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「失礼しまーす…」
「――っ!?」

突如耳に入った声に、ビクッと大げさに肩を揺らして奏は目を開けた。寒い中の座ったままの睡眠は随分と体を固くしたようで、体に違和感があった。
声の方を見ると、牢の前に少し長めの黒髪の青年が手に盆を乗せて、奏を伺うようにその黒い目を向けている。近藤や土方、沖田とは少し違う、合わせで丈の短い上着を着ていてスカーフもしていない。牢に入れられて二回目の朝、沖田以外の人間が初めてここにやってきた。

「おはようございます」
「…どうも」
「えっと、えー…あ、俺山崎です」
「はあ…」
「あー…開けるんで、後ろを向いて手を上げてもらっていいですか?」

奏は返事もせずに、座ったまま後ろを向いて"お手上げ"をするように手を上げた。
ガチャ、ギィ、ガチャ

「はい、いいですよ」

その声に顔だけ振り返ると、山崎もなぜか牢の中にいた。

「え…?…なんですか」
「え?えっとー…ちょっとお話しませんか?」
「……」
「あ、食べながらでいいですよ。冷めちゃうんで」

土方や沖田とまた違う人種に警戒する。奏の中では、ここは変な人間しかいないという認識にがあるためだ。

「いただきます…」

奏が小さく小さく呟くと、山崎はほっと息をついた。前日に3回食事を運んだ沖田に、面倒だと押し付けられた配膳係。攘夷志士の疑いと免許不携帯、そして坂田の原付を窃盗したという女のだ。配膳係というのは名目ばかりで、本来の目的は、気持ちに緩みも出る食事中に話を聞き出そうというものだ。

「芹沢奏さん、ですよね?」

奏は味噌汁をすすって頷いた。冷えに冷えた体にはとても温かい。

「お味噌汁、好きなんですか?」
「…寒かったから。こんな所に入れられて」
「あ、ですよね…」

味噌汁をあっという間に飲み干すやけにつんけんした奏に、山崎は話が違うじゃないかと心の中で沖田を攻めた。あくまでも心の中で。実際には出来やしないし、したところで命が危ない。
沖田から聞いた話によると、女は話を否定するばかり、名前以外の情報も何も言わない、但し扱いやすそうだ、とのことだった。

――どこが扱いやすいんだよ…
「あの、奏さんっておいくつなんですか?」
「…それ言ったら出してくれるわけ」
「そ、そういう訳じゃありませんけど…確率が上がるかもしれません」
「…本当ですか?」

急に敬語になった奏に山崎は心の中で拳を握った。

「違うっていうんなら。正直に話してくれた方が、黙ってるよりはいいと思いますよ」
「黙ってって…。私が喋ろうとしても、土方って人が喋らせてくれなかったんですよ。沖田って人はこっちが何話しても寝てるし…」

奏は土方のことを思い出すと眉間に皺を寄せ、山崎は想像通りの沖田の行動に苦笑した。

「21です」
「え?」
「歳」
「あ、ありがとうございます!」

山崎は懐から手帳を取り出すと、芹沢奏、21歳とペンを走らせた。

「えっと、住所は?」
「住所は、ありません」
「え?」
「ないんです」

嘘がばれないように視線を落とした奏に、山崎は素直に住所無しと記入した。

「えっと、じゃあ実家とか」
「ありません」
「親御さんは…?」
「いませんよ」

山崎がしまったという顔をすると、奏はふ、と口元を緩めた。

「皆絶対そういう顔するんですよね」
「あ、ご、ごめんなさい…」
「何がですか?」
「えっと…」
「別に謝ることなんてないですよ、私も何も気にしてません」

ね?と笑う奏に余計に気が重くなった。無理に笑っているのではないか。探るように奏の目を見るが、自身の培ってきた観察力では嘘を言っているようには思えない。

「物心ついた時から両親はいませんでしたし、引き取ってくれた人達は寿命でしたから」
「そう、なんですか…」

両親の行方が気になったが、そこはいいだろう。居た堪れない気持ちが顔に出ていることが分かっているので話を変えることにした。

「えーっと…」
「私、」
「えっ?」
「私…なんていうか…」
「…ゆっくりでいいですよ」
「早く出たいんで早く話しちゃいます」

苦笑する奏にじゃあ、と手帳を広げ直す。

「桂さんとは、確かに一緒に居ました。でも、あの…」
「うん、」
「私、屋根から落ちてて」
「えっ?」
「屋根から落ちてて…」
「屋根から?落ちてて?」
「そうです」
「う、うん…どうぞ」
「…落ちたところを、助けてもらったんです。桂さんに」
「はあ…」

どう解釈すればいいのか。そのままの意味だろうが、果たしてこの話を信じていいのかと山崎は頭を抱えた。奏が信じられませんよねと苦笑した。

「うーん…んー…」
「でも本当なんです、松平さんも分かってくれてます」
「え」
「え?」

奏が発した名前に、山崎はぴしりと固まった。嫌な汗が背中を伝う。

「松平って…どちらの?」
「警察庁長官って言ってましたけど…」
「ど、ど、ちょっ、え?え!?」
「え?どうしたんですか、ちょっと…」

立ち上がって後ずさりした山崎の背中に、牢の冷たい柵が当たる。

「ああどうしよう、俺話聞きたくなくなってきちゃった」
「え!?やめてくださいよ、早く帰りたいんです」
「あ、あの人と知り合いなの…?」
「え?…話、行ってないんですか?」
「ご、ごめん…どういうこと?」

焦りのせいで敬語はどこかへいってしまった。ひどく嫌な予感がして、山崎は生唾を飲み込んだ。

「最初にそちらに追いかけられた日、松平さんも居ましたよね」
「うん…」
「あの日、誤解だったって解決してます」
「う、うわあ…」
「それを一昨日、ここに連れてこられたときに何回も言ったんですけどね。確認してって」

目を細くして山崎をじとりと見つめる奏。山崎はあーうわーと唸りながら手の平で目を覆った。

「最悪だ…」
「こっちの台詞なんですけど…」

もはや嘘かどうか確認する気もなかった。こんなに容易くばれる嘘をつく者はいない。

「至急確認して――」

ドカアアアアン!

「「!?」」

急な爆発音と衝撃に、山崎は奏を庇うように覆いかぶさった。土埃が辺りを舞う。

「襲撃かもしれない。ちょっと待ってて」
「は、はい」

先程とは違い真剣な顔つきの山崎に、奏はコクコクと頷いた。どちらにしろここを動こうと思うような状況ではないが。

ギィ

いつの間にか牢を出た山崎が、部屋のドアを薄く開けた。と同時に。

パタン

そうっと扉を閉めた。その頭は真下を向いている。

「俺死ぬかも」
「え、」

バアン!

「ぎゃっ」
「奏ェエエ!!」



09.救済の手



「!?…まっ松平さん!?」

勢いよく開かれた扉に潰された山崎のことも、一瞬で奏の眼中から消えた。松平は開いたままの牢に飛び込むと目を見開いた奏に駆け寄ってその手を握る。

「大丈夫か」
「は、はい…!」

奏の目にじわりと涙が滲む。なぜか、松平は既に泣いていた。



12/07/07



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