馬だ。白馬。
木々の間に小さく見える白いシルエット。
よく絵を観察していなかったイチルには分からないかもしれない。だが、風景画であるこれは森と夜空しか描かれていなくて、その白馬は先程までは存在しなかったと断言できた。
濃紺の中に浮かび上がる輝くような純白。こんな目立つ色を見逃したはずがない。
俺が目を逸らした一瞬に現れたんだ。
「イチル、気を引き締めて」
小鳥から人間の姿になった。
雛の安全を考慮して俺のポケットに入れる。
そして、雛を摘み上げてポケットに入れたそのたった数秒の動作の後、また絵に視線を戻せば、白馬の位置はまた変わっていた。
今度はさっきより大きく移動して、既に目の前まで来ている。森の奥にいたのに、もう森を抜け出しそうだ。この時、馬の背に人が跨っているのが確認できた。明らかな移動に、訝しげだったイチルでさえ警戒して剣に手を伸ばした。
そして、瞬きの一秒にも満たない時間の後、その白馬が絵のほとんどを占めていた。
もうそこまで来ているのだ。
月の光を浴びて輝く艶やかな毛並みすらよく見えた。走る勢いで後ろに靡く鬣(たてがみ)も、薄らと滲んだ汗でさえも。
「まさか絵から何かが出てくるのって普通?」
「お前はこの世界をなんだと思ってる?」
「魔法の世界でしょ?」
「だからってこれはねぇよ」
そして、ついに。
紙を破るような音はなかった。だが、その代わりに床を踏みしめる蹄の音が響く。
パカッパカッ、としばらく続くその音は勢いをいきなり殺したようで、絵から飛び出した白馬は部屋の壁に驚いて派手に嘶(いなな)いた。
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。