3.
手に擦り寄りながら開かれた目。色素の薄い切れ長の目に前髪の陰が落ちる。それはまっすぐ俺を見詰めていて、見ているだけで穏やかになれるのに、その眼差しの強さはいつか手に入れてやるともはっきり宣言していた。
少しだけ好きにさせてから、手を戻す。強く引きとめられはしなかったが、清宮の眼差しが名残惜しそうに俺の手を追いかけた。
(受験者か、違うのか。…どっちだ?)
見極めたいのにこの男の言動が読めなくて、隙がなくて、仕掛けられない。
(寒いな)
ぶる、と体が震える。
清宮はよく金を使ってくれる上客で、いつも喧騒の少ない奥のほうのソファーに案内している。今日はたまたまこの場所が空いていたが、来てみれば冷房がよく当たる。
上着を着ていればなんともないが、生憎スーツのジャケットは二階の部屋に置き忘れてしまった。冷房の温度を上げると他の場所にいる客やキャストが熱くなるだろうし、客を放置してジャケットを取りにも戻れない。
なんとか耐えるしかない。
だが、ここで客につらさを見せるのはプロ失格で、普段と同じように笑ってみせた。
なのに、
「着てろ」
スーツのジャケットが肩にかけられる。
仕立てのいいそれは海外ブランドのもので、ほのかに香水が香る。紅茶とシトラスと、僅かなムスク。…清宮の香水だ。
見れば清宮のジャケットはなくなっている。下に着てあった白いシャツの襟元、上品なワインレッドのネクタイを緩めながら、今にも溜め息を吐きそうな呆れきった表情で俺を眺めていた。
「寒いならそう言え。我慢してんじゃねぇよ」
「…別に寒くなんかない」
「手が冷てぇんだよ、バカ」
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騙し合うこのゲームは、
本気で惚れた方が負けなのだ。