Azul period
- ナノ -
ネメス島での教団関係の調査を慎重に進めている中。
アンジェとリオンは普段行動を共にしているセリスと暫く別行動をして調査をしていたのだが。
敵に襲撃を受けたという認識がないまま、大きな異変が起きていたことにリオンが気付かされたのは、首都に入ってセリスと合流した時だ。

アンジェが特にリオンに今後の予定というものを確認しなかったから認識の相違に、セリスと会うまで気付けなかったのも大きな要因だろう。
普通に報告を始めるつもりだったリオンだが、セリスの険しい剣幕に違和感を覚える。
──それこそ、破戒を下法として狩りに行く直前のような。いや、それよりももっと憎悪だけではなく、やりきれなさも感じられるような空気感に疑問を覚える。

「首都に集まった趣旨を分かってねぇのか、リオン。そんな報告は今は二の次だろうが」
「はい?セリスさんこそ、ネメス島で行われていた楽園の調査をまさか『そんなこと』と思っている訳ではないでしょうね」
「……」
「は、何言ってんだリオン。この首都に集まったのは他でもねぇ……ヴァン・アークライドの下法狩りの為だろうが。……残念だが、アタシらがケジメをつけてやらねえと」

──耳を疑うような発言に、リオンは口が開きそうになる。
ヴァン・アークライドの下法狩り?
初耳も何も、彼に対して別にリオンも好印象を抱いている訳ではないが『下法狩り』という言葉を冗談でも使うべきではないこと位は良識を弁えているつもりだ。

「セリスさん、貴方、何を言って……」
「バルクホルン師匠はアークライドを庇って、最悪級の呪いを受けて……つい先日、苦しみながら……死んだじゃねえか」
「……は?」

バルクホルン神父が死んだ?
本当に、何を言っているのだ。そう口に出しかけたが、セリスが冗談で言っている訳ではないことは伝わる。
事実だと認識して語っているのだ。

「何を言ってるんですかセリスさん。確かに今は不在にされていますが、ありえませんよ。ベルガルド先生として生きていることをこの目で見たでしょう。ヴァンさんは確かに出来の悪い弟弟子にあたりますが、流石にそこまで堕とす程の事実はありませんよ」
「……」
「セリスさん、もしかして記憶を弄られていませんか。」
「お前こそ何言ってんだリオン。記憶をいじられているのはお前の方じゃねえのか」
「──」

アンジェは表情を曇らせたまま、会話に入ろうとはしない。
まるで、セリスの発言に同意を示しているが、上司であるリオンの間違いを指摘できないような、そんな表情。
全幅の信頼を置いているアンジェが咄嗟にリオンを庇うように「オルテシア卿それは事実と異なります」と主張しないのは、自分こそが間違っているからなのだろうか。
武器を取る手が止まり、息を呑む。

「邪魔するってんなら、仕方ねえ」
「っ!」

セリスの焔のような輝きの聖痕が発動──いや、暴走のような状態で発現する。
師匠が亡くなったという心的重圧から、精神状態と密接に関わっている聖痕が過剰に反応している状態。
このセリスを相手にするのは、同じ聖痕使いのリオンといえども凌げるか危うい程だ。
まずい、と奥歯を噛みしめながらも刺突法剣を構えようとしたリオンの前に現れたのは、セリスの後ろに着くように現れたイスカリオの集団だった。

「な……彼らまで……!」

いよいよこうなっては本当に『自分の認識だけが何時からか捻じ曲げられていて、彼女たちが正しいことを言っているのではないか』と認めなくてはいけないのだろうかと過るが。
もしや、自分に就いているアンジェまでもが《下法狩り》という任務を阻もうとする自分を、教会の方針に背く重罪人として狩ろうとしてくるのではないか。
──嫌な予感に、リオンは閉口したまま二人の会話を聞いていたアンジェを振り返る。
アンジェは表情に影を落として俯いていた顔をあげて、その大ぶりな死神の鎌を構えた。

リオンの前に立ちふさがり、そしてセリス達を振り返って。
彼女たちと対峙したのだ。

「アンジェさん……!」
「オイ、あくまでもリオンを庇うってのか、アンジェ。……アークライドが下法と判っててもか。……容赦しねえぞ」
「オルテシア卿が相手であろうと、リオン君を殺そうとするのであれば、止めない訳にはいきません」

実際の所、この人数比は相手が悪すぎる。
彼女はそれを判っていても、リオン・バルタザールにつくという信念を曲げなかったのだ。


──囲まれきって猛追劇を受けながらも何とか逃げ延びて、その場を離脱したが。
聖痕は使えない状態にされて体中傷だらけになって歩くのもやっとの足取りでリオンは歩き、更に重症であるアンジェの身体を担ぐように歩く。
アンジェの顔からは血の気が引いて、黒を基調としたシスター服も赤黒い染みがところどころ滲んでいる。
複数人で囲まれた猛攻を、最大限庇うようにアンジェは武器を振るった。
しかし、彼女は対人戦よりも対悪魔に特化している所があり、聖痕持ちのセリスや彼女と同等の力を法術の展開によって振るうアシュラッド達を相手にするのは非常に分が悪いのだ。
大聖堂に逃げ延びようにも距離はあるし、イスカリオまで出て来ているのなら、監視の目をかい潜ってそこまで行きつくのは至難の業だろう。

(アンジェさんを何処かで……治療しなければ……)

自分も治療しなければ危険な状態であるというのは客観的に見れば分かるのだが、息がか細い状態でだらりと腕を垂らしているアンジェに、リオンは唇を噛みしめる。
彼女は恐らく『僕の認識が違うと分かっていてここまで守ろうとしてくれた』のだ。
体力の限界で路地裏で倒れこみそうになった時。
車が急停止する音がぼんやりと後方から聞こえてきた。「リオン君にアンジェ君じゃないか!?」という豪快ながらも焦った男性の声。
ゴッチ監督と、偶々ロケバスで彼に同行していたニナ・フェンリィの姿があった。

「ひ、酷い怪我……」
「僕より……アンジェさんを……」
「待っててくれリオン君!アンジェちゃんも!」
「情けないですね……アンジェさんに庇われて、僕の方が軽傷なんて……」
「リオンさんもこんなに血だらけで……!動かないでください……!」

ロケバスの後部座席に運ばれて、ゴッチ監督とニナは慌てた様子でただ事ではない状態の二人の治療を慌てて始める。
額から血を流していたリオンの頭には包帯が巻かれて、傷口には傷薬とガーゼが当てられる。
法術で回復できればいいのだが、隠密僧兵によって使われた法術のせいなのかは不明だが、霊力も上手く練れない状態だ。
向かい側の座席シートに横たわってぐったりと目を閉じたアンジェの白い肌にも、銀の髪にも、紅が散らばっている。

──数時間後。静かなロケバスの中で、瀕死の状態だったアンジェの瞼は開かれた。

「アンジェさん……!」
「……ここ、……リオン、君……無事だったんですね……」

ふっと安心したように微笑む彼女に、リオンはほっと胸を撫でおろした。
自身の身の心配よりも先に、上司である自分の安否を確認する彼女の慕う他者を第一とする危うさがこうも命の危険に繋がったのは、これまでも危機的状況があったとしても初めてのことだった。

「セリスさん達がどうしてあんなことをしたのか僕には理解しきれないんです。何故、師匠が亡くなった筈だと……」
「……私も、バルクホルン師が看取られて亡くなったと認識してるんです、リオン君」
「……会話の反応からもしやそうではないかと思っていましたが……それならむしろどうして」

下法と認定されたものを上の指示を受けて任務として遂行する立場にある時。
リオンでもその命じられた側である自分達が情に流されて、任務の邪魔をするようなことがあればセリスと同じように実力行使で排除しようとするだろう。
例えるのなら、破戒の行為を何か理由がある筈だと擁護して庇うようなものだ。

「外法狩りの任務と、それを何かの理由で阻止しようとするリオン君を天秤にかけたら、私はリオン君を信じて“私の認識が違う“と思って、傷付けようとするオルテシア卿達から守ると決めただけです」

弱々しく微笑むアンジェに、リオンはその手を握り締める。
セリス達の認識と同じように、ヴァンという最悪級の悪魔の呪いを受けて、バルクホルンは苦しみながらもつい先日亡くなったとアンジェの記憶は認識している。
たが、リオンがそうでないと言うのなら。
私が間違っている可能性が高い。アンジェはそう結論付けた。

「……本当に、心強いですよ」

──アンジェさんという存在に、僕はきっと、貴方が自覚している以上に昔からずっと助けられているのだ。
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