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「奏ちゃん、とっつぁんから手紙だよ」

そう近藤から渡された封筒には、"無理はするな、何かあったらすぐ連絡しろ"と書かれた小さな紙と免許証が入っていた。免許不携帯で捕まった時に気を回してくれたのだろうと奏は心の中で感謝した。

「どうだ、少しは慣れたか?」
「はい、おかげさまで」

にこりと笑顔を向ける奏に、近藤も笑みを零す。最初はどうなることかと思ったが、うまくやっているらしい。ただし、山崎と自分以外の者とはなかなか話していないようだが。

「何かあったらすぐ言ってくれよ」
「ありがとうございます、局長」

先程よりも砕けた笑顔の奏に、近藤はその頭を撫でてその場を後にした。

奏のことを呼ぶのは、近藤と山崎くらいだった。隊士達は松平が溺愛しているともっぱら噂の渦中の人物に近寄るのは出来難いもので、土方は誰が見ても犬猿の仲、沖田は我関せずである。そうなれば必然的に、奏と近藤、山崎との仲は良くなっていく。土方はそんな三人の様子が気に食わないようで、その場に遭遇しては睨みをきかせ、奏との距離を更に開ける結果となった。







「――、」

小さく聞こえた声に、山崎はそろそろと進めていた足を止めて目を細めた。音を立てないように更に気を配って歩を進めた。
陰からそろりと覗くと、縁側廊下に座っている女が見えた。女といえば、ここには奏しか居ない。声と体格からして間違いないと、山崎は息を呑んだ。

――こんな夜中に誰と…?

奏は地面に届かない足をぶらぶらと泳がせている。
日が変わったばかりの時間に隊内の誰かと密会、土方が疑うように本当に間者なのかと疑惑が増す。ごくりと唾を飲み込むと、山崎は音も無く屋根へ上がった。

奏がやって来て以来、山崎は土方に命じられて奏を見張っていた。常に一人で行動している彼女を見張り、時には声を掛け傍に立って内情を探る。良心は痛むがこれは仕事だとそれを打ち消した。その奏が尻尾を出したのかもしれないと、山崎は慎重に上から様子を覗き見た。

「はあ…」

奏の盛大な溜息と同時に、山崎は首を捻った。
一人。奏は一人で縁側廊下に座っていた。辺りには人影は無く、いつもの屯所の庭だけがそこにある。未だにブツブツ言っている辺り、ずっと一人だったのだろうと踏む。

「納得するしか、ないのかなあ…」

何がだと山崎は思案する。考えたところで、奏が思うところは分かる筈もないのだが。

「あーあ…もうやだ…」

バタ、と奏が仰向けに倒れこんだ。

「私が何したって言うの…」

急に下がった声のトーン。このまま泣き出すのではないかと思う声色だ。

「どうしたらいいの、」

元々小さい姿が更に小さく見え、山崎は思わず縁側廊下へ降りた。

「奏ちゃん」
「ひっ!?や、やま…退…?」

こんな時間なのだ、驚くのも無理は無い。奏は目を大きく見開いて、跳ねた心臓を落ち着かせるように胸に手を当てた。山崎は、こんな状況でも自分が言った呼び名を律儀に守る奏の姿に苦笑した。

「こんばんは」
「こ、こんばんは」
「隣、いい?」

頷いたのを確認すると、隣に腰を下ろした。まだ寒い時期だ、夜ともなればここは随分と冷える。

「ごめんね、見ちゃったんだ」
「え?」
「なにか…悩んでる?来たばかりだし、いろいろ不安?」
「あー…そうじゃ、ないの。分かんないことが多くて」

苦笑する奏に、山崎はうんうんと頷いた。

「来たばかりだしね。きっとすぐに慣れるよ、奏ちゃんも」

そう言って笑う山崎に曖昧に笑みを返した。――この世界がだ、なんて言えるわけがないのだ。



15.覆い隠された真意



「やっぱり彼女はシロだと思うんです」
「根拠は」
「根拠、はないんですけど…。そういう風には見えませんし、そういう仕草も全く見せませんし」

山崎は土方の向かいに正座し、ここ数日の奏に関する出来事を全て話した。

奏が屯所にやってくる前日の夜、山崎は土方に呼び出され、一つの任務を言い渡された。芹沢奏の監視だ。松平の知り合いというが、その関係性もあやふやな女を、あのお人好しの局長は疑いはしないだろう。人を疑うのは自分の仕事だと、土方は奏に対して疑いの眼差しのみを向けてきた。

「あいつは桂といたんだ。確実にシロっつう根拠がねェ限り、ここに置いとく訳にはいかねェ」
「でも…」
「ンだ、随分肩持つじゃねェか。情でも湧いたか」
「そ、そういう訳じゃ…」

目を細めた土方に、曖昧に首を振る。

「もういい、さっさと尻尾掴んで来い」
「はい…」







「さむ…」

もぞもぞとコタツに潜り込み、その中で手を擦る。月も変わってまた春に近付いたとはいえ、朝夕はまだ冷える。布団を出す際に組み立て式の炬燵と炬燵布団が入っていることに気付いた奏は、早速それを取り出した。炬燵を出したことによって部屋は狭くなったが、物が多い方が安心する性質だ、そこは気にしていない。

ガラ

「えっ」

急に開けられた襖に驚いて目をやると、無表情の沖田が立っていた。

「えっと…こんな時間にどうされたんですか?」
「不用心だねィ、鍵あけっぱ」
「…面倒なんで寝るときくらいしか閉めてないんです。ここには泥棒なんていないでしょうし」

沖田に苦手意識がある奏は、身を隠そうとしているのか、無意識に炬燵布団を手繰り寄せた。

「ま、鍵掛かっても持ってるんで関係ないんですけどねィ」
「えっ?」
「いいご身分だねィ、ここで一番豪華な部屋でさァ」

奏の驚いた声をさらりと無視し、沖田はいそいそと炬燵に足を突っ込んだ。

「あー、冬はやっぱり炬燵が一番だねィ」
「そう、ですね」
「エアコン、付けないんですかィ」
「炬燵ありますから。電気代も高いでしょうし」

奏がそう言うと、沖田は一瞬きょとんとした顔をしてからすぐにくつくつと笑いだした。

「…?」
「くく、」
「なんですか…」
「いやァ?それより蜜柑はどこですかィ、炬燵には蜜柑だろ」
「あ、いや、ないですね…。……」

無いと聞いた沖田は笑顔で後方の襖を親指で後ろ手に指した。その意味に気付いた奏は逆らえるわけもなく、渋々炬燵から足を引き抜いた。



12/07/25



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