kazahana | ナノ

「ごめんね、神楽ちゃん…」
「使えない女アル」

奏は玄関から上がれず、ただ頭を下げた。一段上がった廊下には、仁王立ちの神楽が頬をこれでもかと膨らませている。

「酢昆布の一つや二つ買ってこられないなんて、お前はマダオ、まるで駄目な女アル!」
「……すいません…」

何が悲しくて、こんなことで、しかもこんな年下の女の子に説教をされなければいけないんだろうと奏は泣きたくなった。頼みの綱の坂田は出掛けているらしい。

「私の今日のおやつどうしてくれるアルか!?」
「え、えっと…」

何かないかと、バッグの中を漁る。

ガラッ

坂田が帰ってきてくれたと、奏は開いたとを勢いよく振り返った。

「あ、ど、どうも…」
「あれ、お客さんですか?」
「あ、いや…」

眼鏡の少年が、人のよさそうな笑顔を向けた。

――万事屋の人…?苦しい苦しいって言ってたのに、二人も従業員いるんだ…。そういえば、眼鏡って言ってたような…

奏は新八も神楽も随分若いのが気になったが、世界が違うと何事も違うのだろうと自己完結した。

「今日からここに住むって銀ちゃんが言ってたアル」
「へえ、そうなんですかー、よろしくお願いしまー…ってェェエエエエ!?どういうこと!?」
「!?」

急に激しく突っ込まれ、奏は狼狽えた。ここの人間は激しい人が多いようだ。

「ただいまー…ってお前ら玄関で何やってんの?」







「っつー訳でな、まあ仕事が見つかるまでだ」
「私はずっといてくれても良いアル!奏はいい奴ヨ!」

奏がバッグから取り出した飴を大いに喜んだ神楽は、先程までの扱いが嘘のように奏にべったりだ。

「現金な奴だな…。悪ィな」
「いえ」

神楽も眼鏡の少年新八も、奏の予想通り万事屋の従業員だった。ただし、給料はまともにもらっていないらしい。坂田と神楽はこの万事屋に、新八は実家からの通いらしい。

「ここで神楽が寝てんだけど、一緒でいいか?」
「はい、私はどこでも。…本当にその辺で良いんですよ?神楽ちゃんにも申し訳ないし」
「だめですよ、奏さん。この人危ないですから、神楽ちゃんの近くの方が安全です」
「そうヨ、男は皆狼アル」
「信用ねェなお前等」

玄関から上がってすぐ右の小さな洋間が、奏の寝泊りする部屋となった。本棚や段ボールが置かれているが、奏の手荷物は少ない上、長居する予定ではないので気になることは何もない。押入れは神楽の寝室だというので、部屋が一緒といっても、この床に布団を敷いて寝るのは奏だけのようだ。

「そいえば銀ちゃん、何買ってきたアルか?酢昆布?」
「ちげーよ、ほら、奏ちゃんの」

ほら、と差し出された大きめの紙袋を受取り、一つ一つ机に出していく。
ピンクの歯ブラシ、ネコの絵が描かれた小さい茶碗、それと揃いの湯飲み、ピンクの市松模様の箸、淡い紫の地に花が散る柄の浴衣。寝間着といったのはこの浴衣のことだろう。

「わ…なんかすいません…」
「寝間着以外百均で悪ィけどよ」
「いえ、嬉しいです。…ありがとうございます」

横を向いて後頭部を掻く坂田は、周りからの評価はともかく、人情のある優しい人だと感じた。それと同時に、物価は同じようだと現実的なことも把握した。

「私のはウサギアル。お揃いネ」

嬉しそうに笑う神楽に、奏も同じように笑って返した。こちらにやってきて、素直に出た初めての笑顔だった。



06.夜明けの匂い



日もとっくに沈み、月もそろそろ帰ろうかという頃。奏は与えられた部屋の布団の上で眠れずにいた。すぐ横の押入れから聞こえる、神楽の激しい寝言や壁を蹴る音のせいではない。

「帰れるのかな…」

ぽつりと小さく漏らしたそれは、小さな部屋の中に響かず消えた。昨日はものすごく波乱の一日だった。別世界へ来、そして元居た世界へ帰り、そしてまた来てしまった。一日の内に、一生かかっても経験できないようなことを3回もしてしまった。
乾燥した空気に喉が渇き、奏は静かに部屋を出た。

キュ

蛇口を捻り、坂田が買ってきた湯飲みに水を注ぐ。この水だって、きっと同じ味だろう。不自然な世界だと奏は思った。シンクの真上にある窓から見える夜空も何も変わらない。隣には冷蔵庫だってあるし、寝る前に入った風呂だって普通と何ら変わりはしなかった。

「昔、なだけじゃないんだよね…」

江戸、だけでは済まない世界だ。天人と呼ばれる地球外生物もいる。聞けば神楽も人間ではなく天人というし、定春も宇宙生物だという。

「枕変わったら寝れねェ派?」
「っ!…さ、坂田さん…。いや、そういう訳じゃ…」
「ああ、アイツのイビキうっせーだろ」
「いえ、大丈夫ですよ」

物思いにふけっていたせいか、奏は坂田がキッチンに入ってきたのにも気付かなかった。銀色の月明かりだけのキッチンに、坂田の銀色も浮かぶ。日中とは違い、寝間着の着物の上に半纏を着ている。日中は黒いシャツの上に白い着流しを着て、右腕だけは着流しに通していないという不思議な格好だった筈だ。

「それ寒くね?」
「まあ、でも布団の中に入っちゃえば」
「一緒に寝ちゃう?一人より暖けェと思うんだけど」
「な、何言ってるんですか、もう」

照れを隠すようにあははと笑うと、坂田は本気なのか冗談なのか、表情を変えないまま残念だなァとぼやき、冷蔵庫からいちご牛乳と書かれたパックを取り出した。それをラッパ飲みすると、いる?と差し出されたが水の入ったコップを掲げて首を振る。

「奏ちゃんっていくつ?」
「21ですよ。坂田さん達は?」
「え?」
「えっ?」
「あ、いや、もっと若いかと思ったわ。18、19とか」
「あはは、お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃねーんだけど…っと俺は27でー、新八は16で神楽は14。確かな」
「14ですか…」
――そんな歳で働いてるなんて…

奏は視線を落とした。もしかすると、自分が想像するよりももっと大変な世界なのかもしれない。

「どーした?」
「あ、いえ」

昨日今日来た人間があまり踏み込む問題ではないと、奏は疑問を消してにこりと笑って首を振った。

「じゃー二度寝すっかなー」
「そうですね。おやすみなさい」
「おー。ハイ、これ着ときなさいよ」

坂田はおもむろに半纏を脱ぐと、奏の胸にそれを押し付けた。

「風邪ひかせっとヅラがうるせーからな」
「でも坂田さん、寒そうですよ」

ニッと唇の端を上げた坂田は、ぎゅっと自分を抱きしめている。

「いやこれはほら、人肌恋しいっていうか」
「なんですかそれ」
「いーから寝ろ!着ろよ!」
「はい、ありがとうございます」

くすくすと笑うと、坂田は照れたような不機嫌なような表情で部屋へと戻っていった。それを見届けてから奏も部屋へ戻って布団へもぐりこんだ。

――着て寝るとかさばるか…布団の上にかけとこ

布団の上にふわりと広げるたその香りに気が抜ける気がした。なんだか眠れそうな気がして目を閉じると、瞼の裏に銀色の月と銀色の髪が浮かんだ。


そのふたつはきっと甘い



12/06/30



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