Azul period
- ナノ -
一日目のネメス島での時間は、不気味な程に普通のバカンスとして各々過ごすことが出来た。
勿論違和感や不穏な気配を全く感じていない訳では無いが、破戒が姿を現していないという意味ではまだ何も起こっていない──前夜祭のようなものなのだろうと、二日目を迎えたそれぞれは警戒心を強める。
この島全体の調査だけではなく、破戒の早急な討伐。
騎士団本部からも、いがみ合っている僧兵庁との協力許可が降りた程だ。

それぞれの部屋で身支度を終えた三人はロビーに集まり、早々に何時でもこの島の各地を回れるよう準備をしていた。

「昨日は随分と珍しい組み合わせで会話していましたね、アンジェさん」
「えぇ、アーロン君もフェリちゃんも何だか兄妹みたいで、二人とも良い子ですし、話していて兄妹がいたらこんな感じなのかなぁって思いまして。ふふ、楽しかったですよ」
「……アーロン君に素直にそう言うのはアンジェさん位だと思いますけどね」
「そうですか?私としては剣聖とオルテシア卿が一緒に居たのはハラハラしてしまいましたけどね」
「アイツ、アタシだけじゃなくて総長にまで喧嘩ふっかけようとしてたからな。人食い虎だぜ、あれ」
「猛牛と呼ばれてるセリスさんが言いますか」
「あァ?」

一言余計なことを言うリオンにセリスは突っかかるが、すぐにリオンの軽口に本気で噛みついていたらキリがないと諦める。
売られた喧嘩は買いがちなセリスがリオンに対してある程度の諦めを持っているのは長年の付き合い故だろう。
微笑ましい二人の会話に笑顔を見せていたアンジェだったが、ちらりとコテージの外の人影に視線が自然と向き。
事態が急変しているらしい瞬間を目撃する。

「……!お二人とも、あの人は……!」
「アイツは……メッセルダムに居た異能の銃使いのガキじゃねえか。チッ、破戒に絡んでやがったか」
「裏解決屋の皆さんが先行して追いかけてますね。我々も行きましょう……!」
「……罠でなければ、いいんですが」

──自分達が毒に犯されて死を経験し、時間が一度巻き戻っているとは露知らず。
死の枝分かれを自ら選ぶ訳でもなく、再び追いかける。

星杯騎士の三人はヴァン達の後を追ってコテージを飛び出したのだが。
彼らに追いついて昨日は閉ざされていたフェンス奥の岸壁エリアに行く前に目に入ってきたのは、目を疑うような光景だった。

「……へぇ、やはりあの破戒が招待してきたのは間違いなかったようですね」
「……アン?ならそいつらと仲良く舟に乗ってったのはどういう了見だ?」

舟のモーター音が耳に届き、海へと視線を下ろした三人が目撃したのは。
ヴァン達を乗せたモーターボートと破戒にメッセルダムで襲撃してきた少年と良く似た少女の三人が乗ったモーターボートが並んで別の小島へと向かう所だった。

「何かの交渉か……ヴァンさんへの仕事の依頼か、結託か……場合によっては破戒のやろうとしていることへの加担で即外法認定ですね」
「お互いを利用する依頼ならまだしも、非人道的な依頼にはヴァンさんも首を縦に振らない方だと思いますが……」

破戒と戦闘する訳でもなく、まるで仲良く並んで結託したように見えなくもない絵だ。
勿論、ヴァンが筋を通さない依頼に対しては受けないスタイルだという理解はあるが。
彼は、オラシオンで破戒の依頼を受けて、あのデスゲームに参加したという経歴があり、どんな理由があろうとも筋さえ通っていれば例えどの勢力の依頼だろうと引き受ける。

「ネメス島の未開エリアの方も扉が開かれています。……私達が呼ばれた理由が、あの先にありそうですね」

コテージ回りの島のエリアはおよそ三割程度。
回っていないエリアにあたる七割の調査と、ヴァン達に鉢合わせた際は破戒とのやり取りを強制的にでも聞き出す方針で、星杯騎士団と隠密僧兵部隊は動き出した。

島全体の淀みは、コテージ回りよりも強く、そして重く。
とある廃村に足を踏み入れたアンジェは、顔色を変える。

「この村の残骸は……どうやら、この島には元々何かがあったようだが」
「この朽ち果て方と、施設の残骸の残り方……50年とかではなく10年から20年くらいに見えますが、これは……」

憶測だけで話すにはいかないが、もしリオンが考えている通りのことであるのなら、文字通り“最悪なことが島で行われていた“ということになる。

「……アンジェさん」
「ごめんなさい、リオン君。別に私は故郷に未練がある訳では無いんです。でも、なんと言うか……重なりますね。この場所は……」
「嫌な憶測、当たっている可能性が高そうですね」

アンジェの故郷は、既に滅んでいる。
しかし、ハーメル等の他の滅んだ村などの跡地とは明らかに異なる。
彼女の故郷とこの場所の重苦しい、まるで怨念が包んでいるような異質な空間は、それだけの憎悪と恩讐が渦巻くような何かがあった場所だということだ。
別に、アンジェは自分が生まれ育った場所が無くなっていることに深く傷付いている訳では無い。
寧ろ、あれは世の中的に、犠牲になってきた子供達にとっては“無くなるべき場所“だったのだろう。
──そして、ここからも同じ匂いがするのだ。

瓦礫をかき分けて、落ちている焦げきった玩具のようなものを手に取ったアンジェは閉口する。
リオン以外の二人もアンジェが教会に迎えられ、死神と呼ばれている理由の概要だけは知っている為に、“この場所が外法と認定されるものである可能性が高い“ことを察する。

──もしそのこの土地に染み付いた憎悪を、利用する者が居るのなら?
悪霊や怨霊だけで話は終わらないかもしれない。

言い知れぬ嫌な予感を覚えながらも調査を続けていた所に、出来ることならば接触し、真意を問いたい彼らが現れた。
破戒と接触し、他の勢力とは別に個別に何かの話をしたという裏解決屋、アークライド事務所の面々だ。

「ハッ、そっちから現れるとはな」
「……探す手間が省けましたか」

星杯騎士団と隠密僧兵が共にいるのは、ヴァン達としては戦闘になるとしたら都合が非常に悪かった。
普段は敵対している両者が手を組んで襲いかかってくるのは、苦戦必至だからだ。
今回ばかりは相容れない相手であっても、優先順位の問題でアシュラッド率いる隠密僧兵と共に行動することが得策であるとどちらも判断したため実現した、一時の協力体制だが。

「破戒を追ってるのは意外じゃねえが、僧兵たちとの共闘を容認したってことは……奴に関しては生死は問わない──騎士団もその段階まで来たってわけか」
「ヤツは元々、下法認定を受けてる身だからな。時が来たってだけだろう」

例え去年、汎魔化でヴァン達に手を貸してオラシオンの解放を多少なりとも手伝ったとしても、それだけで打ち消されるほどではないどころか、それ以上のことを彼は積み重ねてきている。
更にアルマータから回収した古代遺物が消えた件を裏で手を引いていたのが、《千の破戒者》だったとされている。

「奴の企ての全貌は未だ掴めていない──だが、もはやこれ以上は捨て置けまい。それに与する者たちもまた同罪だろう」
「チッ……」
「やれやれ、聖職者は話も聞かずにってか?メッセルダムじゃ協力できたんだ。懺悔くらい聞いてくれてもいいと思うが」

セリスがヴァン達に要求したのは二点。
今すぐに手を引くこと。それから、破戒の目的と居場所を教えろというものだ。

だが、観光ツアーと称されて島全体を人質に取られているヴァン達にはその要求を呑むことは出来ない。
手を引けば、その時点で逃げたとみなされて、解除が済んでいない毒は島全体に蔓延するだろう。
一般人やシェリド等の要人も居る中で、その要求だけは呑むことが出来ない。

ただし“見抜かれること以外“で彼らに真意を伝えることも出来ない。
ヴァンの歯切れの悪さに、リオンは”それもまた事情のうち”ということを理解しながらも、剣を引き抜く。

「っ……今の気配は……」
「アンジェさん、今は彼らの無力化を」
「……はい!」

一瞬感じた、強く、呪いの重圧。
まるで地の底に潜む魔の手が彼らの足を、そして心臓までも掴んでいるような寒気がした。
戦闘を開始し、彼らの動きを封じようとするが、やはりその様子が異常であることは見て取れた。

「セリスさん、やはりこれは……!」

──間違いなく、様々な疫病を操る害悪そのものであるハーウッドに何らかの呪いを付与されている。
しかも、恐らく説明を何も受けずに。
セリスとリオンは聖痕を発動し、焔と氷による浄化を行う。
そして、アシュラッドによる多重封印を施し、彼等の体を蝕む呪いを一時的に封じた。

「てめえら──んなクソ重い”呪い”どこでもらって来やがった!?」
「恐らくそれだけではないようだな。疫病のようなものとの複合的な……」
「それがあなたたちがこのタイミングでコンタクトを取ってきた理由、ですか。それならそうと──……いや、対話を拒否したのは僕たちですね」

症状は現在落ち着いているが、何らかの条件付けをされた呪われし疫病。
その場に足を踏み入れた瞬間に最大限の効果を発揮するように調整された即死のウィルス。
そんなものを与えられたか、罠として引っかけられたか。
どちらにせよ、本当に協力体制を築いているのだったら、このままだったら間違いなく死んでいた状況にはならないはずだろう。
こんな呪いを説明もなく受けて歩き回っているのは間抜けすぎるとセリスは肩を竦める。

廃村がある理由も、この島に渦巻く因果のタチの悪さも、恐らくは“破戒“の目的の核心にも迫るような内容だが、憶測だけでは判断出来ないだろう。

「何か分かったら共有してくれ。俺らも状況打開の手がかりになりそうだ」
「ハッ、約束できねーがな。……あんまり無茶するんじゃねえぞ」
「また駆け込まれて便利に使われても癪ですしね。貴方たちの方もせいぜい破戒から情報を引き出してください。期待してますよ?」
「ったく、マジで神父なのかよ……ツァオばりの腹黒みてえだが」

リオンの棘を含んだ言葉に、アーロンは自分がよく知り、かつ直近の出来事で燻った感情を抱いている男を思い出す。
含んでいることを包み隠さなければ、命の危険もあった状況を助けてくれたのに一言余計だと肩を竦めつつ。
その呪いを受けた施設に再び戻っていくヴァン達の背中を見送り、アンジェはリオンに視線を向ける。

「そんな、腹黒いとまで言われる程ではないと思うんですが……」
「アンジェ……お前、リオンを甘やかし過ぎだ」
「嫌ですね、セリスさん。アンジェさんの素直な意見を足蹴にしないでくださいよ。それに、セリスさんよりは巡回神父として様になってる自信はあるのですが」
「オメー、本当にそういう所だぞ」

アンジェのリオンに対する全肯定も直らなければ、そもそもリオン自体がこうして開き直る位だ。
ある意味それはそれで関係性が安定しているのかもしれないが、時折守護騎士十一位の単独任務がどうなっているのか、セリスにも気になる所だった。

「……それで、話をさっきのヴァンさん達が受けていた呪いに戻させて頂くんですか……」
「あぁ、どんな代物かっていうの何となく分かるが根本的にアレはなんなんだ」
「……私は疫病の方はともかく、あの呪いに似たものを、見たことがあります」
「……えぇ、量はここまででも無いかもしれませんが、性質的には“アレ“と同じですね」
「それは……あーいい、アタシに説明しなくて大丈夫だ」
「お気遣い、ありがとうございますオルテシア卿」

──何故、セリスが詳細を聞こうとして止めたか。

自分は知らなくて、リオンは知っているアンジェにとっての既視感。
何せ、アンジェは教団の被害者ではないとはいえ、生まれ故郷が土着信仰の強い閉鎖的な、結果的に下法の所業を行い続けていた辺境の村だ。
天使の見た目をしているが、実際は悪魔の一柱である悪魔を。
人の身に憑依させようとしていた。

そして何より、故郷は現在廃村となっている。
下法認定された村人たちは僧兵庁によって下法狩りされた。
生まれたての子供等、事情を知らない被害者以外は全員だ。
あの村には『神を祀っていただけなのに、依り代の少女を奪われ、よその者に攫われた挙句糾弾され、無念の死を遂げた』という怨念が染みついている。
ヴァン達に巣くっていた重い呪いと同じような、長年の風習を汚され、途絶えさせられた憎悪。
そういった物が、アンジェの滅んだ村にもその直後暫く渦巻いていたが、この島全体にそれがあるとなると“大規模で非人道的な何かがこの島で行われていた“ということになる。

「……きっと、たくさんの子供が、この村に居たんでしょうね」

そして十年前後の出来事を考えれば、D∴G教団の話がどうしても浮かぶ。
昨年、隠れ蓑にするためとはいえ教団の元幹部だったアルマータの頭領、ジェラール・ダンテスのことを考えれば。
破戒がその延長線で、アルマータの遺産と呼んだ欠片を元教団関係の島に持ち込んだ可能性は大いに有り得る。

──ここにいた子の中にも、どうか救われた子が居ますように。
そう思わずには居られなかった。
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