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「奏ちゃん――、…――」
――…私?

襖を閉めて食堂に足を向けてすぐ、土方と自分の部屋の真ん中の空き部屋の前で奏は足を止めた。自分のことを誰かが話している。土方の部屋から声は聞こえ、尚且つ奏ちゃんと呼ぶのはここには二人しかいない。声からして山崎だ。ということは、山崎と土方が話しているのだろう。なんとなく足を動かせず、興味本位でつい聞き耳を立てる。

「――桂と、―――置いとく訳には…――」
――あ、やっぱり…
「――いい、…尻尾掴んで――」

土方の声が静まり返った辺りに低く響く。一通りの会話の後、山崎が返事をしたのを聞いて慌てて引き返す。今前を通ってしまってはタイミングが悪すぎるし、話は終わったようなので、出てきたところに遭遇しても、どんな顔をすればいいのか困る。

――ってことは、

深く深く溜息を吐いた。打ち解けられたと思っていたのは、どうやら自分だけのようだと。
静かに襖を引くと、座布団を半分に折って頭を乗せた沖田が真っ赤なアイマスクをずらしてこちらを見上げた。

「蜜柑は」
「…無かったです」
「チッ、使えねェ」

沖田の悪態にも反応せず、奏はまた炬燵に潜り込んで俯いた。小さな炬燵は、沖田が深く潜り込んでいるため狭い。

「…辛気臭ェツラしやがって。気分悪ィや」
「勝手にここにいるのは誰なんですかね」
「嫌な話でも聞きやした?」
「っ!」

勢いよく顔を上げると、いつの間に頭を上げたのか、沖田が肘枕をしてニヤニヤとしていた。

「知ってて、」
「さァ、何の話ですかねィ」
「…性格悪いですね」
「褒め言葉かィ?」

返す言葉も出ず、ぐっと耐え口を閉じる。

「ま、せいぜい頑張りなせェ」
「……」
「おもちゃが減っちゃ困るんでねィ」

沖田はそう言うと立ち上がり、そのまま振り返りもせずに部屋を出て行った。

「……最低」

炬燵に額を付け、滲んでくる涙を止めるようにぎゅっと目を閉じた。



16.夜の帳の綻びより



「奏ちゃーん」
「はーい、ちょっと待ってね」

翌朝。五時より少し早く起き、支度を済ませたところで予想通り山崎がやってきた。

「おはよう」
「おはよう」
「ねえ、私、起こしてくれなくてもちゃんと起きれるからもういいよ?」
「え?」

不自然に思われただろうかと、奏はひやりとした。今の台詞は、別に山崎を自分から引き離そうとしている訳ではなく、素直にそう思って出たものだった。だが山崎の表情に一瞬焦りが見えた。恐らく、探っていることを感付かれのではとでも思ったのだろう。

「それに、ほら、起き抜けみられるのって恥ずかしいし」
「あ、そうだね…。じゃあ、そうしよっか」

ぽろりと出た奏の弁解の言葉に、山崎は素直に納得してくれたようだ。奏はほっと胸を撫で下ろした。なぜ自分が気を使わなければいけないのか腑に落ちなかったが。

「うん。起こしに来てくれてありがとね」
「気にしないで?あ、今朝は朝食の後会議だよ」
「会議?」
「うん。何か変わったことがあるかとか、見回り当番とか厠の掃除当番決めたりとか。厠掃除は奏ちゃん関係ないけどね」
「見回り?会議って私も出るの?」

話している内に食堂に着くと、先にやって来ていた土方と目があった。奏は気付かない振りをして目を逸らし、朝食を受取って山崎と席に着いた。

「そりゃあね。だって奏ちゃん勘定方だし。見回りはないからいいよね、羨ましい」
「そっか、会議か…」

昨日の午後、今年度中の現金出納帳を整理しながら軽く目を通したが、それはそれは酷いものだったことを思い出す。

「あ、沖田隊長おはようございます」
「おー」

沖田という言葉に目だけ上げると、沖田も奏を見、含むような笑みを浮かべて通り過ぎた。

「……」

きっと昨夜のことを言いたいのだろうとまた視線を盆に戻した。山崎が土方に言われて自分といるのだと知ったところで、何もできない。ここから逃げ出す訳にもいかなければ、もちろん問い詰めることなどできる気もしない。それならば、真意を知っていてもそのまま過ごすしかないのだ。

「ごちそうさま」
「じゃ、いこっか」
「うん」

早々に朝食を終え、二人は食堂を後にして会議室へ向かった。







「じゃあ見回りの順はこれで決定な。えーっと…奏ちゃん、何かあるか?」

一通りの議題を終え、近藤が奏を見やる。奏は返事をすると、隊士達の方を見て座り直す。

「この度勘定方含む事務を受け持つことになった芹沢です。よろしくおねがいします。早速ですが…これ、見て下さい」

ペラッと出された紙は、沖田が書いた始末書だった。そこには土方をバズーカで狙ったものの、避けられてしまい、商店の看板が損傷した旨が書かれている。

「こんなの経費で落ちませんから。これに限らず、今まで書いてた意味不明な始末書も請求却下されてるの知ってますか?どれだけのマイナスのお金が宙に浮いてるか知ってますか?松平さんにお願いして、今までの訳の分からないお金はチャラにしてもらいました。けどこれからは、まあもちろん当たり前のことですけど、給料から天引きさせて頂きます。当たり前、ですけどね」
「……」

嫌味に繰り返した奏に近藤がなかなかやるじゃないかと笑ったが、沖田だけは目を細めて奏を睨んだ。

「仕返しかィ」
「いいえ?これが仕事なんで」



12/07/27



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