回想E
=火の国 謎の地下=
マダラが消えて数日経った。
魔像が引き抜かれたことで、サキは今まで通り力を扱えなくなっていた。四肢に刺さっていた鉄芯を無理に引き抜いたが、とても直ぐに動ける体まで回復できなかった。
ようやく足が使い物になって、サキは残りの力を使い切らないように注意して尾獣の結界内に瞬間移動した。
=???=
「サキ!!お前どこ行ってた!?」
一ヶ月もの間返ってこなかったサキに皆から怒りの声が脳内を飛び交う。サキには一人一人に弁明する時間はなかった。
「昨日九尾が連れて行かれたぞ」と普段はあまり怒らない八尾・牛鬼が怒気を込めて言い放った。
「……ごめん、私のせいだ。全部、全部」
「九喇嘛は連れ戻す。みんなは結界から出ないで」
もう瞬間移動する力はない。
山を自力で降りていくしかなかった。
「そんな状態で何をするつもりですか!?」
「無茶だよ。全員じゃなくても何体か集まってからの方がいいよ」
「あの人間を殺してでも――」
尾獣達の言葉にサキは大声を上げた。
もはや普段の冷静さはない。
「駄目ッ!何があっても人間を傷つける事は絶対許さない!!」
サキの怒号に皆黙る。
「本当にごめん。もう連絡も切れそう……」
「守鶴、又旅、磯撫、孫悟空、穆王、犀犬、重明、牛鬼。みんな愛してる。どうか憎しみに呑まれないで……」
プツン
サキの声は一切聞こえなくなった。
そして尾獣各々の住処を囲う結界が歪んでいく。
サキは震える足で、九喇嘛の、マダラのチャクラを追う。
柱間と戦っているようだった。
それは昔マダラとシロツメクサの花畑を見た滝の近く――
=火の国 河川=
雨が降りはじめた。ぬかるむ地面が憎らしい。
かつてマダラに案内された花畑はぐしゃぐしゃになっていた。シロツメクサの花言葉は幸福、約束――サキはそれらを踏み躙られた。
『俺がお前と人間との架け橋になれないか』
(あの言葉を信じなければこうはならなかった)
(人を信じてはいけなかったのかもしれない)
森を抜けると木遁で抑えつけられている九喇嘛を先に見つけた。この木遁は柱間の術だ。
サキは木に触れて、術を解除する。
「九喇嘛、九喇嘛。起きて」
「う…………サキ、、、お前!!」
人間と関わるなと言いたかった。本当は責めたかったが、ボロボロのサキを見て、九喇嘛は怒りを堪えた。
「お前死ぬのか?」
「うん。もうすぐね…………ごめん、九喇嘛」
「お前は……」
死ぬと分かっている奴に鞭打つようなことは出来なかった。九喇嘛が言わずとも自分のした事の罪も責任も分からない奴ではない。
「お前は裏切られた側だろう。アイツに、うちはマダラに」
「……マダラと話してくる。九喇嘛は家に帰って。また癇癪で木を折ったりしちゃ駄目だからね」
無理くり作った痛々しい笑みが見ていられなかった。
九喇嘛はサキのいう事を聞かずにその場に留まった。
そして一方的にサキの動向を伺った。
***
滝下に降りると、そこにはマダラと柱間が倒れていた。先にマダラに駆け寄った。
「マダラ……」
抱き上げたマダラはピクリとも動かなかった。
「ねえ、マダラ?なんで、起きないの?」
「もう、、そやつは」
後ろに倒れる柱間が口を開いた。
「死んでない、死んだりしない。死なないで!マダラ……」
「そやつを恨んでいないのか。その傷、お主は騙されたんだろう」
「確かに裏切られた。騙されて傷つけられた。でも……だからってこんな風に別れたくない!どうして……」
サキはどうしてもマダラとの楽しかった、愛し合った思い出を捨てきれなかった。
本来恨むべき相手だろうが、サキはマダラの体を抱きしめて、泣き続けた。
次第に雨が激しさを増していく。サキの涙に呼応しているようだった。
「さて、これからどうするべきか」
柱間は仰向けに倒れたままサキに語りかけた。
「尾獣が人目に晒された。そしてマダラの指示とはいえ人を襲った……尾獣は九匹いるんだったな」
「どう……するつもり、なの」
「全員を封印して、木ノ葉で隔離……いや、パワーバランスのために各国に分配する」
サキはマダラを地面に下ろして、柱間にフラフラと近づいた。そして彼の体を跨ぎ胸ぐらを掴む。
「ふざけないで!!!あの子達は人間を襲うような事今までしなかった。これからだってしない。分配なんてしたら争いが過激化するだけ!本当に、、戦いとは無縁だった。今まで守ってきたんだ……」
「人と関わらなければそれも続いたろうな」
「そんな事は許さない...ここで貴方を殺してでも」
サキは柱間の武器ホルダーからクナイを一本取り出した。それを柱間の首に当てる。
「そうか。俺にはもう戦う力は残っていない。好きにするぞ」
柱間は何の迷いもなくサキを見つめる。
(今ここで柱間を殺さないと、尾獣が……)
ふと柱間の黒目に映った自分の姿を見て固まった。
それはとても醜くて、"憎しみ"に囚われていて悍ましい。
サキはクナイを引いて地面に落とした。
どんなに憎しみが溜まっても、自分の信念は曲げたくなかった。これを曲げたら自分が生まれた意味そのものがなくなってしまう。
尾獣は人を傷つけたりしない――――
「私にだってもう力なんか残ってない」
「泣いているのか……」
「こんなのを望んだんじゃない」
ただ人間を、マダラを好きになった。
共に生きたいと願い、信じただけなのに。
雨ではない、熱い涙が柱間の顔に落ちた。
柱間は尾獣という存在をまだ詳しく知らない。
しかしこの涙からは、後悔、悲しみ、愛するものをなくした喪失感、尾獣を危険に晒す焦燥も、怒りも含まれている。
人間ではないと名乗ったこの者は、人間よりも複雑で寛大な心を持っていた。
「綺麗だな、君は。儚くて壊れてしまいそうだ」
『綺麗だ、サキ』
昔マダラに言われた言葉が反芻した。
遠い遠い、もうやり直すことはできない過去の記憶だ。
「、、うッ、ああああああァァァ!!!」
自我が乱れ、とうとうチャクラが形を崩し、サキの身体は光の粒となって消滅した。
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