前達は……」


クリスタが釘を刺してきた為に、セベクはそれ以上踏み込んだ指摘が出来なくなる。友人達に無礼を働くなと言おうものなら彼女の身分を明かすようなものだ。


「……僕を殴れ、ジャック」
「急にどうしたんだ!?」


妙なことを懇願するセベクにジャックは狼狽える。
礼儀正しく、上下関係を気にするセベクにとってはこの状況はいっそのこと、クリスタが居る間は気を失っていた方がましだ。
彼の気苦労も知らず、少女のふりをしたクリスタは先日のゴーストの花嫁への求婚に参加していた一年生達に問いかける。


「そうそう、聞きたいことがあって皆に声をかけに来たの。先ずはデュース君!」
「なんだ?」
「……結婚って何だと思う?」
「なっ!?え!?」
「あっはは、デュースには答えらんないっしょ」


突然の予想もしていなかった質問にデュースは動揺して後退りをする。彼女がこの間のゴーストの求婚騒ぎを見ていたからの質問だろうか。
エペルとエースはそうだろうと受け入れて笑い、セベクの顔からは血の気が引いていく。
何せ、先日は師であるリリアにまで尻拭いをしてもらうまでの醜態をさらすことになった。そのことで咎められるのではないか、と。


「な、もしや僕のこの間のやり取りを採点しているんですか……!」
「違うってばセベク君。この間の姫のやり取りを見て色々考えてみて……"結婚とは 意味"って検索したんだけど、いい答えが見つからなくって」
「結婚の意味を?真面目ですね、クリスタサン」
「そう?でも検索結果は法的に相手を独占出来たり、責任感が芽生えるとかそんな感じで……何だか私の求めてる答えと違ってる気がして」
「おーいなんか随分とませてるな」


急に子供らしくないませたことを語り始めるクリスタに、エースはけらけらと笑った。
結婚の意味を知りたくなる年頃なのだろうかと受け入れ、目線を合わせるように屈んだエースは自分にとって何故結婚するかの定義を説明する。
結婚したいから結婚相手を探すのではなく。好きな人と一緒に居たいから、結婚をするのだろうと。


「俺はさ、前も言ったけど……一緒に泣いたり笑ったり出来て、辛い時も一緒に頑張れる奴と一緒に居たいって思った時に結婚するんだと思うぜ」
「ふふ、エースクンのその言葉、ちょっと恥ずかしいけどその通りだと思うよ。その人のことが必要だと思った時に、するんじゃないかな」
「……なるほどね。うん、なるほど……ありがとう!」
「あー行っちゃったよ。なんだったんだ、クリスタのやつ?」
「どうしたセベク?そんなに疲れて」
「これが疲れずに居られるか……」


初めてシルバーが横に居てくれた方が気が休まると思う瞬間だったとセベクは実感しながら、クリスタの背を見送る。

(一緒に居たいと思った時に、その人と結婚する……一緒に居たいって気持ちにマレウスとリリアへの思いの違いがあるとしたら、それは……恋心ってことね)

一年生達の意見を聞いて、もう一人くらいこの間の作戦に参加していた人の意見を取り入れたいと思いながら、中庭を通った時。
クリスタは丁度いいと思える相手を見付けた。
ベンチに寝転がっているサバナクロー寮の寮長、レオナ・キングスカラーが休憩をしていたのだ。
マレウス曰く彼は留年をしている関係で、同じ三年生の中でも歳上らしく、更には王族だ。リリアやマレウスと年齢を比べてしまうと元も子もないけれど。
結婚というものを親族や、見てきた人だろう。


「貴方、この間参加してたわね。こんにちは、レオナ君」
「お前はマレウスのとこのチビ狐。……俺は忙しいんだ、他を当たれ」
「30分前くらいだけど金髪の狩人さんがレオナ君を探してたけど、声掛けに行ってもいい?」
「やめろ!チッ……めんどくせぇ」


狩人として幾度となく狙うそぶりを見せてくる苦手なルーク・ハントを連れて来られるのだけは困ると、レオナは顔を歪める。
無邪気な子供のようだが、リリアと同じく何か妙な違和感を感じるという印象を抱いていた。
しかし、彼女と接点があるかと問われたら、そこまである訳でもない。
一体どうして自分に声をかけて来たのだろうかと疑問を抱きながら、クリスタの質問を待っていたレオナは「レオナ君が思う、結婚の意味を教えて欲しい」と言われた瞬間に目を丸くした。


「ほう?随分とませた質問なことだ。マレウスには教わらなかったのか?」
「ほら、グローバルに多様な意見を取り入れることもね、必要だと思うのよ」
「成程な。結婚とは契だろう。契約であり、意志の宣言だ」
「……なるほど」
「くく、場合によっては互いの家の繁栄を約束するための意味もあるがな。何時いかなる時も支え合うという意識を名前を共有することで強めるんだろう」
「……」
「お子様にはそんな一般論で十分……」
「貴方、凄いわね!レオナ君!ありがとう、すごく参考になったわ!」


適当に一般論を言って追い返してしまおうとしたレオナだったが、存外かなり喜んで納得している様子の彼女に、毒気を抜かれた気分になった。
真剣に質問をしてきた相手を騙すように、適当な態度で接したというのに。
ふさふさの尻尾が元気よく揺れている少女の無邪気さに、どっと疲れが押し寄せてくる。

「……やっぱりガキは苦手だ」

この疲労感。まるでチェカの相手をしているような気分になるものだった。
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