チェス


「げっ。」
「ワオ。」

出会ったのが運の尽き、とでも言うかのように雲雀に首根っこを掴まれ抵抗する間も無く部屋に連れ込まれた。

部屋に連れ込まれる理由はただ一つ。

「なあ…もうチェス飽きないか?」
「飽きない。…君の番だよ。」

雲雀は獄寺の方を一度も見ずに答える。チェス盤をジッと見つめて考え込んでいた。
和風な部屋に洋風なチェス盤。
あまりのミスマッチだったが、獄寺は見慣れてしまった。

最近チェスにハマったという雲雀は、獄寺を見るたびにチェスの相手をさせていた。というのも相手が限られるのだ。そもそもルールを知らない山本やツナは論外。リボーンとやるのも考えたが、リボーンだったら和やかにチェスをやるより戦った方が時間が有益なような気がする。となるとチェスのルールを知っていて、尚且つ頭"だけ"は冴え渡っている獄寺一人だけが相手になる。

「…チェックメイト。」

獄寺は恐る恐るクイーンを動かして雲雀側の黒いキングを取った。
雲雀の機嫌は悪い。黒いオーラが背中から垂れ流しになっている。
何時ぞやかの骸かよ、と心の中で突っ込んで立ち上がろうとする獄寺。しかしそのズボンを掴まれてまた座らされる。

雲雀はいつもこうだ。
負ければ気が済むまで何度でも繰り返す。
そして勝てば『手抜きは許さない。』と言って繰り返す。
どっちにしても雲雀の気が済むまで獄寺は付き合わされるのだ。そのことに関してツナは『頑張って!こっちの仕事はなんとかするから大丈夫だよ!生きて帰ってきてね!』と必死な顔をして獄寺を励ました。

「他に相手いないのかよ…。」
「君の唯一の取り柄の頭の良さを買ってあげて相手をさせてやってるんだから喜びなよ。」
「馬鹿にしてんのか。」
「馬鹿にしてるに決まってる。」

そう言いながらも獄寺はこのやり取りが嫌いじゃなかった。
静かで穏やかな雲雀などいつも見れるものじゃないし、そんな雲雀と一対一で喋れるのもそうない。ボンゴレ右腕としては守護者の管理もしやすくなるのはいいことだった。

「チェックメイト。気が緩んでたね。」
「仕事終わりで集中力がねぇんだよ。もう帰せ。」
「確かに今の君とやってもつまんない。」

雲雀がそれを言ったと同時に目の前に羊羹と日本茶が置かれた。仕事から帰ってきたばかりの草壁が急いで淹れたのだろう、獄寺を見ると申し訳なさそうに頭を下げた。

「これ食ってから帰る。」
「チェスの相手もまともに出来ないくせに羊羹だけ食べて帰るだなんて図々しい。」
「じゃあどうしろってんだよ。」
「チェスの相手をまともにすればいいだけの話だ。」
「無理だっつってんだろ…。」

めちゃくちゃだ。
しかしいくら雲雀でもこんな無茶は言わないはずだった。できるならできる、できないならできない、でどちらかを取るはずなのだから。

…もしかしてこいつ…。

「…草壁、こいついつから寝てない?」
「三日ほど前からだと思います。」
「やっぱり…。」

眠たくて駄々をこねている子供のようだ。
獄寺は呆れて雲雀を見た。雲雀がプイ、と横を向く。変なところで子供っぽいやつだ。

「チェスなんかやってないで寝ろよ。」
「やだ。」
「死ぬぞ。」
「死ぬわけない。」

雲雀は頑なに寝ようとしない。
獄寺はため息をついてその場に寝転がった。縁側にいるお陰で眺めがいい。…といっても霧系のリングで作られた幻覚なのだけれど。
大きく伸びをして息を吸った。

「んー…気持ちいいな…。」
「勝手に寝ないでくれる?」
「ほら雲雀も寝ろよ。」
「…。」

雲雀がぎこちなく動いて横になるのが視界の端に映った。ようやく寝たか、と安心して獄寺も目を瞑る。

心地いい風が流れる午後のことだった。


[index]
- ナノ -