「本当です、松平さんに聞いてもらえれば――」 「残念だな、俺達はとっつぁんみてーに女に甘かねーんだよ」 「甘いとかそういう問題じゃなくて――」 「で、どんな嘘ついて逃れたんだ?」 ――いちいち被せてくるなよ…! 奏は抵抗も空しく、真選組と看板が掲げられた建物に連れてこられていた。押し込められたのは、取調室。椅子に座らせられ、後ろ手に手錠をはめ直された。 奏の言うことには一切聞く耳を持たず、机を挟んで見下ろしてくる男は土方十四郎。奏の向かい、土方の隣に座って、暇そうに欠伸を繰り返す少年は沖田総悟。二人は形式的に名前を名乗った。土方は副長、沖田は一番隊の隊長だと言ったが、何の話か奏には分からなかった。そもそも隊とはなんだろうか。 ――ここって多分警察だよね…? なぜ自分がここにいるのか奏は頭を抱えたくなった。何もしていないし、誤解は解けたはずだ。同じ警察同士だろうに、話がいっていないとはどういうことなのか。 ――夢みたい…。夢…?こういう時は、 「いっ!?」 急に頬をぎりりとつねられた。目の前に座っていた沖田は身を乗り出し、痛みを訴える奏を完全に無視して頬をつねりあげている。 「は、はなしてくださ、いたい!」 「おま、何やってんだ…」 土方は呆れ顔だが、奏に至っては涙目だ。沖田の手は手加減を知らないようで、頬からぎりぎりと音が聞こえる気さえした。沖田は飄々とした顔で手を放すと、何もなかったように椅子に座り、優雅に足を組んだ。 「な、なに、」 「いやァ、頬をつねるって考えやせんでした?なんで代わりに」 奏は瞬時にこの男が苦手だと判断した。土方は無論嫌いだが、沖田に関しては身の危険をひしひしと感じる。 「どうだ?」 奏が涙を拭きつつ俯いて頬を押さえていると、部屋に新たに人が入ってきた。少し髭を生やした、背の高い男だ。 「近藤さん。…何も話しやしねェ。言うのは名前だけだ」 「んー、どうしようか」 「牢にぶち込んどけばそのうち話しまさァ」 「ろう、」 思わず会話に飛び込んだ。 「そ、牢でさァ。あんたが口割らねーからですぜ、もう営業終了なんでねィ」 「そ、そんな、困ります!帰らせてください!」 慌てて立ち上がると大きな音をたてて椅子が倒れた。近藤という男に訴えるように話しかけるが、近藤は困ったように唸った。土方に近藤さんと呼ばれていたため、土方より目上なのだろうと踏んだ。副長の上はトップしかいないはずだと。 「大人しく座っとけ。痛い目見たくねーだろーが」 「……」 腰に下げた刀に手を掛けた土方に低い声で言われ、奏は身を固くした。近藤によって元に戻された椅子に大人しく腰掛ける。 「私、何もしてません…」 じわりと目頭が熱くなって視界がぼやけ、奏はそれを隠すように俯いた。 「泣き落としなんてきかねーぞ。来い」 「いっ、」 土方に乱暴に二の腕を掴まれ、奏は近藤と沖田を残して取調室を出た。 08.溜息で呼吸 「あり、まだ食ってねーんですかィ。さっさと食べてくれねーと俺も寝れねーんですけどねィ」 「結構です…」 小さな明かりが一つだけの牢に奏は放り込まれた。牢がいくつか並ぶ大部屋のような場所だ。牢の中には布切れのように薄い布団が一枚あるだけだ。冬の寒さが冷たい床から直に伝わり、足先には感覚もない。もちろん大部屋への入り口も、この小さな牢の扉も、厳重に鍵が掛けられていた。 「勝手に死んでくれるんならこっちも楽って言いたいんですけどねィ、処理に困るんでさァ」 にこりと可愛らしい笑顔でそんなことを言う沖田にぞっとする。ここの警察はまともな人間がいないのかもしれないと奏は思った。 「食え」 「!……」 笑顔の裏にとんでもないものを飼っているだろう沖田に逆らうことはできず、質素な食事を事務的に噛んで飲み込む。味などしなかった。 「どうも。ごちそうさまでした」 精一杯の皮肉を込めて箸を置くと、沖田はやっとかと盆を持ってさっさと出て行った。 「…心配、かけてるよね」 挨拶もなしにあちらの世界に帰ろうともがいていたくせにそんなことを思う自分に奏は苦笑する。 「どうしよう…」 ここから逃げられる確率は、ゼロに等しいだろう。 12/07/02 top>main>ag series>kazahana>kazahana text |