Azul period
- ナノ -
もしも。
もしも、彼女が自分に立ちはだかってきたら自分はどうしていただろう。

大まかな傷は治療を受けて塞がったものの、セリス達の猛攻を凌いだダメージに本調子ではなさそうに隣を小走りするアンジェを見て、リオンは冷静に自分の思考を分析する。
隣に居るのが当たり前な期間が長かった。
セリスはどちらかというと同僚であり、既に衝突はしてきている経験もある。
その時期を超えたからこそ、説得は試みたいが、彼女が任務の邪魔を自分がするなら実力行使で排除してこようとするのも理解出来る所はある。
だが、もしそれをアンジェにまでされていたら。

──もし、彼女達に干渉した犯人が居るのなら、報復するように煉獄の苦しみを味わわせたいと冷酷な思考で思っていたかもしれない。
そう自分自身を分析していた。


ゴッチ監督とニナによって治療を受けた守護騎士第十一位とその従騎士は、セリス達がヴァンを外法認定した上で外法狩り以外に何をしようとしているのか──その思惑や認識の相違を確かめるべく地下道に潜伏して探り始めていた。
隠密僧兵が居る時点で、相当な数の協会関係者が来ていることは想定出来たが、その包囲網までは測りきれていない。

「しかし、こんな地下道にセリスさんがいる可能性があるなんて……何をするつもりでしょう」
「普段ならセリスさん、使命感強すぎて暴走しましたか?と言いたい所ですが、全く冗談ではないことは僕達への手加減のない攻撃で分かりましたからね。先生の弔い合戦も兼ねた外法狩りだと思っているのなら、止めようとする僕達も悪なのでしょう」
「……どうしてむしろ私もその認識を植え付けられてるんでしょうか……総長に確認を取ろうと思っても何故か通信は使えないですし」

ベルガルドと連絡を取れない状況も上手く利用され、更にアルテリア法国とも連絡を取れないのはこの記憶を裏付けするための手段を塞がれているようだった。

霊視を得意とする二人がセリス達が潜伏している辺りのポイントを大まかに特定し、そちらへ向かっていた時。
廃線が続く通路の奥に、見知った人と、展開されている法術の光に気付いて駆けだす。
それはセリスが口にしていた、外法認定されたというヴァン・アークライドの姿だった。

「ヴァンさん!」
「やれやれ、見ていられませんね」
「貴殿か、バルタザール卿にその従騎士」

ヴァンを襲っていたのは副僧兵長であるアシュラッド率いる部隊だ。
セリスの呼び出しを無視して別のルートから地下道に逃げ込んだヴァンを別に包囲する為に潜伏していた彼らを、リオンは氷結のアーツで牽制する。
怯んだ隙にヴァンはコインで牽制し、アンジェとリオンはアーツを発動させて彼らの連携を崩した所で逃走を開始した。
逃げながらお互い情報交換をしていたが、先日もアシェンやシズナの知らない所で斑鳩のクロガネにまで同じような現象が起きていた話に、アンジェは自分もそうなのだろうと確信する。

「……記憶と認識の、改変。ふう、普段なら『頭は大丈夫ですか?』とお返しする所ですが……」
「あんたも相変わらずだな、オイ。俺にもはっきりしたことは判らねえよ。だが……」

外法認定され、そしてバルクホルンまで自分の悪魔の根源の力で亡くしかねなかった可能性。
それはどちらも一歩間違えたら有り得たかもしれない事象だ。
しかし、呪いを受けたのは完全に捏造であり、それでいて自分たちの意思で動いているようなセリスとアシュラッド達の様子を考えると、改変という言葉が当てはまるだろう。

「逆にヴァンさんの記憶が改変されており、先生が実際に亡くなっているという可能性は?」
「なっ」

リオンの鋭い指摘にヴァンは否定をするが、それを裏付ける為の本人と連絡が取れない。
バルクホルンも連絡が取れない状況さえも、誰かに利用されているのだ。
ただ、それはリオンも彼女達に言われたことであり、咄嗟に有り得ないと否定出来なかったことでもある。
大多数がそう認識しており、自分だけが正しい認識であるとは瞬時に主張しきれなかった。

「ネメス島の一件の後、我々は手分けして連中の手がかりを追うことにしましてね。セリスさんとはしばらく別行動だったのですが……首都に所用ができ、情報交換も兼ねて今朝郊外で落ち合うことにしたのです」

ヴァンが経験した改変の話を聞いた今ならばともかく、守護騎士さえも改変されるような何かが発生するとは想像することが出来ず。
意見が食い違うセリスを説得しようにも、バルクホルンが死んだという心的負荷で聖痕は暴走し、アシュラッド達まで現れた上で牽制ではなく排除するような攻撃をされて今に至る。
容赦なく法術を打ち込まれ、リオンは霊力も上手く操れず、聖痕までもが封じられているという今も劣勢の状態だ。

「しかし予定外でした。セリスさん達の動きを探っていたつもりが……うっかりヴァンさんを助けてしまうだなんて。標的はヴァンさん一人のようですし、あのまま場の流れに委ねるべきだったかもしれませんね」
「ってオイ!?冗談に聞こえねえんだが……?」
「それでもリオン君は助けようと私より先に氷を発動してくれましたから」
「聖痕持ちまで侵食されてるっつーのに、アンタは大丈夫だったんだな」
「いえ、リオン君が侵食されなかったから、私は完全な侵食が不可能だったんだと思います。認識的な意味では侵されてますが……」
「そりゃどういうことだ?」
「何せ、私もヴァンさんが外法認定されたと認識してます」
「なあ!?……というか、それなのにこっち側についてるのかよ」

リオンの珍しくばつが悪そうな表情を見て、ヴァンは改めてぼろぼろになっている彼女の衣服に彼らが逃げた時の状況を想像する。
彼女はリオンだけが異なる意見を言っているとわかったうえで、彼を信じることにしたのだ。
そして、恐らく庇おうとして彼よりも深手を負っていたのだろう。
腕には痛々しく包帯が巻かれているのが見え、所々破れている衣服には血のような色が滲んでいる。
それでもなお、彼女はリオン・バルタザールを信じると決めたのだ。

「自分で言うのもなんですが……リオン君を殺された、或いはリオン君にヴァンさんを外法として滅しろと言われたら迷いなく立ちはだかるでしょうから、私の認識を改変するのはその点においては簡単だと思います」
「……おい」
「それは事実でしょうから僕には何とも」

この主人あってこの従者かと突っ込みたくなるが、リオンの隣にさえいれば無害かつこうして協力してくれるのが彼女でもある。
アンジェがリオンに絶対的な信頼を置いてるからこそ、侵食を受けているのにもかからわず、味方に一人戦力が加わっている状態だ。

「だからリオン君が正気の時点で、私は例え“リオン君と異なる記憶を持っていても“リオン君と対峙する矛盾は……もはや“私“ではありませんから」
「その認識の相違を産んでる侵食を、アンタは自力で破ったのか」
「いえ、でもバルク……ベルガルド様がヴァンさんの暴走によって亡くなられた、という記憶だけはまだ私の中で事実としてあるので、完全に破ったという訳ではありません」
「僕としては聖痕さえもすり抜けて影響を齎すこともそうですが、アンジェさんをも改変したこの現象の恐ろしさを痛感しますね。アンジェさんはそういった侵食には耐性がある方なので」

以前ネメス島で月見酒と共に語っていた、悪魔の1柱と縁があり、それに憑依をされていたら死んでいたというアンジェの事情をヴァンは思い出す。

教団の実験でも分かるように、そもそも悪魔を憑依させようとした時点で器が壊れてしまうということの方が、残酷ながらよくある話だ。
それを受け入れるのとは別に防ぎ、力だけを吸収しているというのは、余程外部からの異物の侵入を拒む力が生まれ持ってあったということになる。
そんな彼女の特殊な祝福にも近い性質さえも上回る今回の侵食の恐ろしさを痛感する。
地下道を走り、タイレル地区に繋がる出入口を通って地上に戻った三人の周囲には監視の目は無かった。

「どうにか撒けたか。あとはこれからどうするかだが……」
「先ほども言いましたが協力者が居ましてね。この先で待っている筈なんですが──」

リオンが視線を向けた先には、見知った顔の二人が待っていた。
命を救ってくれたゴッチ監督とニナがバンを停めて出迎えてくれたのだ。

セリスとアシュラッドの様子について大まかな事情を説明すると、二人が冗談ではしなさそうなことが本当に起きていることを理解して、協力を申し出る。
郊外でロケの下見をした帰りに道端で倒れている顔見知りのリオンとアンジェを見かけ、バンの中に運んだのだが、ニナが乗っているという関係で、元々窓もブラインドがされていたから見付からずにやり過ごせたことを思うと丁度いい移動手段だろう。

「我々も立て直す必要があります。ここもいつ捕捉されるか分かりません。一度移動しましょうか」

教会に属するものが侵食によって暴走している状態を考えれば、ここならば安全という場所はやはり、イーディス大聖堂だった。
オーベル地区ならば首都高を利用すればすぐに着く場所でもある。

「オルテシア卿が敵に回ることを考えたことはありませんでしたが……真相はどうあれ、教会の命に背いている私とは違いますね。流石、守護騎士として長い彼女です」
「……僕としては、アンジェさんが教会の命よりも何より、僕のことを信じて選んでくれたのはありがたいですし、さすが信頼のおけるパートナーですよ」
「当然です、リオン君。とはいえ、この戦力差では微力な力ですが……どこまでもお供しますから」

地獄の果てだろうと、死の運命が待っていたとしても。
それがアンジェにとって信頼の証でもあり、普遍の恋でもあった。

──しかし、首都高にも警備の目が行き届いているとは露知らず。
死の運命に向かってヴァンは移動を開始するのだ。
- 11 -
prev | next