Azul period
- ナノ -
解決事務所には、度々顔を出す常連のような人間が何人かいる。
残念ながらツァオ・リーもそのうちの一人であるし、バーゼルの准教授もその一人だ。
期間限定で解決事務所のアルバイト達も出払っている中、陽が落ち始めた時間帯にノアが訪ねてきた。

「お前が今事務所に来るなんてな。カトルは今バーゼルだろ?」
「まぁ確かに事後処理もあってハミルトン門下生はバーゼルの方に揃ってるけどな」
「ってことは別件か。バーゼル准教授としてじゃない仕事でイーディスに来てたってことだ」
「そういうことだ。……カトルにバレたのもあって、今となっては開き直って動きやすいのもあってな。その仕事の帰りに立ち寄った訳だ」

ノアが裏社会において顔が効くだけではなく、オラシオンやイーディスでの異変での動きを見ていれば、依頼をしようとする陣営が居るのも納得出来た。
准教授としての仕事以外に、小忙しく動き回っているのは流石だ。

今の導力ネットが普及し始めた世界においては情報収集や情報操作が鍵となることもある為、准教授として導力ネットを専門にしているノアは貴重な存在なのだろう。
政府にその技術の一部の提供を行うこともあれば、マルドゥック社を始めとする企業や、或いは暗躍する組織に。

(まぁ、仕事相手と提供するものは選んでそうだけどな。コイツもレンと同じようなタイプなのか、自分なりの善悪の基準は付けてるようだしな)

だから、引く手数多だったノアがどこの組織に行くわけでもなく、自分のような裏と表の狭間で解決事務所を営むのでもなく、流れ着いた先がバーゼルのハミルトン教授の元だったのだろう。
同じオラシオンの地で幼少期を過ごしたらしい所に縁を感じながら、そういえば何の用事だと問いかけると、ノアは笑いながらジョッキを傾ける仕草をした。

「カトルが世話になってるお礼がしたくてな。時間がありそうなら、奢らせてくれ」
「へぇ、いいのかよ。気前がいいな?」
「今日の仕事分の臨時ボーナスが入ってるからな。……それに、世話を焼く助手たちが今だけ居なくなってて寂しいことだろ?」
「んなわけあるかよ」
「そういうことにしといてやるよ。お前が一人寂しくスイーツを食べないで済むように、ってカトルに言われてるからな」

一人で寂しくスイーツを食べないで済むとは何だよ?

突っ込みかけて、戻ってくる気満々で帰省をしたアルバイト達のことを思い出して、頭を抑える。
あのアルバイト兼助手達は放っておいてくれないばかりか、こうして厄介な縁を更に持ってくる。
──むず痒くも、悪い気がしないというのは、確かだが。

ノアを連れて行く店はモンマルトではなく、勿論、飲む際によく利用するベルモッティの店だ。
カタギとは言えない人間と飲むとなると、この店が一番融通が利く。
アルコールが入った席でノアと一体どんな話をするのかはまだ想像出来ない所ではあるが、話をユメやポーレットに聞かせられない可能性があるとなると、ベルモッティの場所が都合いい。
笑顔で出迎えてくれたベルモッティは、酒好きなノアが注文したカクテルを用意して、つまみと共にテーブルに差し出してくれる。

「貴方がいるとなーんか革命記念祭の時を思い出すわね」
「そうか?まぁ確かにあの時もこの店には寄ったか」
「アタシとしてはあの恐ろしい美人との関係もすごく気になるんだけどね」
「……」
「おい、急に黙るなよ。……興味のある話ではあるが、正直その話は地雷が多そうだからな。俺に余計な火の粉がふりかからない程度には聞きてぇな」

恐ろしい美人──つまりはシズナ・レム・ミスルギ。人食い虎のような、災厄のような女性。
巻き込まれれば怪我では済まない女に好意を抱かれているらしいのが目の前の男。
その話題が振られた瞬間、居心地の悪さにノアの顔が歪む。

しかし、そうやって口を閉ざしていたのも始めだけで、アルコールが喉を通っていくにつれて、ノアの口がどんどん軽くなっていく。
何時もはシズナに対して適度な距離を保ちつつ、あまり応える素振りを見せないノアだったが。

「……お前、酔いが回ってくると饒舌になるんだな」
「なんだよ、ヴァンこそもっと喋れよー?面白そうな話、っと持ってるだろ」
「俺は話すことねぇよ。お前の話の方が面白い。というか面白過ぎてツマミがいらねぇ位だ」
「そのチーズ食わないのかよ?じゃあ俺が食っちまうぞ。何が面白いんだよ……?確かにアイツはまぁ……美人で、好意を寄せてくれる様子ってのは、可愛い所も無くはないが」
「……」
「厄介な女ってのは、分かってるのにな。あー……」
「……お前と妙に気が合うのが何となくわかった気がするぜ」

厄介な女だと分かっているのに、そういう女から逃れられないし、故郷を失って大事なものを作るべきではないと思い、止まり木を失ったと思った男の心の拠り所になっている。
その感覚に、あまりにも心当たりがあったせいで、茶化したいどころか茶化す気を失った。
つまりは厄介な男に対して、そうやって諦めずに手を引いてくれる厄介な者でなければ、引き留められないのだから。
恐らくは無意識に惚気けたノアは、酔いが回ってきて眠気が来たのか、欠伸をして立ち上がった。

「もう帰るのか?」
「ここに酒代置いてくから、俺は先に帰るぜ……このままここで寝たり、お前に運ばせるのは忍びないしな」
「あらーもう帰っちゃうのね。また来てちょうだいね」

ふらふらと覚束無い足でベルモッティの店を後にしたノアを見送り、静かになった所で顔を上げると、ベルモッティは微笑ましそうに初々しいカップルを見るような笑顔を向けていた。
その気持ちは非常に良く分かるが、この情報はプライベート過ぎて、個人的に楽しむにはいいが、売り物の情報にするには危険すぎるネタだ。

「……ベルモッティ、今の情報を変に使うとやめとけよ」
「それ位は分かってるわよ、ヴァンちゃん。あの白銀の子が贔屓にしてる男が彼っていうのは、なーんか納得しちゃったわ。いい男ね」
「まぁ、女運がないのは確かだけどな」

付き合っている訳では無いにしても、シズナとノアの関係がどう変化するか──俺とベルモッティとしても、個人的な興味を抱くことだったのだ。
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