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「だから、私、桂さんの女じゃありません」
「どっちにしろイイ仲だろ?お姫様抱っこなんてしちゃってよォ」

あーハシタナイハシタナイ、と男、松平は黒塗りの車の後部座席で肩を竦めた。手首には、片方が奏にはめられた手錠がはめられている。先程いた男は彼の部下で、今は松平に命じられて彼の煙草を買いに席を外している。

「さっき、何て言ったんですか…?」
「ア?」
「じょうい、」
「攘夷志士?攘夷浪士?」
「そう、それです。それってなんですか」

松平と部下の二人は、奏に向けて開かれた警察手帳や無線のやり取りなどからして本当に警察のようだった。黒塗りの車の上には、先程赤灯も乗せられた。フルスモークの車内で、奏は安心半分不安半分で松平に口を開く。

「何ってお前さん、そんなしらばっくれ方はないねェ」
「しらばっくれてなんかいません」
「試してるつもりか?え?」
「だからそうじゃなくて!」

暫く言い合うと、松平の表情は完全に奏を疑ったままだが、ううんと唸って顎に手をやった。

「何て説明すりゃいいのかねェ。要はどっちも一緒だろ。昔国を救うっつって天人をぶっ殺そうとしてた奴や、今のこの天人に牛耳られてる幕府を倒すっつって、未だに活動してる奴らのこと、で合ってるはずだ」
「あまんと」
「それも説明しろって言うのかい、嬢ちゃん。ほら、窓の外にいるだろーが」

クイ、と親指で指された先を見ると、首から上に魚が乗っている、人間のようなもの。

――ああ、宇宙人じゃなくてあまんとっていうんだ…
「それで、桂さんはその…」
「攘夷志士」
「なんですか?」
「おう」
「それって、悪いことなんですか?」
「おう…ってなんなんだよオメーさんは。どっかの箱入り娘か?そんな風には見えねェけどなァ」
――一言余分なんだけど。余計なお世話…!

若干頭にきつつ、奏は小さく溜息を吐いた。坂田の家で桂が言っていたのはこういうことだったのだ。

「私そういうの良く知らないんです、桂さんともさっき知り合ったばかりなんです」
「そんなの信じる奴がどこにいんだよ、警察舐めんなよォ」
「舐めてないですよ、本当なんです」

そういうものの、松平が信じることはないだろうと諦めにはいる。

「まあ詳しい話は取調室でな。アイツどこまでタバコ買いに行ってんだよ、遅ェな」
「いっ、うわ、」
「あ、わり――」

ドスン

手錠が繋がっていることをすっかり忘れていた松平が勢いよく車から降りると、物凄い力で奏は引っ張られ車から転げ落ち。

「いったあ…。…え…?」
「アァ?なんだこりゃァ」

先程まであった江戸の町並みは、一瞬で室内へと変わった。


「ここ…」
「どうなってんだ、オジサン瞬間移動しちゃった?」
「……ここ、私の家です」

呆然と部屋を見る奏は、驚きのあまり喜ぶのも忘れてそう言った。江戸に行く前は飛行機の中だったことなど、こうなればもはや問題ではない。

奏は「え?嬢ちゃんが瞬間移動したの?」と聞いてくる松平を無視して、手元にあったリモコンでテレビを付けた。チャンネルを変えてニュースに合わせると、日付は飛行機に乗った日、時刻は飛行機が飛んで少し、奏が寝る前に見た時刻辺りだった。

「どういうこと…いや…」
――どっちにしろ訳分かんないことばっかりか…
「おいおい、説明してくれるゥ?」
「あっ、いや…はい」

奏は少し悩んだが、自分の身に起こったことを話して聞かせた。松平の眉間の皺はどんどんと増えていき、ついにガンを付けられる。

「んな話信じろって方が無理あるだろ、なァ」
「そう、いわれましても…」

真実なのだから信じてもらわないと困る。奏は戻ってこれたが、松平という余分なオプションまで着いて来ている。帰ってもらわなければいけないのだ。

「えっと…ほら、あれ!あれ見て下さい!」

これで分かってもらえるかも、と明るい表情で指差したのは、西暦と元号両方が書かれたカレンダー。が、松平は期待とは裏腹に首を傾げた。

「あ?なんだあのカレンダー」
「え?」
――もしかして、西暦ってまだ分からないのかな…

もちろん平成は知らないだろうが、早速奏の希望はぽきりと折れてしまった。他には特に何も思いつかず、奏は松平と並んでソファに座り、テレビをぼんやりと眺めた。テレビはあちらにもあったことは、坂田家に置いてあったので把握している。現に松平も眠そうな顔で、事故や殺人などの嫌なニュースばかりを流しているテレビを眺めている。

「…はあ、」

ようやくニュースは天気予報へ変わったが、今の奏はそんなことに興味はない。松平に信じてもらえなくてももうどうでもよかった。この世界にいるはずのない松平を、どう返せばいいのか。銃を迷いもなく撃ってくる男だ、放っておいたらきっと大変なことになる。
返す方法をニュースでやってほしいと願うが、天気予報は明日の天気を知らせ始めた。

「ん〜?」
「え?」

急に声を発した松平にびくりとしながらそちらを見ると、松平が食い入るようにテレビを見つめた。

「なんだァ?この天気予報。ひがし、きょう…?」
「え?……あ」

松平が読み間違えたのは、東京だ。

「とうきょう、です!江戸です!未来の江戸!」
「……こりゃァ…」

奏の声が届いているのかいないのか、松平は太陽や雲の形が貼りつけられた日本列島を見つめている。

「…ドッキリ?」
「もう!誰が仕掛けるんです?ほら、外も見て下さい。似てはいるけど、違う世界なんです!」

繋がった手錠で松平を引っ張り起こし、窓際に連れて行く。マンションの5階からの眺めだが、充分異世界だと分かる筈だと。何せここには天人もいなければ、船も浮いていない。

「信じがたいが…信じるっきゃなさそうだなァ」

何とも言えない表情で、松平は頬を掻いた。



04.「明日の天気は雪でしょう」



12/06/30



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