復活の時
=???=
崖の上で銀髪の女性が遠くを見つめていた。
中央には人里が小さく映り、人々が幸せそうに暮らしていて、そんな遠くの日常にため息をついた。
彼等はひと月前、この山に住む大猿を化け物だと言って攻撃してきた人間たちだった。
『姿が違うとやっぱり怖いのかな……』
『!!』
突然女は立ち上がり、木を降りた。
そして着地とともに景色は砂漠地帯に切り替わった。
『化け狸が出たぞ!』
『追い払え!この地は人間のものだ!』
武器を持った人間が数十人。大声を張り上げて何かを牽制している。
彼等の眼前には砂で身を覆った巨大な狸がいた。ただ臨戦態勢の人間と違い、大狸の方は柄の悪い顔とは裏腹に攻撃されまいとジリジリと後ろに下がっていた。
恐らくこの人間たちはこの先にある水場に用があるのだろう。例年より雨が少なく砂漠地帯での水不足が深刻となっていた。そのため人間たちは自国の外へと水を求めて出てきたのだ。
けれどそこはこの大狸の住処でもあった。
『待ってください!』
長い銀髪を揺らして、女は人間達の前に立ちはだかった。彼女こそ人型尾獣であるサキの前世の姿だった。
『この子は人を攻撃しません!体は大きいけれど決してその力を貴方達には向けたりしませんから、武器を下ろしてください』
『何だ、お前は』
『この子の家族です。話し合いを要求します』
『家族、だと?人に化けてはいるのか。おい、コイツも化け狸だ。始末するぞ』
人間は聞く耳持たずサキ達に向かって矢を放った。
サキは咄嗟にその矢を結界で弾き、自分の身と守鶴を守った。けれど忍術の概念が浸透していない時代にそれは悪手だった。
『何だ今のは!コイツ化け物だ!!』
『奇妙な術を使うぞ!!』
(違うのに。何で伝わらないの……)
(私たちは、ただ貴方達と同じ世界で生きていきたいだけなのに)
『サキ!!』
放心していたところに矢が足を貫いた。
痛みが走り赤い液体が足を伝う。
それを見た守鶴は目の色を変えて腕を振り上げた。
『待って!!』
サキの声と同時に守鶴の体に赤い鎖が巻き付いて、大きな体はピクリとも動かなくなった。
『……ごめん、怒らなくても大丈夫だから。帰ろう、人のいない静かなところに』
そして六道仙人に使命を賜ってから百年も経たないうちにサキは人間たちから離れる苦渋の決断をとった。
守鶴を連れて人里から最も遠い砂漠地帯に移動すると、九つの結界を張り始めた。円形の結界が各地の砂漠や山、鍾乳洞、湖、岩石地帯、火山江などを覆っていった。
全てが終わるとサキは結界の内側から先程の砂漠の民のいる国の方を眺めた。
後悔があるのは火を見るより明らかだった。だから守鶴は気を遣って彼女の隣に腰を下ろした。
『もう良いじゃねえか。人間なんか』
『……』
『六道のジジイも無理難題吹っ掛けてきやがったもんだぜ。こんだけ見た目が違えば恐れられて当然じゃねーか。これが正解だと思うぜ』
『……難題かもしれないけど無理ってことはないよ』
サキは守鶴の砂にもたれかかった。さらさらとした表面が温かくて心地いい。
そして自らにも言い聞かせるように笑った。
『人間と共生できる日は来る。そう信じてる。今ここにないだけ、私たちの時間は長いんだもん』
『いつか絶対に人間と仲良くできるよ』
化け物だと言われたことを悲観せずに。
人間と尾獣が手を取り合える未来を信じて。
その願いは現世に受け継がれた――
***
「ーーッ、サキ!」
大きな声で名前を呼ばれて目を覚ました。
真っ黒の空を背景に金髪碧眼の少年がこちらを覗き込んでいた。
「ナルト?」
「良かった。無事みたいだな」
「……てことは、」
「ああ、みんないるってばよ!」
体を起こして周りを見渡すと、ナルトとサキを取り囲むように尾獣達が鎮座していた。
守鶴、又旅、磯撫、孫悟空、穆王、犀犬、重明それに尾獣化している牛鬼と九喇嘛、全員揃っている。
「……ッ、」
八十年ぶりの再会に目の奥が熱くなった。泣かないように気を保ちながら、サキは深く息を吸う。
――サキ!!みんなからの伝言!!
――"面と向かって謝れ、そうしたら許してやる"って。
――オレが絶対にサキとみんなを会わせる。だからサキは感動的な再会の言葉考えとくってばよ!
ナルトは約束を果たしてくれた。
だから今度はサキが約束を果たす番だ。
「私の過ちにみんなを巻き込んでごめんなさい」
「長い間独りで辛い思いをさせてごめん。生まれ変わったのにすぐに会いにいけなかった。暁に狙われている間も何にも出来なかった」
「助けたかったのに、肝心な所で力が足りなくて……」
「でも、、ずっと会いたかった」
「今またこうして皆に会えて、こんなに嬉しいことってないよ」
サキの心のままの言葉を聞いて孫は吹き出した。
「謝ってるヤツが笑ってんじゃねえ」
サキはクシャクシャに目を細めて、泣くのを我慢しながら笑っていた。どうしたって感動と喜びが勝ってしまうのだ。生まれ変わってからずっと、この子達を助けるために生きてきたんだから。
「良いじゃないですか。謝ったら許すという約束でしょう」
「そうだね。オレは許すよ、サキ」
「ボクも。また会えて嬉しいよ」
「又旅、犀犬、磯撫……ぅ、待って。泣きそう」
「このくらい我慢しろ、馬鹿ヤロウ」
九喇嘛に尻尾でどつかれた。状況が状況なだけあって確かに泣いてはいられない。
サキは気合いを入れ直すために手の甲でゴシゴシと両目を擦った。そしてナルトへと視線を向けると、慈愛に満ちた視線とかち合った。
「ナルト、本当にありがとう」
「いんや、オレ一人の力じゃない。みーんなのおかげだってばよ!」
ナルトはクイと後ろを向いた。
彼の奥には"忍"の額当てをつけた五里の忍と侍の大軍勢がいた。ハゴロモから状況を聞いていたけれど実際目にすると鳥肌が立つ。
「……凄い」
思わず口に出てしまった。以前は敵同士だった忍たちが一つにまとまっている。こんなことは前世を遡っても例がなかったのだから。
サキは軍勢に向けて深く一礼した。
今一人一人に直接声を届かせることはできないけれど、それでも礼がしたかった。怪我を負った者、亡くなった者、大切な人を失った者たちに。勇敢に戦った皆に。
「ありがとうございます」
***
軍勢の中にいたシカマルは、サキの一礼を目にして近くにいたイノに声をかけた。
「イノ。オレとサキを繋いでくれ」
「うん!」
イノはシカマルの額に手を伸ばし、山中一族の秘伝忍術で彼の声をサキの脳内に直接送る。
『サキ。オレだ』
『シカマル?』
サキはシカマルの気配のする方向を向いた。
群衆の中にシカマルの姿を見つけて右手を上げる。
『出てきて直ぐで悪いが戦況を伝える。残りの敵はうちはマダラだけだ。オビトは尾獣を抜かれもう動けないはずからな』
『うん……わざわざ心転身で連絡してきたってことは何か作戦があるんだよね』
『ああ。チャクラの供給を頼みたい。まだ"心臓"の力っての残ってるんだろう。ナルトが配った九尾チャクラでなんとか耐えてたけど、さっきの綱引きで使いきっちまった。これ以上ナルトに無茶させるわけにもいかねえ』
『うん。ここからは私もみんなと戦うよ』
今のサキじゃ一人でマダラを倒すことは出来なかった。だから今度は仲間と一緒に、この力が仲間のためになるなら――
そんな風に考えながらサキがチャクラを貯めているとシカマルがまた声をかけた。
それは面倒くさがりの彼からは想像できない台詞だった。
『それから……お前の気持ちはちゃんと連合全員に伝わったよ』
『え?』
『チャクラ綱引きの時、お前の記憶が流れてきたんだ。今まで化け物としか見れなかった尾獣達の心を、皆サキを通して初めて触れることが出来た』
『うん。一筋縄では行かなそうだけど、サキの夢、今なら心から応援できるよ』
イノがシカマルの言葉に続けて言った。
サキはまた泣きたくなった。もちろん嬉しくて、だ。
『そっか、ちゃんと伝わったんだ。ありがとう、二人とも』
尾獣たちの声が、気持ちが、手がきちんと人に届く。
前世で願ったいつかは、間違いなく今この時間に他ならない。
サキはすぐ隣にいるナルトの手を掴んだ。
貯めたチャクラを九尾チャクラに変換してナルトへと送る。
「このチャクラを連合のみんなに」
「任せろ!」
ナルトを通して連合にチャクラが行き渡る。
そして尾獣達の戦闘態勢も整った。
残る敵はうちはマダラだけ、ここが正念場だ。
(これが最後の勝負だ。マダラ)
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