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翌朝、まだ日も登っていない時間に奏の部屋の襖が叩かれた。奏はその音に目を覚まし、ぼんやりと薄暗い視界の中上体を起こした。布団の脇に置いてある時計を横目で見ると、五時を指している。

「奏さん、おはようございます」
「……、山崎さん?ちょっと待って下さい、すぐ準備します」

奏は、真選組の朝とはこうも早いものなのかとこれから先を案じながら、明かりをつけて鏡台の前でさっと髪を整え箪笥を開いた。

寝間着の浴衣を脱ぎ捨て、ニーハイソックスに足先を入れて勢いよく引き上げる。着慣れなく邪魔なベストは着ないことにし、もつれる足で転げそうになりながらショートパンツに足を差し込む。真っ白なシャツに袖を通し、掛け違いに気を付けながらボタンを閉じ、裾をショートパンツの中に押し込む。ベストが無いことによって先が泳ぐのでスカーフは蝶々結びにし、上着を羽織って前を閉じ、ベルトを通す輪に予め通しておいた腰ひもに脇差を差した。扱えない銃は持っていても仕方ないので置いたままである。もちろん、脇差も使えたものではないのだが。

普段ならあり得ないスピードで支度を済ませると、奏はもう一度髪を撫でつけてから襖を開いた。

「お待たせしてすいません、おはようございます」
「おはようございます。朝ご飯、いきましょっか」







「あれ、副長居ないな」
「え?」

食堂は隊士がちらほらといるだけで、奏の知った顔は無い。山崎に倣って盆を取り、湯呑みを載せてそこにお茶を注ぐと、女中の年配の女性が食事を手際よく載せた。あっという間に朝食が完成し、山崎と奏は並んで座った。

「いや、副長が五時に奏さん起こしとけって言ったんですよ。今まであの人が勘定も事務もしてましたから、奏さんに仕事教えるのも必然的に副長になるんですよね」
「そう、なんですか…」
「…副長のこと嫌いなんですね」
「そう見えますか?」
「ええ、そりゃもう」

嫌だと表情に書いてあると山崎が笑うと、奏もそれを隠そうともせずに笑った。

「ここの人でいいイメージなのって、山崎さんくらいです」
「ほ、本当?こんな扱い初めて…!」

目を潤ませる山崎に、奏は心底同情した。上司があれでは随分と苦労したのだろう。

「でも、副長と沖田隊長はともかく、局長はすごくいい人ですよ。ちょっとずれてるだけで」
「んー…局長さんとは、ちゃんと話したこともないんですよね」
「あ、そうなんですか?」
「ともかくとはなんだよ、随分な言い方じゃねェか」
「ヒッ」

後ろから強い力で肩を叩かれ、山崎は顔を引きつらせた。ゆっくりと振り向くと、土方が細目で自分を見ている。

「ふっ副長、おはようございまーす…」
「……」

奏も山崎に続くように頭を下げるが、声は発さない。土方もちらっと奏に見やっただけだ。どうにも仲が良くない二人に挟まれ、逃げ出したくなる。

「オイ」
「…はい」
「食ったら俺の部屋来い。引き継がねぇといけねェからな」
「……はい」

面倒臭そうにそう言った土方に、奏も心底嫌そうな顔で頷いた。

「私、あの人嫌いです」
「あ…そう、ですか…」

土方が去った後、奏は眉根を寄せて沢庵をかみ砕いた。







「分からねェことはあるか」
「ありません」
「後からわかんねーつっても知らねェからな」
「はい」
「…じゃあもう仕舞ェだ、行け」
「どうも、ありがとうございました」

八時になる前に引き継ぎは終わった。こんなに早く済むなら五時に起こさなくともよかったのではないか、もしかして嫌がらせなのではと奏は苛ついた。わざと丁寧に頭を下げた奏の真意に気づいたのか、土方も眉間の皺を減らさないまま、部屋を出る奏を最後まで見送らず煙草に火を付けた。

――きっと私のこと追い出したいんだろうな

苛々と溜息を吐く。別に全員に好かれたいわけではない。ただ、あそこまで敵意を向けられるとは。

「それは私もだけど…」

また盛大に溜息を吐く。いつの間にか足も止まっていた。

「あ、奏さん」
「あれ、山崎さん。…バドミントンですか?」
「ええ、好きなんです」

庭で素振りを続ける山崎を、誰も気にせず通り過ぎていく。違和感のある光景だが、そう思っているのは奏だけのようだ。

「奏さんもどうですか?」
「え?いいですけど、出来るかな…」
「えっいいんですか!?じゃあハイ、これ使ってください!」

山崎は目を輝かせると、どこからか取り出した新しいラケットを奏に差し出した。勢いにたじろぎながらそれを受取ると、山崎は早速羽を浮かせた。



14.近付いた肩



「ふう、いい汗かいたー。奏ちゃん、大丈夫?」
「疲れた…山崎さん手加減なしなんだもん」

気付けば日はすっかり真上にあり、気付けば二人の仲も縮んでいた。すっかりへとへとになった奏は縁側廊下に座り込んで額の汗を拭った。

「うわ、もうお昼だ。どうする?お昼いく?」
「んー、その前にお風呂入ろうかな。山崎さんは先行って?」
「うん、わかった」

奏は山崎に手を振って別れると、部屋に戻って支度をしてから屯所を出た。

真選組に風呂と厠――トイレは一つづつしかない。風呂は、隊士全員が使用する大浴場だ。風呂にしろトイレにしろ、どちらもとても使用したくはない。トイレに関しては、先程教えられた書類の作り方で早速女用のものを増設する案をお上に申し入れる予定だ。だが風呂に関しては規模からしてもそうはいかないだろうと踏み、昨夜も訪れた、徒歩五分程にある近所の銭湯へ通うことに決めた。







「あー、天国だった…」

一汗かいた後の風呂は格別だった。乾き切っていない髪を一つにまとめ上げ、ついでに辺りを散策する。

「…携帯?」

ふと目に飛び込んできた看板には、江戸には似つかわしくない文字が躍っていた。テレビや冷蔵庫もあるのだ、あってもおかしくはない。

――万事屋に連絡取るときとか便利かな…
「奏ちゃん」
「あれ、山崎さん」
「遅いからどうしたのかと思って」
「あはは、心配性」

奏の言葉に苦笑し、奏が見ていた店を見る。

「ケータイ?」
「うん、買える金額なら買おうかと思って」
「じゃあ俺も見ようかな、そろそろ機種変したいし」

そう言った山崎を連れて、奏は店に入った。

店内にある携帯は、奏の知っているものと違いはなかった。奏は安価な機種に決めると、すぐに契約を済ませた。

「安くてよかったー」
「本当にそれでいいの?」

新しい機種とはいえないその携帯を指差す。年頃の女ならば、やはり最新のものがいいのではないか。

「いいの、電話とメールが使えたら」
「ふうん…あ、じゃあ番号交換しよ」
「!」
「あ、だめだった?」
「ううん、嬉しい!しよ?」

コツンと携帯を合わせ、互いの番号とアドレスを交換する。山崎の携帯は機種変更されていない。先程のはきっと口実で、自分に付き合ってくれたのだろうと奏の頬が緩む。

「えーっと、山崎…」
「さがる。退避の退」
「さがる…っと」

ぽちぽちと携帯に入力すると、山崎が何か思案しているような目でこちらを見ている。

「…どうしたの?」
「いや、こんなこと言うのも変だけどさ、退って呼んでくれない?」
「え?いいけど…」
「呼ばれること殆どないんだけど、今いいなって思って」
「あはは、なにそれ」

真顔のままそういう山崎が可笑しくなり笑う。

「あー、お腹すいたなー」

クスクスと笑って屯所に向かって歩き出した奏に、山崎は本来の役割を思い出し、しかしそれを押し込めて笑顔を作った。



12/07/23



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