「あ、奏さんお帰りっす」 「お疲れ様です」 先日の会議で決まった、今週のこの時間の門番をする隊士二人に頭を下げ、大きな門をくぐって奏は屯所へ帰ってきた。急ぐように部屋へと足を進める。 猿飛は夜まで万事屋にいたが、夕飯前には坂田に結局追い出されてから姿を見せなかった。話を聞けば、いつも坂田に付きまとっている正真正銘のストーカーらしく、しかも性質の悪いドMで、引き離そうとすればするほど喜ぶのだと言う。敵視され続けてすっかり疲れた奏は夕飯を済ませると、購入した携帯の番号を坂田に教えると早々に眠りにつき、朝になると万時屋を出た。 「朝帰りですかィ」 「まあ…ですね」 奏はひょこっと顔を出した沖田に目を細め、それを隠そうともせずにその横を通り過ぎる。 「……」 「……」 「なんですか」 スタスタと早足で歩く奏の後ろを軽やかな足取りで付いて行っていた沖田は、急に止まったその背中にぶつかる手前で足を踏みとどめた。 「急に止まるんじゃねェや、危ねーだろ」 「なんで付いてくるんですか?」 「行く方が一緒なだけでさァ」 「……」 そう言われては返す言葉も無く、奏は眉間に皺を寄せてまた歩き出した。 ▼ 「なんで入ってくるんですか」 「言っただろィ、行く方が一緒って。コタツくらい貸しなせェ」 「局長室にもあるって聞きましたよ」 「誰にですかィ」 「……退」 「くく、退ねィ」 奏はその言葉と笑いに含まれた嫌味をまるっと無視し、図々しくも既に炬燵に潜り込んだ沖田の向かいに腰を下ろす。 少しの間無言だった部屋に、ドスドスと乱暴な足音が近づき、部屋の前でぴたりと止んだ。奏と沖田の視線が閉じている襖へ無言で向く。 「オイ」 「はい」 不機嫌な奏の顔が更に不機嫌な顔になり、沖田は小さく笑いを零した。どうやらこの女は、自分と同じくらい土方が嫌いらしい。 「総悟見なかったか」 「そうご…。誰ですか?」 「沖田だ、沖田」 沖田は自分の名前を覚えていなかった奏を睨むと、炬燵の中にあるその足を軽く蹴った。 「いっ…さあ、分かりません」 「そうか…邪魔したな」 奏は沖田を足を蹴り返すとそう言って、結局一度も襖を開けずに土方を追い返した。また蹴られると思っていた奏だが、予想していた攻撃はまだ来ない。不思議に思って沖田を見る。 「なんですか、その顔…」 沖田はいつか見たような、きょとんとした顔をしていた。 「なんで嘘ついたんですかィ」 「…面倒なんで。いつもやり合ってるでしょ、巻き込まれたくないです」 沖田と土方のいつものやり合いは、屯所では日課のようなものだ。沖田が土方に突っかかり、もしくはからかい、それにキレた土方が追いかけて結果乱闘騒ぎになる、というのが一連の流れだ。その際周りの者や人間はいつも巻き込まれ、怪我人や物損などは当たり前のように出ているのだ。 「あの修理費はもちろん天引きですよ」 そう言った奏に、沖田はケッと不機嫌そうに蜜柑の皮を剥いた。 ▼ 「お一人ですかィ」 「……またあなたですか?」 日も沈んで夜がしっかりと夜になった頃。ガチャガチャと勝手に鍵が開けられる音に、奏はすぐに沖田だと確信した。それは見事的中し、精一杯の嫌な言い方で沖田を迎える。 「いける口ですかィ?」 ニッと持ち上げられた口の端とその手にある酒瓶に、奏は意志とは反対に頷いた。 18.雪見酒 「今年はこれが終雪らしいですぜィ」 「…そうですか」 そう聞けば名残惜しくなり、奏は雪がちらちらと舞う、黒と灰色の空をぼんやりと見上げた。襖を開き、屯所の庭を眺めながらの酒。やっと温まって来た部屋は一気に冷えたが、酒と炬燵のおかげで体は暖かい。 「あーあ、もう肴ねーじゃねェか。買ってこい」 「嫌です、」 「使えねェ」 「結構です」 「…よく蜜柑なんかで酒飲めやすねィ」 「仕方なくですよ」 会話が止んだが、居心地は悪くなかった。 ――この人と居てこんなに落ち着いてるなんて初めてだ… 酒のせいもあるのだろうか。いつもは憎たらしく、人の癪に種にしかならない筈だ。 「…なんですかィ」 「あ、いえ、別に」 ちらりと沖田を見ると、タイミング悪く沖田もこちらを見ていて怪訝な顔をされた。慌てて曇った夜空に視線を戻す。 「なァ」 「はい?」 「どうすんでィ、これから」 「……」 それは、土方や山崎の行動を知ったこれから、という意味だろうと奏は解釈した。きっと間違いない。証拠に、沖田の表情はいやらしく歪んでいる。 「やっぱり、私、あなたが嫌いですね」 「答えになってないぜ」 「答える必要がありませんから」 「捻くれもんだねィ」 「あなたに言われたくないです」 奏がそう言うと、沖田は不機嫌に口を曲げた。沖田に不釣り合いな子供らしい表情に、奏は動揺して沖田を窺うように見つめた。 「…どうかしたんですか」 「アンタ、俺の名前…」 「名前?沖田さんでしょ」 いまさら何を、と奏は怪訝な顔で、更に機嫌が悪くなった沖田に溜息をつく。 「人のことあなたあなたって、俺ァお前みてーな嫁もらった覚えないんですけどねィ」 「そのままそっくりお返ししますね」 「あなたって、やめろ」 「嫌ですよ、あなただって私のこと適当に呼ぶでしょ」 そう言うと、沖田は小さく舌打ちして猪口を傾けた。その様子から、呼び方を改めるつもりはないらしい。奏ももちろん同じようで、視線を空に移して蜜柑を一房口に放った。 13/07/04 top>main>ag series>kazahana>kazahana text |