三成、左近、吉継の三人は、用向きがあると残して部屋を出ていった。
 一人になった伊都は、奥の間、琵琶湖の見える場所に腰を下ろし、ふう、と大きく息を吐いた。荷物の片付けもしなければならないが、それは使用人たちが来てからでいいだろう。

 暖かな日差しを浴びていると、ついあくびが出てしまう。ここまでそう長い旅路ではなかったが、やはり年のせいもあるのか、以前よりも疲れやすくなったと感じる。
 伊都が眠い目をこすっていると、背後から静かな足音が聞こえてきた。
「おお、伊都。着いていたか」
「……殿」
 声に振り向けば、夫の石田正継が人の良さそうな笑みを浮かべて佇んでいた。伊都が軽く頭を下げ挨拶をすると、正継はその隣にあぐらをかいて座った。
「殿、道中大事はございませんでしたか?」
「なに、この通りじゃ。何も心配はいらぬ。そなたこそ疲れてはいないか」
「ええ、実はお恥ずかしながら少々駕籠酔い致しまして……今は大分落ち着いておりますが」
「そうか……。そなたが到着したら共に城を見ようと思うていたのだが、それはまた後にするか」
「まさか、ご到着されてから今までずっと……?」
「ははは。せがれの城がどういうものか気になってなぁ。あっちからこっちまで歩き回っとった」
「まぁ、お元気なこと」
「三成にもな、少しは落ち着けと睨まれてしもうた」
 正継は家臣団への挨拶があるから、と一足先に入城していたのだった。今後、中央にいる三成の代わりに佐和山を任されるとあって、出発前まではなかなかの緊張具合であった。伊都も心配していたのだが、この調子であれば問題はなさそうだ。
「……あの子、見違えるほど立派になっておりましたね」
「ああ。太閤様からこんなに大きなお城も頂いて……まっこと、わしの子とは思えぬな」
 二人は顔を突き合わせて笑った。親として、ただ健やかに、無事であって欲しいとだけ願っていた。
 だが、我が子は両親を大きく超え、今や天下の豊臣軍左腕としてその名を馳せている。さらに一国一城の主となった今、二人にとって三成は何よりの誇りであった。

「母上、お待たせして申し訳ありません――ああ、父上もこちらにおいででしたか」
 伊都と正継が談笑していると、三成が数人の使用人を連れて戻って来た。吉継と左近の姿はなかった。
「貴様らは荷の片付けを頼む」
 不愛想に使用人に告げ、並んで座した両親のやや後ろに、三成は腰を下ろした。正継とは違い、足は崩さず背筋を伸ばしてきっちりと正座する。
「何をお話だったのですか」
「いやなに、大したことではない」
「……ふふ、あなたのことですよ、三成」
「私の?」
「ええ。あまりにも見違えたのでそのことを」
「……もしも、私が昔と変わったとお思いなら、それはすべて秀吉様のおかげです」
「太閤様か?」
「はい。秀吉様は、名もない小僧であった私を引き立ててくださいました。私の内に眠る才能を見出し、導いてくださいました。秀吉様がおられなければ、今の私は存在しなかったでしょう。――だからこそ、私は秀吉様の御恩に報いたいのです。命を賭してでもあの御方をお守りする……お仕えした時より、この身のすべてを捧げると誓っております」
 力強い言葉、力強い瞳。三成は、太閤殿下によほど深く心酔しているらしい。
 主君のことをそれほどまでに強く思うとは、まさに武士の誉れである、と正継はいたく感心した。
「そうかそうか。そうであったか……。わしらの代わりにここまで立派に育てて頂いたのだ。太閤様にはいずれ、しかと御礼申し上げねばならぬなぁ」
「そうでございますね。まこと、立派な男になられました」
 二人からまっすぐに褒められ、三成は、今度は正直に頬を緩ませた。



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