Azul period
- ナノ -
行動の選択をどのタイミングで、どうするかによって大きく運命が変わることを認識して過ごしている人はどれくらい居るのだろう。
細かく行動をコマ割りのように切り取っていけば、それこそ無限の可能性があるものだろう。
巻き戻される、微妙に異なるコマのフィルム。
そのうちの一つに、ノアの姿はあった。

「ヴァルターがノアさん呼んできた時はびっくりしちゃったー」
「えぇ、本職は准教授だった筈だけど……別件の仕事で結社と結託してるなんてね」

二度の巻き戻しをして、死を回避出来たエレイン達は、ヴァルターに声をかけた結果もう一人予想外の人物が来たことに驚きながらも安堵していた。
カトルの兄貴分の、肩書き的にはただのバーゼル理科大学准教授の青年だ。
本職は確かに准教授のノアであるが、あまりそちらの顔が主とはノアの場合は言えないだろう。
何せ、ヴァンのようにこうして個人的に結社の人間から直々に依頼を受けているような人だからだ。

過剰戦力とも言えたが、繰り返した死のサイクルを思うと、寧ろ生きる為のルートを確保する最低限度の戦力だったのだろう。
緋のアルテラはスウィンとナーディアの指摘から逃げるように消えて行き、残された端末もヴァルターとジンの強硬手段によって壊された。
残されたのは壊れた端末と、ヴァルターによって骨折させられているだろう半グレ達。
巻き込まれた彼らが立ち上がれないほどに骨を折られているのはあまりにも悲惨な状況に見えるが、これが無ければ三人の死は免れなかったのだ。

「というか、原因が同じもの追ってたなら、もうちょっと早く連絡してきてよう」
「……責められてるのか、これ?俺としては今回、利害が一致したからヴァルターの依頼に乗っかっただけだ。ヴァルターが俺を置いてさっさと行っちまった通り、これの確認が終わるまでの協力だったんだよ」
「そういう意味では助かっちゃったけど……まさか、剣聖さんも来てたりしないよねー」
「……おいなんで一応初対面な筈なのにシズナの名前出てくるんだ」
「ヴァンからの引き継ぎで『カトルの兄貴分。端末やハッキングで協力してもらえると心強い。ただし、コイツを連れて来ると剣聖までくっついて来る可能性がある』って言われててな」

スウィンが受け取った引継ぎリストの中にあった情報を口にすると、ノアの顔色が変わっていく。
なんだその引継ぎは。
それと同時に、悔しい程にそんなことは無いと否定も出来ない。
一人で行動をしている時、彼女が何かの仕事で手を離せないタイミングでは何故か既に居たり、探されていることが多いのも確かだ。
だが、それをわざわざ裏解決屋家業を手伝わせているこの子達に教える必要はあったんだろうか。

「……ヴァンの野郎」
「……貴方、やっぱりあのシズナさんと恋仲だったのね」
「へーなーちゃんもそこの所、詳しく聞きたいかも〜」
「違うわ。……今回は居ないが、まあ遭遇率が高くなるって言うのは否定しないが」

恋仲ではないと否定しながらも、はて本当にそうだろうかとオラシオンでも見かけた二人のやり取りにエレインは疑念を抱く。
随分とシズナがノアに個人的な興味を抱いていたようだし、邪険にしきるわけでもなく、程々に受け止めているようだった。
だから、彼らはそういう関係なのだろうと思っていたのだが。
目の前の青年曰く違うらしい。
ただ、シズナとの遭遇率が上がることだけは否定しないようだが。

「でも、あの痩せ狼さんの依頼とはいえバーゼル離れてまでイーディスに来てるなんて、この端末のこと掴んで来たってこと?」
「……あんな事件があった端末に似た2台目が存在してるなんて、気になるに決まってるだろ。案の定二の舞というか、もっと良からぬことに使われそうだったしな」
「なるほど……カトル君も気にするようなことでしょうしね」

不審なデータ処理速度の流れを検知し、それがイーディスを中心として起きていることを察知したノアは即座に動いた。
カトルからの連絡と、丁度そのタイミングでヴァルターから連絡を受けたことで前回の騒動に絡む何かがまた起きようとしていることは明白だった。
エスメレーに「気象学のフィールドワークをしてくる」と嘘をついてバーゼルを一週間離れることにし、イーディス入りをしていたのだ。
ヴァルターと協力していたと言っても、カトルの兄貴分としてまともかつ善人な思考で動いているのは信頼にあたるが、やはり問題は着いてくる可能性の高い剣聖の存在だ。
もし協力してくれるのなら戦力的には頼もしいが、そんな一筋縄ではいかないのが彼女、シズナ・レム・ミスルギだ。

「さっき、電気のようなものが端末からアンタに吸収されてってるように見えたが……壊した以外に何かしたのか?」
「あぁ、リソースの吸収だな。何て説明したらいいか悩むが、俺はこういうリソースを吸収して自分の持ってるたん末に組み込んであるコードの為のリソースに変えることが出来るんでな」
「よ、よく分からないけれど……残ったデータとかも全部消した、ってことね?」
「……ふーん?お兄さん、ラーちゃんと原理は違うだろうけど“お兄さん自体が特殊なコード“なんだ?だから個人なのに色んな所から声がかかるんだね」

ナーディアの見透かすような鋭い指摘に、ノアはまさか初対面ですぐに看破されるとは思っていなかったのか目を丸くして笑った。

──ナーディアの指摘通りだ。
自分自体が特殊なコードを持っている。言い換えるならば、導力器を使わなくとも魔法を使える人々が密やかに居るように。
その身に宿している変換コードや出力が雷という自然現象に特化した結果、電子ネットワークに自在に接続できる特殊能力のようなものだ。
とはいえ、普段研究してるのはあくまでもそんな力に頼らず、万人が使えるようになる為の導力ネットの開発だが。

「こらナーディア。失礼だろ」
「あぁごめんごめん、なーちゃんのクセみたいなもので」
「いや、大体正しい認識だ。導力ネット系に特化した、“陽だまりのアニエスに出てきた魔法使い“みたいなもんだと思ってくれ」
「そうだったのね。だからオラシオンでもレンさんと一緒に各所への対応とかハッキングを任されていたのね」
「でも、斑鳩みたいな猟兵が導力ネットに関する依頼なんてしてくるの?」
「お前、自分の興味でその話に戻そうとしてるな……?」

ノアが各勢力にスカウトを受けていた理由も、縁がある理由も分かるが、やはりシズナとの縁だけが不思議だというのはナーディアに限った印象ではないだろう。
斑鳩が導力器に詳しい訳ではないだろうし、その調査に当てられることはまず無いだろうSランク猟兵集団だ。

「……別に端末関係が絡む依頼じゃなかったし、最初の連絡役はクロガネだった筈だったんだけどな。……なんか、気付けばこうなってた」
「……」
「あらら〜……」
「おいおい、なんだその憐れむような目は」
「お前さん、尻に敷かれるタイプか?」
「不動までなんだその反応は」

直接依頼をされて出会った訳では無いのに、シズナに興味を持たれて気付けばこうなっている。
些細な切っ掛けだとしても、シズナのその興味というものが如何に危険な関心かを知っている彼らは、目の前の青年に対して気の毒に思うが。
誰も、その縁に対して首を突っ込むことはしないのだった。

──ベルモッティの店に場所を移して、メッセルダムであったことと、遊撃士協会の話を聞いたノアはこのアルマータの遺産と呼ばれる物が想像以上の事態を招きかねないことを理解する。
期間限定でイーディスに出張という形で来ていたが、カトルも関わっている以上、あまり悠長にバーゼルに戻ってもいられないだろう。
複製された端末に関わる調査の件もあるから、もういっそ暫くイーディスに出張ということにしようかと考えていた。

「……成程、アルマータの遺産か。カトルに連絡してみるか」

ヴァンと共にメッセルダムへ行っているカトルに連絡を入れると、その通信はすぐに繋がった。

「もしもし……あっ、ノア兄!どうしたの?」
「久々だな、カトル。メッセルダム行きを見送ったが、元気そうか?」
「うん、一応今の所は無事だよ。……このタイミングでノア兄がかけてくるってことはもしかして僕が調べてることに関することがノア兄の周りで何かあったの?」

カトルとの情報交換をして、アルマータの遺産──紅のフラグメントと呼ばれる第八のゲネシスの外郭がメッセルダムにて発見され、その情報がゼクトアームズ社の端末に残されていたことを知る。
既にゲネシスに関わる事件を体験し、更にハーキュリーズに関わる凄惨な事件も耳にしているエレイン達の顔色も変わった。

「……オレはお釣りを強請るついでに、なんか知っていたらしいヴァルターに連絡入れてみるか」
「おおー頼もしい」
「遊撃士協会でも何か分かったことがあれば、開示出来る範囲で連絡貰いたいけどな」
「えぇ、出来る限りの情報提供はさせてもらうわ。……命を助けられた訳だし」
「おいおい、命を助けたってまた大袈裟な」
「……」
「……うーんなんて言ったらいいんだろうねえ」
「え、なんだよ?そこまで過剰に恩を感じられるとむず痒いな」

助太刀はしたが、命を助けられたと過大に感謝される程だっただろうかとノアは頭をかく。
確かに命の危険を感じるような無限に沸く敵で、リソースを吸収しきれなかったかもしれないが。

だがエレインにも、スウィンとナーディアにも、明確な記憶とは言えなくとも。
確かに死んだという感覚と断片的な記憶のようなものが頭の中に残っている。
二度も死を体験して、ヴァルターを発見することが出来なければ、ヴァルターもノアも来ていなかったのだ。
肩を竦めるノアに、エレインは代表するようにコーヒーをご馳走するのだった。
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