ところでここはどこだろうか。先程見た街や景色に、奏は見覚えがなかった。自然に窓の外へ目をやる。そこには青い空と白い雲、そして浮かぶ船。 ――ふね? 「……」 船である。ぷかぷかと、船が、海に浮いている筈の船が浮いていた。 「え、え!?」 ありえない風景に二度見三度見し、見る度に混乱していった。 ――いつ?いやいや、こんなことになってたらテレビとか会社で話題に…! 焦ってもつれる足で窓に駆け寄る。 「なにこ、れ……。………――あ、」 くるりと振り返った奏の視界には、不思議そうにこちらを見つめる二人と一匹。 「まじ…?」 小さく呟いた声は、奏にしか聞こえていない。 「あ、あの、ちょっとお聞きしてもいいですか?」 眉間に皺を寄せた奏に、二人も黙って顔を見合わせた。 「どうしたのだ」 「ええと、あの、ここってどこでしょうか?」 「ここは江戸、かぶき町だ。なんだ、奏殿は迷子だったのか」 「え、なに?お前の知り合いじゃねーの?」 「奏殿とは先程な。彼女が屋根から落ちてきたところに居合わせたのだ」 【そして桂さんが見事キャッチ!】 屋根から、と聞いて坂田はまた渋い顔をした。なにやら面倒なことになりそうな気がする。 「奏殿はあそこで何をしていたのだ」 「え!?えっと……」 口ごもる奏に、坂田は後頭部を掻いた。 ――ビンゴか… どうにも自分の周りには、問題のある者ばかりが集まる。奏も例に漏れないのかと、これから起きるかもしれない何かに何とも言えない気分になる。 そんなことを思われているとは知らない奏も、眉間に皺をくっきりと作り渋い顔をしている。と、その視線が、先程まで落とすまいと握りしめていたバッグを捉えた。 「あ。そうそう、飛行機に乗ってたんです。出張中で」 奏は普通の会社員である。年に数回ある出張は、普段は新幹線だ。が、今回は遠方だった為珍しく飛行機だった。預けたキャリーケースのことを心配しながら、自身の行動を思い出す。 「――で、すぐうとうとしてて…気付いたら屋根から落ちてまし、た…」 自分で言いながら、一瞬元に戻った眉間にまた皺を寄せた。一つ分かったと思ったらまた疑問である。奏以外の二人も、また顔を見合わせた。 「ヒコウキとはなんだ」 「コイツまだ反抗期なの?」 ――うわあ、ほぼ確信… 奏はゆらゆらとソファへ戻り、腰を下ろすと項垂れて頭を抱えた。 「江戸、飛行機…」 そしてこの二人と一匹、空を飛ぶ船。 ――これって、あのマンガだ。あの世界だ… 会社の休憩スペースにいつも置いてあった漫画雑誌の中で連載されていたことを思い出す。全て読んでいたわけではないが、目に入るところに置いてあれば読んでいたのだ。たくさんある話の一つという程度だったが、独特な世界観だけに、印象は強かった。 「ぎんたま…」 「ちょっと何言ってるのこの子」 「奏殿ってば大胆ブフッ」 頬を染めた桂を坂田が張り倒して踏み潰すが、奏の目には映らなかった。ただただこの状況に混乱していた。空想の中のようなことが、実際に起こっているのだ。 押し黙っている奏に、ふざけていた二人も大人しくなった。エリザベスに至っては、ずっと事の成り行きを静かに見守っている。 「あー、なんだ、その…家出?出稼ぎ?」 「…行く当てはあるのか?」 全ての問いに、奏はゆるゆると首を横に振った。 ――本当だ、どうしよう…。家も絶対ない、よね。お金、同じなのかな…。どっちにしろ少ししかないけど 途方に暮れても仕方がないと、溜息を吐きつつここでやっていく術を必死で考える。坂田と桂は、難しい顔をして何かを思案する奏の言葉を待った。 数分後、奏は顔を上げた。難しい顔のままだが、眉間の皺は幾分かましだ。 「家出でも出稼ぎでもないんですけど、ちょっと行く当てがないんです」 「…どうすんの?」 「はい、仕事を探そうと思ってます」 「ふむ、仕事か」 「はい。住み込みの。…本当にすいません、お世話になりました。桂さんとエリザベスさんも、助けて下さって本当にありがとうございました。坂田さんも、お邪魔しました」 奏は深々と頭を下げた。そうと決まれば早く行動しなければ。 「いやいいけどよ、まあなんかあったら電話しろよ」 「いや、待て」 立ち上がった奏が坂田の差し出した名刺を受取ると、桂がどこか自慢げに笑った。 「なんだよ、」 「住み込みの仕事が見つかるまで、ここで世話になるといい」 「え?」 「はっ!?なに勝手なこと言ってんのお前!うちは眼鏡と大食いとでか犬で精一杯なんだよ!」 「そうか、それは残念だ…。奏殿の前で言うのもなんだが……秘蔵のアレをやろうと思っていたのだが」 02.釣り上げる救いの手 断固拒否する坂田に、桂は心底残念そうに懐に手を入れた。 12/06/25 top>main>ag series>kazahana>kazahana text |