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「では銀時、奏殿をよろしく頼む」
「分かったからお前はとっとと出てけ!二度と来んじゃねー!!」
「ふん、お前は物の価値を分かっておらん。奏殿、また何処かで」
「あ、ありがとうございました、桂さん」
「礼には及ばん」
「さっさと行け!」

坂田は窓から半分身を乗り出した桂を迷いもなく蹴落とすと、勢いよく窓と鍵を閉めた。

あの後とんとん拍子に話は進んだ。拒否したことを慌てて撤回した坂田は、住み込みの仕事が見つかるまで部屋を提供すると申し出た。有難いことに、金もいるだろうから、家業の万事屋を手伝えとも。ただし仕事は多くないようで、週に1〜2日程度のバイトでいいという。少ない分、給料も少ないらしいが。
ということは家計も苦しいだろう。申し訳ないと、住むこともバイトをすることも遠慮したが、乗りかかった船だと逆に断られてしまった。

「あの、本当にいいんですか?」
「ん?」
「私、お金もなにもないですし、桂さんのもあれだったし…見当たりませんけど」

話がついたところで桂が懐から出したのは、彼お手製のエリザベス写真集だった。坂田は憤慨し、桂はそんな坂田を理解できないと嘆いた。エリザベスはそんな坂田を見て傷付き、家を飛び出していってしまった。
エリザベス写真集は桂が持って帰ったのだろう。坂田も微塵も惜しいとは思っていないが。

「いらねーよ、何も。気にすんな」

坂田は小さく微笑むと大きなあくびをして、奏の向かいのソファに寝転がった。

「んー。あ、お前の部屋どうするかなー」
「えっ?部屋なんていいですよ、その辺でいいです」
「そういうわけにもいかねーだろ。ああ、一つ空いてるっちゃあ空いて――」
「ただいまアルー!」

元気な女の子の声が家の中いっぱいに響いた。奏はその声を聴いて、他にも住人がいると坂田が言っていたことを思い出した。

「でっ…か…」

振り返った奏の目に入ったのは飛び込んできたのは、大きすぎる真っ白な犬だった。いい子にお座りをした犬は、首を傾げて奏を見つめた。その頭の位置は、坂田と変わらない。

「さか、坂田さん…!」
「あー…コイツな、ちょっと大きいんだわ。糞もでけーぞ」
「はは…」

ちょっとどころではないし、初対面の人間にそんな台詞はないと、奏の笑顔が引きつった。

「あれ、カネづるアルか?」
「客って言え客って!それにコイツは違ェよ」

犬の背中からぴょこんと顔を覗かせた少女は、あからさまにがっかりした表情になった。

「こんにちは。…なんだかごめんね?」
「また酢昆布買ってもらえないヨ…。じゃあどちらさんアルか?」

奏が名前を名乗ると、少女も神楽と名乗り、犬を定春と紹介した。神楽は橙色の髪を左右でお団子にし、チャイナ服だ。奏の目には、まだ十代前半のように見えた。

「今日から少しの間ここに住むからな。仲良くしろよ、神楽」
「どっどっどういうことアルか!?目ェ覚ますアル、銀ちゃんに騙されてるヨ!」
「へ、うわわ、わ、」

急に犬から飛び降りた神楽は、奏の肩を掴んでがくがくと前後に揺らした。

「オイお前なんてこと言ってんだよ!変な誤解与えるんじゃねェエエ!!」
「何て言われたアルか?なんか弱み握られてるアルか?」
「い、いや、あの、」
「うっせェエエ!!!あれだよあれ、ちょっとバイトするんだよここで!」
「バイト?そんなカネあるんなら酢昆布買えやコノヤロー!!!」

ようやく奏から手を放すと、神楽は坂田に飛び掛かった。奏は車酔いにも似た感覚の中、目の前で始まった殴り合いに冷や汗をかいた。

――なんだかとんでもないお家にお世話になるみたい…



03.立ち位置



「ふう…」

乱闘は、予想外の神楽の勝利で幕を閉じた。坂田は見るに堪えないくらいボロボロになり、傷だらけの腕で神楽に酢昆布代を渡した。神楽はその小銭を奏に差し出し、「新入りの仕事はパシリアル。酢昆布買ってこいヨ」と、可愛い顔に似合わない辛辣な言葉で奏を家から追い出した。
あんな激しい人物と果たしてうまくやっていけるのかと不安がよぎる。それに、頼りの坂田も頼れるのか頼れないのかあの調子である。

一つあった収穫と言えば、金が一緒ということだ。神楽に渡された小銭は、馴染み深いそれだったのだ。

玄関の扉から目を離し、面した通りへ伸びる階段を降りた。どうやら坂田家は二階建ての二階にあるらしい。階段を降りて見上げると、階段から玄関前のデッキに備え付けられた柵に、【万事屋銀ちゃん】と書かれている。これが会社名らしい。一階はスナックと看板がかけてあった。

「家を出て、左」

神楽に教えられた道順を思い出すように声に出し、通りを眺めながら歩き出す。
江戸のかぶき町。しかも漫画の、だ。通りを歩く人たちは皆着物で、時折宇宙人のような生き物も歩いている。あまりにも驚いて声にならない悲鳴を上げたが、驚いているのは奏だけのようで、声が出なくてよかったと止めていた足をまた動かした。

キキィッ

次の角を曲がると目的地、というところで、耳に大きなブレーキ音が響いた。

「ん?」

何事かと視線をやると、そこには黒塗りの車。嫌な予感がした。
道のど真ん中に無遠慮に止められた車から二人の男が降りてきて、すぐに奏の方へ駆け出した。その内の一人に見覚えがある。

「そこ動くんじゃねェぞ女ァ!」
「え、私ですか!?」

あのサングラスに髭、ヤクザのような容姿は見間違えるはずもない。先程桂を追って、更に銃を撃った男だ。
奏は身の危険を感じ、咄嗟に背を向けて走り出した。警察と言っていたが信じがたい。まったく逆の立場ではないのか。

「待てェエエエエ!!」
「ひっ」

走りにくいヒールを脱げ捨てたかったが、そんなことしていればすぐに捕まってしまう。そもそもなぜ追われなければいけないのか。覚えている限り、自分はは何もしていないのだ。

――まさか桂さん、本当に…?

犯罪者、と思い浮かんでその考えを即座に消す。桂は奏を助け、更にはこれから生きていくために手を差し伸べてくれたのだ。とてもそんな人物とは思えない。

「あっ」

ドサッと音を立てて転んだ。ヒールで逃げようなどとは無謀だったのだ。

「いったあ…」
「つーかまーえた」

しまったと顔を上げた瞬間、手首にガシャッと重みがかかった。

――ああ、見たくない…。

引きつる表情で視線を落とすと、予想通り銀色の手錠がそこで誇らしく光っていた。

「攘夷浪士の女、逮捕ォ」



12/06/28



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