城内の様子に、伊都は目を疑った。
 豪華な城の内部は、その見た目とは裏腹に質素極まりないものだった。装飾品の施しは一切なく、壁は粗壁のまま、床も寒々しい板張りであった。
 あまりの予想外のことに伊都がきょろきょろと辺りを見回していると、少し先を歩いていた左近が笑い出した。
「やっぱ気になります? 三成様ってば、城の外は派手に改修したのに中は見ての通りなんすよ。秀吉様の大阪城みたいに、とは言わないすけど、もうちょっと何かありますよねぇ?」
「軽口は慎め左近」
 左近のさらに前を歩いていた三成が立ち止まった。半身振り返り、こちらをぎろりと睨みつける。左近の口から短く悲鳴が漏れた。
「豊臣の力を誇示するため、外観を立派にするのは当然だ。だが、内部は外からは見えん。意味のないものに使う金があるなら、全て秀吉様に献上する」
「……ヒヒッ、相変わらずの倹約家よなァ」
 後ろの吉継がにんまりと不気味に笑った。
「ただ……母上には少々暮らしづらいかもしれません。何もない所で申し訳ありませんが……」
 ついさっきまでの威勢はどこへやら、三成は伏し目がちに伊都の顔を窺った。
「謝ることではありませんよ。確かに少し驚きましたが……言われてみれば、あなたの考えは理に適っていますしね。――それに、主君のためだなんて、立派な心掛けではありませんか。母は見直しましたよ」
 笑いかける伊都に、三成の白い頬がわずかに紅潮した。母に褒められたのはいつぶりであろうか。秀吉や半兵衛に褒められるのとは、また違う喜びがあった。
「み、三成様が照れてる……!? さっすがお母さん……!」
 またもふざけた左近を、三成は睨み、吉継は面白そうに笑っていた。
 
「母上のお部屋はこちらでございます」
 通されたのは、これまた質素な造りの部屋だった。少々手狭に感じるのは、すでに伊都が持ってきた道具箱が運び込まれているためであろう。実際はそこまで狭くもないと思われる。
 途中で見た居間とは違い、かろうじて畳敷きであったので、伊都は内心ほっとした。部屋を満たすイグサの良い香りが鼻を抜ける。きっと、この日のために三成が新しい畳を敷いてくれたのだろう。
 だが相変わらず、壁や柱、襖にいたるまで目立つものが何もない。ただ清掃だけは隅々まで行き届いており、城主の潔癖な性格が窺い知れた。
 部屋中を歩き回って見ていると、一番奥の間に来るよう、三成に声を掛けられた。早く、とでも言いたげに手招きまでしている。
「なんです? ここに何かあるのですか――」
 三成の示した先には、雄大に広がる琵琶湖があった。庭へ通じる廊下のすぐ目の前、眩しく輝く水面は穏やかでとても美しかった。
「まぁ! こんなに近くに琵琶湖が……」
 伊都は思わず息を飲んだ。
「どうどう? 綺麗っしょ? 三成様が、琵琶湖が一番よく見えるこの部屋をお母さんに、って張り切ってたんすよ〜。俺も一生懸命掃除したし、どうです? 気に入って貰えました?」
 左近が痺れを切らしたように口を開き、三成がまたもすごい剣幕で睨みつけた。このやり取りを、この短時間で一体何度目にしただろうか。
「貴様っ! 何を勝手なことを! わ、私は別に張り切ってなど――」
「やれ三成よ、頬に紅が差しておるぞ」
「隠さなくてもいいじゃないですかー。三成様、お母さんが来てから調子狂いっぱなしっすね」
「そのようなことは断じてない! 貴様、これ以上態度を改めないというのなら、即刻その首刎ね捨てる!」
「えっ、いや、じょ、冗談すよ〜? やだなぁ三成様ってば、本気にしないでくださいよ〜……」
「……ふふ、三人とも仲が良いのですね」
 言葉は少々物騒でも、伊都からしてみれば、三人がただふざけあって遊んでいるようにしか見えなかった。
「……三成、ありがとうございます。この城もこの部屋も、大変気に入りました。それから、大谷様、島様……いえ、吉継様、左近様。お二人も、わたくしのためにありがとうございます」
 にっこり笑って礼を述べる伊都に、三成は得意げに瞳を輝かせ、左近は満面の笑みで飛び跳ねた。吉継は相変わらず目立った素振りはしないものの、口に当てた布がわずかに笑みをかたどった気がした。



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