kazahana | ナノ

奏が万事屋に住むようになった日から三日目の夕方。坂田、神楽、新八は珍しく頭を突き合わせて小さな声で会議を行っていた。議題は奏についてだ。
あれから毎日、奏は職を探すと言って出かけていた。文字通り、朝から晩まで。それはいいのだ。それだけなら。

「絶対何かあるんですよ、奏さん…」
「毎日怪我して帰ってくるアル」
「だなァ…」

坂田は眉間に皺を寄せて後頭部を掻いた。この場所に土地勘もない、家も当てもない女が、なぜ毎日怪我をして帰ってくるのか。気にはなるし心配もするが、聞いていいのかいけないのか悩むところである。

「銀ちゃん」
「わーってるって…」

神楽の眉が下がるのにはどうも弱い。深くため息を吐いた。坂田は分かったとは言ったものの、実際どうすればいいのか見当も付いていない。
毎日出かけては傷を作って帰ってくる。それに関して、だれも何も聞けずにいた。帰ってきた奏は決まって、下手なのか、それとも隠せないほどの気持ちを持っているのかは分からないが、酷い笑顔でただいまと言うのだ。そんな顔をされては、問うに問えない。

「もうすぐ帰ってきますよ、奏さん」

時計を見ると、間もなく18時。この季節は日が短く、外はもう藍色に染まっている。

「今夜話せたら話すわ…」
「お願いします、銀さん。僕もう帰りますね」
「銀ちゃん一人で大丈夫アルか?」
「舐めんなよ。新八の一人や二人、居ても居なくても変わんねーよ」
「一人や二人って、僕は一人しかいませんからねー!?」

廊下から叫んだ新八は、返事を待つことなく家路へとついた。







今は年も明けた2月。そう、万事屋の居間にかけてあるカレンダーが示していた。時間がどう過ぎているのかは分からないが、少なくとも元居た世界とこちらの世界は同じ頃らしい。

坂田が奏に半纏を渡した二日目の日、奏は神楽とともに街へ出て2、3着の服を買った。奏は着ていたスーツとコート、そしてミュールしか持っておらず、当たり前だがそれではやってはいけないからだ。
和服は上手に着られない。坂田が買ってきた浴衣は寝巻用の浴衣でおはしょりが無く楽に着ることができたが、普段着用の浴衣はそれでは駄目らしい。もっとも、今の季節に浴衣を着て歩いている者はいないが。坂田や、一階に住む、大家でスナックのママを務めているお登勢から聞いた店に行くと、種類は少ないもののシャツ等を買うことができた。

この世界にやって来て、早くも四日目。奏は毎日のように、人目を避け、ありとあらゆる場所から落ちたり転げたりを試していた。万事屋の一行に黙って帰るのは大変気が引けたが、なるべく早いうちに帰ればあちらもすぐに気にしなくなるだろうと考えた。だが、一向に景色が変わることなく、今日も奏はすり傷や切り傷を作って家路についていた。

「もう帰れないのかな…」

こちらの世界にやって来て増えたのは、傷だけではなく独り言もだ。奏はどんよりと曇った空から落ちてくる雪に身震いをして足を速めた。







「おや、お帰り」
「あ、お登勢さんこんばんは」

奏が万事屋への階段に足をかけたところで、暖簾を潜って出てきたお登勢が声を掛けた。一見顔は怖いが、中身はとても優しいことを奏は数回顔を合わせただけで十分知っている。

「お出かけですか?」

スナックはもう開いている筈だ。それなのに、手には手提げがかかっている。

「砂糖が切れちまってねぇ。あんたんとこは、砂糖はいつもないだろ?」
「そう…ですね」

大量に砂糖を使う大の甘党の坂田がいるので、万事屋はいつも砂糖が少ないのだ。糖尿病一歩手前だというので止めるが、いつもかわされてしまう。

「こんな時に限って、キャサリンに休みをやっちまってね。丁度客もいないから」
「あ、じゃあ私行ってきますよ」
「あら、いいのかい?」
「はい。坂田さんに原付貸してもらうんですぐですし」

そう笑うと、お登勢はじゃあ有難くと手提げを奏に渡した。
キャサリンとはお登勢が営むスナックで働く天人だ。奏の予想では30歳は過ぎている。坂田曰く団地妻顔に猫耳がちょこんとついた、とてつもなく激しいギャップの持ち主だ。奏は階段を駆け上がると、玄関に放り出されている鍵を拾う。

「坂田さーん」
「んー?奏ちゃーん?」
「はいー!ちょっとお登勢さんのお使い行ってきますー!」
「あ?」

坂田はソファから起き上がると、奏がいる玄関に顔を覗かせた。

「ババアの使い?」
「今日キャサリンさん休みみたいで。もうお店も開いてるし」
「いいのか?」
「はい。あっ、で、これ貸してもらえます?」

そう見せた鍵は坂田の原付のものだ。

「いいけど…免許あんの?」
「じゃないと言いませんよ、車も運転できます」
「じゃあいいけどよ…ちゃんとメットかぶれよ」
「もちろんです」
「ゆっくり走れよ」
「はい」
「暗いから気をつけろよ」
「はいはい、お母さん」
「おま、だれがお母さんだァアア!そんなでっかい子産んだ覚えはありません!」
「あはは、いってきます」
「おーおー、早く帰ってこいよ」
「はーい」

奏は後頭部を掻く坂田をクスクスと笑うと扉を閉めて笑顔のままヘルメットをかぶった。坂田が後頭部を掻くのは、困った時と照れた時らしい。







「うわ、真っ暗」

砂糖を買ってスーパーから出ると、ぼんやりと明るかった空はもうすっかり闇に染まっていた。奏の脳裏に心配性の坂田が浮かぶ。坂田のことだ、早く帰らないとぼやかれるかもしれない。
キーをさしてエンジンをかけ、かぶき町という名に相応しい歓楽街を抜ける。夜だというのに随分と明るく、騒がしい。こんなにネオンが光っているのでは、ライトの意味もないかもしれないと奏が思っていると、通りを歩く一人の男と目があった。瞬間。

ピィィイイイイ

きんと響く笛の音が鳴った。男が銀色の笛を口にしていたのが、一瞬目の端に見えた。

「止まれェエエ!」
「っ!?」

急に横道から出てきた数名の男に、奏は慌てて急ブレーキをかけた。がくんとつんのめるようにして原付が止まる。

「えっ、危な…!なんですか…?」
「なんですかとは随分余裕だなァ」
「え?」

やけに瞳孔を開いた男が睨みをきかせる。恐ろしい形相に、奏は思わず目をそらした。

――あれ?

この男たちが着ている服。黒地に銀の縁の制服のようなもの。最初に松平が追ってきたあの日、一緒にいた者も同じものを着ていたような記憶がある。

「桂小太郎一派の者だな、同行願う」
「え?また?いや、私――」
「あれ、土方さん」
「あ?なんだ」
「これ旦那のじゃありやせんかィ?」

蜂蜜色の髪に紅い目をした少年が原付を指差した。サイドには大きく銀と書かれている。

――坂田さんと知り合いなの…?
「…これどうした」
「…――えっと、ひ、拾いました…」

迷惑を掛けまいと、咄嗟に出た嘘は下手なもので、奏は自分で自分を罵った。相手は警察、要は盗んだなどということを言って、放っておいてくれるわけがない。

「じゃ、とりあえず窃盗で逮捕でさァ。免許出してー」
「免許…ちょっと、忘れました」

違う世界のものを出してもいい方向に向かうとは思えなかった。それに、あちらの世界でしか使えないもの、もちろんカードも、部屋の隅に置いた段ボールに詰めている。

「免許不携帯も追加だ」

ガシャン



07.デジャヴ



再び手首にその重さと冷たさを感じ、奏は溜息さえ吐けなかった。



12/07/02



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