回想@


=???=

「また人間が迷い込んだみたい」

森の中で女が一人、枯れ葉を集めながら呟いた。
腰まで伸ばした銀髪が木漏れ日を浴びてきらきらと光る。蜂蜜のような色の濃い黄金の目を閉じてため息をついた。

その場には女一人しかいないのに、もう一つ声がした。

「またか。近くで戦争でもしてんじゃないだろうな」

低くはっきりした声。だが何故か不機嫌な声色だ。


「そうかもね。この間は牛鬼の住処で入り込まれる事が多かったけど、今回は九喇嘛か。八、九ときて順番的に次は守鶴かな」
「何を呑気なこと言ってんだ。ちゃんと結界張りやがれ」

女と話すもう一つの声は九喇嘛というらしい。
軽口を叩く女を叱りつけた。
女は「でもさー」と言いながら、枯れ葉を根っこが剥き出しになって、歪に傾いている干からびた木に囲うように積もらせていく。


「ここに入っちゃうのは困ってる人間だけなんだよ」


女は木肌に触れた。
すると周りの枯れ葉を吸収して、みるみる幹に栄養が行き渡り、根が地中に返って真っ直ぐと伸びる木になった。

「ふう、これで最後かな。口喧嘩でここら辺の木をへし折るなんてやり過ぎ。自分の家なんだから大事にしてっていつも言ってるじゃない」


今度は女が九喇嘛に説教をする。数日前に今二人がやっているような連絡手段で、別の者と言い合いになりカッとなって暴れたという。
九喇嘛は舌打ちをして、女は誇らしげに空に向かって伸びをした。


「さてと、」
「見てくるのか?」
「うん。万が一ここに迷い込んでも大変だしね」
「あまり向こうに長居するなよ、サキ」

サキ、そう呼ばれた女は、口元を綻ばせながら一瞬で姿を消した。



=火の国 山間部=

若い黒髪の男が左の脇腹から大量の血を流して、木にもたれかかっていた。先刻、この山で忍同士の戦いがあったのだ。
かなり深い傷でその場から動けそうにない。さらには仲間と逸れてしまうという絶望的な状況だった。

「すみません……マダラさん……」

男はもう自分は死ぬのだと察して、一族の頭に謝罪した。せめて一族のために一人でも多くの敵を討ち取りたかったと嘆く。

男の体温が次第に下がっていく。
もう、と思った瞬間、クシャと枯れ葉を踏みつけたような音がして目を開いた。
敵ではないかと顔を上げると、同い年くらいの女が目の前にいた。長い銀髪に白い着物。この辺りでは見かけない美しい顔だった。

「天女か……俺は死んでしまったのだな」

「まだ死んでませんよ。大丈夫です」


女は男の左腹部に触れる。死にかけの男はもう指一本動かず、されるがままだ。

女が触れた瞬間、みるみるうちに傷が塞がり、そして失われた血液が体を巡り始めた。体温も戻り、男の意識がはっきりとする。

「な、なんだ!?生きている!?君が助けてくれたのか?」
「そんなに焦らなくても大丈夫。すぐに貴方の仲間の元に送ってあげますから。ただ少し寝てもらいますけどね」

女は興奮している男の額を指先で軽くこついた。
すると急に男は眠ってしまった。そして動かなくなった体を軽々と担ぎあげた。

女が数歩歩くと、周りの景色が若干切り替わった。

「同じ山の中で適当に出てきたけど、この辺でいいかな」

女が独り言を言うと、背後から「おい」と声がかかった。

(……うわ、人がいるところに出ちゃったのか)


***


サキは面倒臭そうに顔を顰めて振り返った。

後ろには背負っている男と同じ黒髪の男が立っていた。黒の衣を着て、背中には刀を挿している。背負っている男と同い年か少し年上そうな、十七、八歳くらいに見える。
そして特有の赤い瞳を持っていた。
サキはその目に見覚えがあった。現在よりも遥か昔に。

「お前は何者だ。何故俺の仲間を連れている」
「人助けですよ。敵ではないのでご安心を」
「……そうか。礼を言う」

その男は仲間を預かるためにサキに近寄った。

どうか攻撃されませんように、と祈りながらサキは男を渡した。何もされることなく無事受け渡しが成立する。

「別の仲間の話では、こいつは敵に致命傷を負わされ後退していたと聞いたが、その傷もないようだ。まさかお前が治したのか?」
「そんなまさか。私はただ山道で倒れていたこの人を担いでいただけです」
「だが一瞬で俺の目の前に現れた。お前は忍か?」

男はサキを見つめ、サキも返答もせずに彼の目を見つめた。お互いに無言で見つめ合うこと数秒。

(あれ……?)

サキは男から目線を外した。

(何で効かないんだろう。例え"写輪眼"であっても、通じるはずだけど……)

サキは表情には出さずに、胸内で不思議に思う。
"眼"が効かないのであれば、と次の手段を試そうとする前に、男は仲間を受け渡した時とは打って変わって警戒した顔で睨んできた。


「今幻術をかけようとしたな」
「何のことでしょう」
「誤魔化すな。俺の眼は幻術を見破る」
「……すみません。謝ります。けれど決して攻撃したかったんじゃありません」


理由は不明だが、この男にはいつものような幻術は効かなかった。となれば、説得を試みるしかない。
サキは男の警戒レベルをこれ以上上げないように本当のことを話し始めた。一部分だけ。


「私に関わる記憶を消したかっただけです」
「記憶だと?」
「外に情報が漏れると良くなくて」
「……お尋ね者というわけか」
「そんな所です」


サキは手近にあった木にもたれかかって座り、手で正面の地面を叩く。

「ここ、貴方も座ってください。事情を話しますから」
「……」

サキは男が座るのをじっと待つ。
男は仲間を横に寝かせて、サキの前に座った。


「私は人間ではありません」

開口一番にサキがそう言うと、男はあまりの衝撃に咳込んだ。
男が口を挟む前にサキは話を進めていく。

「忍なら知っているかもしれませんが六道仙人、遠い昔の仙人によって生み出された化身です。この近くにはその時代に生まれた化身達が住んでいます。普段は結界で区切られていますが、生死の境を彷徨う人間はこちらに入り込みやすいのです。その人も先ほど死にかけていて結界内に入ってしまいまして。こっちにはその人を返しにきただけですよ」
「……信じがたい話だな。六道仙人だと?」
「信じられないでしょうが事実です」
「……」
「遥か昔から生きていると、様々な過去を持っています。人間から化物だと言われ恐れられたり、神だと崇められたり、命を取られそうになったり。人間とはうまく付き合えなかった……だからずっと結界の中に住んでるんです」

サキはほんの少しだけ顔を曇らせた。
その表情の機微が作り物とは思えず、男は黙って話を聞く。

「このまま隠れていたいんです。私たちは人間に危害を加えるつもりはありませんし、特別干渉する気もありません。静かに暮らしたい。そのために貴方の記憶を消したかっただけなんです」
「……気がかりだな」

サキは言葉を止めて、聞き返す。何が、と。
男はサキを真っ直ぐ見つめて、素直に思った疑問を投げかけた。

「干渉する気がないなら、仲間の怪我を何故治した?こうして見つかるリスクを負ってまで」


サキはその質問に苦笑した。
永遠ともいえる長い時間を生きているサキと違い、彼ら人間の寿命は短く、そして儚い。


「助けられる命を、助けるのは当たり前でしょう」


幼少より戦乱を生きる男にとって、命は奪うか奪われるかだった。
だが目の前にいる女は、助けるか助けないかの話をしている。

男はようやく目の前の女が自分とは全く異なるものだということを受け止めた。
同時に興味を持った。何故この女はこんなにも清くいられるのか。憎しみがないのかと。


「リスクなんて本来ないようなものなんです。貴方に会うまでは出会った人間の全て記憶は消してきましたしね。だから実害が出たのは、何百年生きてきて今日が初めてですよ」
「お前は人間が嫌いなんじゃないのか」
「嫌いじゃありませんよ。だって、私を作ってくれたのは六道仙人、彼は人間ですからね」
「……」

サキはパチンと両手を叩いて話を完結させた。
そして金色の瞳で男を見つめる。

「さて、幻術をかけようとした理由は以上です。その上でお願い……というよりはどちらか選んでください。今日のことを死ぬまで黙秘することを誓うか、記憶を消すことを受け入れてくれるか」
「黙秘はする。だがまたお前に会いたい」


男の言葉にサキは何度も瞬きをする。
こちらが幻術にでもかかってるのではと疑いたくなった。


「俺はお前をもっと知りたい」
「話聞いてましたか。私人間となるべく関わりたくないんです」
「俺はうちはマダラだ」
「マダラ?いや、名前なんて聞いてないです」
「お前の名前は」
「……話を聞かない人だな」


マダラと名乗った男の警戒心は薄くなっていた。
それよりも興味が先行しており、目が輝いていた。
その視線が妙にむず痒く、サキは男の唇に人差し指を押し当てた。

「良いですか。黙秘のための術をかけました。今日のことを誰かに伝えようとしたら、口が裂けますから」

サキは立ち上がり、もたれていた木の背後に回った。
マダラも立ち上がって後ろを見たが、すでにサキの姿はなかった。

(本物の神の化身か。凄い力だ……)



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