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「おはよー」

ガラッ

「……もう、寂しいなあ」

開けられた玄関の中はしんと静まり返っている。真選組での仕事は思いの外忙しく、予定より少し遅れて取れた初めての休みに奏は万事屋に帰ってきた。昨夜そう連絡を入れた時には、坂田も神楽も嬉しそうにしていたというのに、彼等は相変わらず良く寝ているようだ。

「もう十一時になりますよー、お昼ですよー」

靴を脱ぎながら声を上げるが、相変わらず返事はない。珍しく、まだ新八は来ていないようだ。

「神楽ちゃんは危ないから銀ちゃんに起こしてもらお…」

洋間を通り過ぎて、今の奥にある和室の襖にそっと手を掛ける。


「開けるよー」

スッ、パンッ

「やっば…」

開けた襖を瞬時に閉めた。思いの外大きく鳴ったその音に、起きてくれるなと冷や汗が背を伝う。

「ん〜銀さん…?…フフッ寝顔もカ・ワ・イ・イ」
「んあ……ああ!?お前なんでいるんだよ!!」
「私と銀さんはいつだって一緒でしょ?もう照れちゃって」

奏の願いも空しく、部屋にいた二人は目を覚ましてしまったようで、襖越しに男女の声が聞こえてくる。布団で眠っていたのは部屋の主である坂田、その隣には紫のロングヘアーの、なぜか眼鏡をかけたまま眠る女だったのだ。

――どうしよ…家出た方がいいかな…
「だあああ離せっ!」
「きゃあっ」

ドスン

「ったく…あ」

大きな音がし、前触れもなくすっと襖が開いた。ぴたりと止まる二人の視線。

「……どうも」
「…あー…おはよ」

何とも気まずい空気だ。

「もう、待ってよ銀さ……あなた誰!?」
「え!?奏といいます…」
「奏さん?私はさっちゃんよ!」
「あ、はい…」

さっちゃん、もとい猿飛は勢いよく立ち上がると坂田と奏の間に割って入り、奏にグイと顔を近付けた。


「中の中ね…ま、人によっては上の下くらいかしら」
「初対面でそんなこと言います…?」

頭から爪先まで物色するように奏を眺め、猿飛はフンと笑った。

「あの、銀ちゃん?」
「えっと――」
「銀ちゃんですって!?あなた、銀さんとどういう関係なの!?」
「ど、どういうって、」
「銀さんも私というものがありながら…もしかしてそういうプレイなの!?そうなんでしょう!?」

ポッと頬を染める猿飛の脳天を坂田は躊躇もなく叩き落とす。が、床に寝た猿飛は更に顔を赤くさせて恍惚の表情を浮かべている。

「こいつはただの変態ストーカーだ、気にすんな」
「おはようアルー…」

気にするなと言われてもと言いかけた時、神楽が寝癖頭でやってきた。少しだけ心細さがなくなり、奏は神楽に寄ってその寝癖を直すように髪を梳いた。

「おはよ、神楽ちゃん」
「奏、もう来てたアルか!」
「もうってもうお昼だけどね」
「あれ、さっちゃんも来てるアルか?」

猿飛はこちらには眼中もなく坂田にまとわりついている。神楽の声も耳に入っていないようだ。嫌そうに身をよじって逃げる坂田を見る辺り、思いは一方通行のようだ。

「銀ちゃんのストーカーなの?」

小さい声で神楽にそう聞けば、神楽は気にもしていない様子で、大きな欠伸をしながら頷いた。







「奏のご飯は美味しいアル!銀ちゃんのは甘いばっかりネ」
「オメー人のこと言えんのかよ、いっつも卵かけご飯ばっかり作りやがって」

賑やかな三人を放って、奏は簡単な朝食兼昼食を作った。猿飛にもどうぞと声を掛けると、猿飛は餌付けのつもりかなどと騒いでいたがしっかりと坂田の横に腰を下ろして箸を持っている。

「美味しいじゃないの」
「私それ、蓋開けただけです」

猿飛が悔しそうに褒めたが、それがぐるぐると練られる納豆では苦笑するしかない。

「悪ィな、帰って早々」
「ううん――」
「――帰ってですって!?」

ガタンと椅子を転がしながら猿飛が立ち上がった。

「やべ、」

坂田は慌てて口元を押さえたが、時既に遅しだ。

「あなたここに住んでるの!?」
「あ、いや、」
「説明しなさいよ!!」
「わーったわーった!大人しく座れ!」

坂田が椅子を起こして言うと、猿飛は物凄く不満そうだが従った。

「こいつはここに住んでる。けどまあ、今は住み込みの仕事してんだ。まあここは実家みてぇなもんだ。な?」
「う、うん!」
――実家…

そんな風に思っていてくれた、と嬉しくなるが、同時に心に影も落とした。いつから自分は、帰ることを忘れていたのか。


「奏、どうしたアルか?」
「えっ?あ、いや、ぼーっとしちゃった」

なぜここが実家になったのかと詰め寄る猿飛をぼんやりと見ながら、奏は本来の実家を思い出して、一瞬にして味を無くした味噌汁を飲み込んだ。



17.呆然



12/07/31



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